Life01「天使と悪魔は紙一重」
いつどこで聞いた話だったか、眠るときは夢を見ない方が安眠できてるらしいんだ。
そして今日の俺は、その『夢を見ない安眠』をしていた。
あぁ、このままずーっと眠ってしまいたいなぁ……。と、俺は眠る意識の奥深くで、そんなことを考えていた。
戦いの中で生きる種族。なんて、他の種族に称されるドラゴンらしからぬ考えだが。
「……ぅ一……」
頭に響く、静かな囁き声。
その声が俺の意識に、さながら静かな水面に石が投げ込まれたように波紋をたてていく。
――……? なんだ??
聞こえてくる謎の声に、すこしずつ俺の意識は覚醒し始める。
「……ゅう一……」
音のイントネーションから察するに、どうやら俺の名前を読んでいるようだ。
――誰だよ?
「……龍一……」
――うるさいなぁ……。誰だか知らんが、もう少し寝かしてくれ。と、半分眠った意識の中で俺は、声の主に文句を言った。
「あと……5分寝かせてくれ……、ねみぃ……」
「おい、起きろ寝坊助デブドラゴン」
その声が聞こえた次の瞬間――
「……!? いってぇええええええええ!!」
腹に突如、激痛が起こった。まるで電撃が走ったようなその痛みは、快適な眠りをしていた俺の意識を、眠りの世界から一気に現実へ引きずり出した。
「いっててて……」
痛みの残滓があるところを、手で慎重に優しく撫でてみる俺。
――いってー……腹が一瞬ちぎれたかと、思ったぞ? いったい誰が、こんな起こしかたを……。
激痛で寝起きの寝ぼけなどすっ飛ばし、完全に意識が覚醒した頭で、まだ残る痛みをこらえながら、俺は目を開ける。
最初に見えたのは、長い髪の女の子だった。その美麗な髪は、快晴の空のように澄んだ青色。雪を欺くような白い肌。顔立ちは大人の洗練された美しさと、子供のやんちゃな可愛らしさが、入り交じった感じだ。
その美しい容貌には、俺と同じ年頃の男子高校生が十人すれ違えば、十人が振り向くだろう。
だが、俺はその十人の中に含まれない。
「おはよう、龍一」
俺のベッドのふちに腰掛けながら、寝転ぶ俺にチャーミングに微笑んで、朝のあいさつをする女。こいつの本性を知らぬ男なら、恐らくこの笑顔だけで、たやすく骨抜きにされることだろう。
「おはよう……じゃねぇ……。何してんだよ、お前は! おいっ! 巫月!!」
女――巫月の常識外れで意味不明な起こされ方に、怒りが沸々と俺のなかで込み上げてきた。
俺はそのままベッドから、ガバッと勢いよく体を起こし、巫月と同じようにベッドに腰掛ける。
「何って? あんたが、いつまでたっても起きないから、ちょっと強硬手段をとっただけよ?」
きょとんとした顔で、あたかもそうするのが当然、という毅然とした態度をする巫月。
「いくら、幼なじみでもやっていいことと、悪いことぐらいあるっての! 親しい仲にも礼儀有り、っていうのを知らないのか?」
今言ったのが理由だ。俺がこいつの美しさに魅了されないのは、単純にこいつが俺の、幼なじみ、だからだ。
紹介するとこいつは五十嵐 巫月、俺と同い年で種族は天使族だ。こいつのことは、物心ついた三歳の時から知っている。俺たちの親も昔からの親友だから、家もすぐ隣にある。
巫月の見た目が可愛いことは正直認めよう。整った顔、綺麗な髪。天使族としての美しさを差し引いても、巫月には魅力がある。
だが中身は天使とは正反対。まるで悪魔だ。 巫月のせいで俺は、これまで多くの酷い目に遭っている。
「はぁ……。まったく……どういう思考したら、腹つねって起こそう、なーんていうそんな奇想天外な起こしかたをお前は思いつくんかな?」
「幼なじみの起こし方なんて、みんなそんなもんでしょ?」
「いねえよ! お前みたいな幼なじみ! 全国の幼なじみに謝れ!」
俺は衝動的にベッドから立ち上がり、巫月に吠えるように叫んだ。
「揺すっても、呼びかけても起きない。じゃあ、どうやって起こすの? となれば、痛みを与えるのが一番簡単で手っ取り早いじゃん?」
ちゃんと起こしてやったんだから、少しは感謝しろ。巫月はそう言いたげな笑顔で、俺に言い返す。
「あのなあ……確かにその考えはわかる。でもだからって、腹はないだろ? 腹は?」
俺はやれやれといった具合に、右手で額を押さえる。
やるにしても、もっと別の場所を選んで欲しかった。
太っている俺にとって、腹をつねられるのは普通の体型のやつより痛いのだ。
そんな複雑な思いをこめて俺は、右手の指の間から巫月を睨んだ。
「そんなに、体を真っ赤にしてまで怒らなくても、いいでしょ?」
「これは、元からそういう色だ!」
「あーそうだった、そうだった。ごめん、ごめん」
絶対にこいつ、ごめんとか思ってねえわ。と、巫月のふざけた態度に俺は憤りを感じた。
俺は腕を組んで、巫月の顔を改めて上から見据えた。
「巫月! おま――
「そもそも龍一」
さっきまでのふざけた表情から一転、真面目な顔で俺の言葉を遮る巫月。
そのただならぬ雰囲気に、思わず俺も出しかけた言葉を飲み込む。
「な、なんだよ?」
「あんたが、ほぼ裸の姿で寝るのが悪いんでしょ?」
そう言って巫月は、俺の体を指差した。
――裸?
そう聞いて俺は、ベッドの真横に立て掛けてある鏡に目を向ける。この日起きてから初めて、自分の体をしっかりと見た。
するとその光景を目の当たりにして、一気に俺は血の気が引いた。
上半身は、パジャマどころか下着さえ身に着けておらず、赤と薄い黄色の二色の肌が丸出し。ドラゴンの太りやすい体質があるとはいえ、高校生とは思えないぐらいに突き出た俺の太鼓腹が、でーんと自己主張している。
下半身は、漢字の「龍」がデザインで描いてあるパンツ1枚。
――えーっと、俺は……まさか、ずーっと裸だったのか?
その事実に怒りはどこかへ行き、恥ずかしさの波が荒れ狂うように押し寄せた。 鏡に映る自分の赤い肌の顔が、さらに赤くなった気がするのは、きっと気のせいではないだろう。
本当、穴があったら入りたいとはこういうことだ。
「昔から進歩ないわねー。あんた」
その声に俺は鏡から目をそらし、巫月のほうを向いた。 顔には、さっきの笑顔が戻っていた。
あぁ……そういうことか。と、ようやく俺は理解した。
巫月がなぜずっと笑顔だったのか。巫月は俺の姿を笑っていたのだ。
「一緒に寝ることが多かったころから、寝てる間に服を、ぜーんぶ! 脱ぎ散らかして。朝起きたらパンツ1枚。あたしに毎朝、大爆笑されて……」
目の前の俺の姿、そして思い出し笑い。二つの相乗効果で、腹を抱えながら笑う巫月。
そんなことは、忘れていて欲しかった。
「わっ、笑うなよ……。癖なんだからしょうがないだろ?」
「だって……、もう高校生なのに、あんたがまだそんなことしてるとは思わないし……。ちょっ、やめて!その姿でこっち見ないで、お腹痛い!」
俺としてもこれ以上裸の姿で、うろつきたくなかった。
ベッドの脇に落ちている、俺が寝てる間に脱ぎ散らかしたパジャマを、回収し身に纏った。
「ほら、これでいいだろ? まったく、気付いていたなら最初から言えっての……」
「だって、あたしもあんたが裸なのを気付いてないとは思わなかったもん。てっきり、露出癖の趣味でもできたのかと」
「いやー、裸って解放感という名の快感が素晴らしいよねー……って、んな訳あるかあ! そんな変態な趣味はねえよ!」
ごめんごめん、と謝罪しながら、両手を顔の前で合わせる巫月。
ようやく俺も怒りが収まったので、ずっと聞きたかったかったことを巫月に聞く。
「で、なんでお前がここにいるんだ?」
「え? だから、それはあんたを起こすために」
「いや俺が聞きたいのは、どうしてお前が、起こしにきてるのかだ」
巫月は別に、毎朝俺を起こしに来ているわけじゃない。いやむしろ、巫月が俺を起こしにきたことなんて、全然ないはずだ。それに──
「俺の記憶が正しければ今までおまえに、幼なじみの女の子に起こされるシチュエーションをやってくれ、なんて俺が頼んだことないだろ? 誰の差し金だ?」
「あー……実は昨日の夜、あんたのお母さんに電話があったの。『昨日、うちの目覚ましが壊れちゃったみたいなの。私たちは、仕事でいま日本にいないでしょ? だから、巫月ちゃん。龍一が、寝坊しないように明日の始業式の朝、起こしてくれる?』……ってね」
「信じられないぐらい、そっくりなモノマネだな。一瞬、母さん本人と見紛いそうだったぞ」
「でしょ?」
巫月は、得意気な顔をした。
一方の俺は内心、母さんからの恥ずかしい気遣いに、体が燃えるように熱くなってる。
俺の両親は海外で仕事をしている。母さんは遺跡調査の仕事で、父さんはアメリカで大学の教授。
二人とも普段はずっと家にいないから、目覚ましが壊れてちゃんと俺が学校に行けるか心配になるのは、かなり過保護だがあの二人なら
当然のことだろう。だが……。
――巫月には頼むなよ。一番頼んじゃダメだろ、こいつには。
「おまえ俺を起こしに行くこと、いやじゃなかったか?」
「え? 別に家が隣なんだから、いやな理由なんてないでしょ?」
「いや、そうじゃなくて。その……なんていうか。さすがに俺達も、もう高校生なんだしさ?」
俺は、はにかみながら巫月にそう問いかけた。
「あー……。そういうこと?」
はっきりと言えない俺を見て、察した巫月。はにかんでいる俺の姿が面白かったのか、ニヤニヤ笑っている。
「えー? だって、あたし達は幼なじみだし。小さいころなんて、お風呂も一緒に入ってたぐらいでしょ? だから、正直あんたのことは姉弟ぐらいにしか、思ってないのよ。むしろ、龍一。気にしすぎじゃない?」
「うん、まあ……そうなん、だけどな……」
淡々と言い返す巫月の姿に、俺は清々しさを感じた。巫月の言う通り、俺の杞憂だったかもしれない。
「それに、龍一。よかったじゃない? 幼なじみのあたしに、腹をつねって起こしてもらえるなんて。世の中探しても、たぶんあんただけよ?」
そう言って、愉快そうに俺に笑いかける巫月。
「うわーい、やったね!でも、全然誇れる気がしねーわ!」
「可愛い幼なじみがいないよりは、良いでしょ?」
「可愛い……のか?お前が?」
俺は冗談半分にそう言って巫月に笑いかけた。
「おい……」
と、巫月も冗談半分に怒り返した。
あの後、すぐに制服に着替えた俺は巫月と現在、俺の家の玄関にいる。
「まあ、ちゃんと起こしてはくれたことは感謝しとくよ。ってあれ?」
ちょっと待て……。
俺は急に変な違和感に気付いた。
「巫月、おまえいつも寝坊してたよな?」
俺の寝てる間に服を脱ぐ癖と同じように、巫月にも寝坊癖がある。 遅刻するほどではないが、巫月は寝坊することが多い。
高校生になった今も、俺達は巫月の要望で、一緒に学校に登校している。だから、巫月の寝坊は俺にも被害が及ぶから、いつも迷惑していた。
「そうよ? でもわたしのせいじゃないわ。目覚ましが、私が起きるように仕事しないのが悪いのよ」
「寝坊を目覚ましのせいにするなよ。って、そんなことじゃなくて、いつも寝坊してるお前が俺を起こしに来る時だけ、早起きできるわけ……」
「ないに決まってるでしょ?」
ないに決まってるのかよ!? おい、じゃあ、まさか……!?
俺は背中に汗が伝うのを感じる。とても、嫌な予感がした。
「巫月、今、何時だ?」
もし俺の予想が当たっていれば、最悪の結果が起きているかもしれない。
「…………」
急に凍ったように、静かになる巫月。 左腕につけた腕時計を無言で静かに見つめる。
「八時、半……」
「はっ!? なんつった!?」
巫月の告げるありえない時間に、自分の耳を疑った。嘘だといってくれ。
「八時半よ……」
巫月も、その時間に衝撃を受けているのだろう。時間を俺に告げる巫月の腕は小刻みに震えている。
八時半、それはほとんどの学校がもう始業している時間だ。
そう、つまり……。これは、あれだ。
俺は、信じがたい現状に天を仰ぐ。
そして、スッと深く息を吸って、心の声を吐き出す。
「大遅刻じゃねええええええええか!! この大馬鹿天使があああああああ!!」
人生最高の遅刻に、学校へ行く気が半ば失せた俺は怒りで巫月を殴り飛ばした。
窓から見える満開に咲いた桜の散らす花びらが、織り成す模様。 息を呑むほどに優美なその光景が、今の俺には『間抜けな俺達を笑っている顔』。 そんな風に見えた。
今日は四月八日。
いざ、恥ずかしい注目確定の始業式へ。
俺はアホな幼なじみと共に、空を大急ぎで飛んでいった。
Life02「忘れたい記憶ほど、掠れない」に続く……
どうも初めまして流 龍一です。 ここまで読んで、いただきありがとうございます。
この度、初めてpixivから小説家になろうに投稿いたしました。
いかがでしょうか?
Dragon・Lifeは作者が、
「ドラゴンが主人公の物語って、あんまりないな……。ないなら自分で書こう!」
と思いたち書いたものです。
まだまだ未熟な作者の連載作品、不定期な投稿ではございますが、よろしくお願いいたします。
追記(2018/6/25)
修正いたしました。