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夏祭り。


「花火大会が始まる時間まで、屋台を見て回りましょうか」

「そうですね。あちこち見て回りましょう!」



 今日は芙蓉さんと私の近所の夏祭りに来ている。

 格好は芙蓉さんとお揃いで購入した浴衣だ。前回デートしたときに「折角お祭りに行くんだし、お揃いの浴衣とか……着たくない?」と芙蓉さんに言われ、即答で「着たいです」と答えたのだ。浴衣は水色のストライプに大輪の朝顔が涼しげなものを選んだ。

 私は一人では着られなかったので、長女の(かすみ)ちゃんと次女の向日葵(ひまわり)ちゃんに着付けを手伝ってもらった。芙蓉さんは着付けをどうしたのか聞いたら、なんと芙蓉さんは自分で着付けたらしい。「慣れれば一人でも平気よ?」って言っていたけど、私には出来る気がしない。芙蓉さんてばスゴすぎます!


 近所の夏祭りと言ってもお祭りの規模はなかなか大きい。この周辺に住んでいる人に加え、電車に乗ってまでやって来る人がいるくらいだ。道にずらりと並ぶ屋台に川原でやる花火大会、盆踊りや催し物など結構力を入れている。

 夏休みの時期だからか、それとも今日が土曜日だからか、屋台の並ぶ通りには人が溢れている。子ども同士のグループや家族連れのグループ、そしてカップルの姿が目立つ。


 ……私と芙蓉さんはどう見られているのかな。友人? 先輩と後輩? ……それとも、恋人同士に見えたりして?


 内心で考えたことにムズムズして“キャー!!”って叫び出したくなった。

 恋人同士になってからそれなりの時間が経っているけど、やっぱり未だに芙蓉さんと恋人同士である自分に慣れない。一緒にいるだけでドキドキしてふわふわして、まるで心を羽でくすぐられているようだ。甘く疼いて心が落ち着かない。

 ぽやっとしながらそんなことを考えて歩いていたせいか、前方から歩いてきた男の人にぶつかってしまった。


「きゃっ!」

「うわ! ……ったく気をつけろよ!!」

「す、すみませんでした」


 男の人はブツブツ言いながら去っていった。

 ぶつかってしまった男の人に申し訳なく思いながら“ちゃんと前を見て歩かなきゃ”って考えていたら、空いていた右手をソッと握られ軽く引っ張られた。繋がれた手を辿っていくと、心配顔の芙蓉さんがいた。


「小百合、大丈夫?」

「え、あ、はい。大丈夫ですっ!!」

「今日はお祭りで人が多いものね。はぐれるといけないから手を繋ぎましょ?」

「わわ、大丈夫ですよ!? そこまで子どもじゃないです」


 そんなに私は頼りない子どものように見えるのだろうか……とちょっとしょんぼりしていたら、芙蓉さんがフッと笑って私の耳に唇を寄せてきた。



「──違うわよ。それはあくまで口実。本当はただ手を繋ぎたいだけよ」



 微かな吐息が耳に触れる。

 吹き込まれた芙蓉さんの悪戯っぽい囁きと吐息に、産毛がゾワリと立ち上がる。

 パッと耳を押さえて距離をとると、満足げに笑った芙蓉さんが「こら、手を離しちゃダメじゃない」と言いながら再び手を繋いできた。

 ……芙蓉さん。わざとですね!?

 空いている方の左手で、強く鼓動を刻む胸を押さえながら私は自分の頬が緩んでいくのを感じていた。




 ──ドォン!


 お腹に響く破裂音の後に、夜空に大輪の花が咲いた。

 色も形も様々な花火が夜空を彩り散っていく。


「うわぁ! 花火キレイですね」

「本当ね。あ、小百合、見て今のはちょっと変わった形よ」

「スゴいですねぇ~。どうやってあんな形を作るんでしょうね?」


 私と芙蓉さんは、地元民だけが知っている穴場から花火が打ち上がるのを眺めていた。周囲に人影は少ない。

 花火大会が始まるまで、いっぱい屋台を回って楽しんだ。特に食べ物系は色んな種類のものを食べるためにみんな半分こにした。……私が特別食いしん坊ってワケじゃないよ? みんな普通にやるよね?

 金魚すくいやヨーヨー釣りは荷物になってしまうので、やってる人を見ているだけだったけどとても楽しかった。ただ、屋台巡りに夢中になって花火大会の開始時間になりそうだったのには慌てたけど……。


 打ち上がる花火に二人ではしゃぎながら「今の花火は形が可愛い」とか「色はこっちの方が好み」とか色々好き勝手に評価する。

 また好みの花火が浮かび上がったので、芙蓉さんに話しかけようと横を向いた私は、花火に照らされてほんのりと浮かび上がる芙蓉さんのあまりの美しさに見惚れてしまった。

 花火はまだ終わっていない。

 しかしもう私の目には映っていなかった。

 浴衣の襟からのぞく首筋が色っぽい。暑くて汗をかいているからか、数本の後れ毛が張り付いている。

 無意識に手が動いていた。


「んっ。……小百合?」

「あっ! ごめんなさい、髪の毛が、張り付いていたから……」


 しどろもどろに弁解する。

 いま、自分は何をした?

 芙蓉さんの首筋に張り付いた髪の毛をどかしてあげたのだ。

 ……手にはしっとりと吸い付くような肌の感触が残っている。


「ありがとう。ちょっとびっくりしちゃった」


 芙蓉さんが照れたように笑う。

 その笑顔を見て、心臓がドクリと強く高鳴る。

 強くて優しくて格好いい芙蓉さんが照れるように笑うと、いつも以上に心臓への破壊力が抜群だった。


「い、いえ……」


 照れてる芙蓉さんが可愛い!

 私は内心で悶えた。

 だって、あの芙蓉さんの照れ顔だ。冷静で、でも茶目っ気もあって、私をリードする大人の女性。そんな芙蓉さんの貴重な照れ顔。

 普段は私の方が振り回されることが多いので、可愛らしい芙蓉さんにニヨニヨしてしまう。

 しかしながら、形勢はすぐに逆転してしまった。


「もう小百合ったら……悪い子ね?」

「ふ、ふふ、芙蓉さん!?」


 熱を帯びた妖しい眼差しで見つめられるだけで、自分の顔が真っ赤に染まったのがわかった。

 芙蓉さんは真っ赤に染まった私の頬を優しく撫でる。


「真っ赤に染まった頬っぺたがまるで林檎のようよ? ……ふふ、美味しそう」


 最後の方だけ吐息のような声で囁かれた。

 あ、やっぱり無理。芙蓉さんに勝つのは一生無理そうだ。

 私はいつだって優しい手のひらの上で簡単にコロコロ転がされてしまう。

 複雑な気持ちで芙蓉さんを見上げると、にっこり笑われてしまった。


 その時、ひときわ大きい音を立てて夜空に花が咲いた。

 そちらに一瞬気をとられた私。芙蓉さんはその瞬間を逃さずに唇を重ねてきた。


「んっ」


 こんなところでという混乱と羞恥に離れようとするが、ぎゅっと抱き締められていて叶わない。

 ちゅっと小さく音が鳴り、唇が離れていく。


「……誰かに見られたら」

「大丈夫よ。みんな花火を見ているから」


 ……なら、いいの……かな?

 夏の暑さとは別の熱に浮かされながら、私と芙蓉さんは花火が終わるまでソッと寄り添っていた。

 今年の花火は、今まで見てきた中で一番きれいだった。



 こうして、芙蓉さんと一緒に過ごした大事な思い出がまた一つ増えた。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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