愛する人と
エリオスの声に、安堵の表情を浮かべたシエナとは対照的に、クリストフの顔は真っ青になった。
シエナの竜に絡みつかれたまま、辺りを見回したクリストフのみぞおちを、いつしか彼の前に現れたエリオスが素早く突く。
「うっ」
エリオスの一撃で、クリストフはがくりと首を垂れた。エリオスはすぐに左手首の腕輪の宝珠から竜を呼び出すと、その腹部を覆っていた氷を溶かし傷口を確認した。
「あの魔法が消えている」
ほっと表情を和らげたエリオスは、シエナと目を見交わすと、すぐに竜の傷口に回復魔法を掛けた。嬉しそうに上空に浮かび上がったエリオスの竜が、クリストフを放り出したシエナの竜と互いに寄り添う。
「よかった……!」
二匹の竜を見上げて、シエナはようやく身体の緊張が解けていくのを感じた。そんなシエナの身体を、エリオスが抱き締める。
「エリオス様……?」
「こうして俺の竜の魔法が解けたのは、シエナが犯人を突き止めてくれたからだ。君には感謝しかないが……もうこんな無茶はしないでくれ」
「ごめんなさい」
頬を染めたシエナはそっとエリオスの身体を抱き締め返した。
「今日は魔物討伐に行っていらしたのでは……?」
「すぐに終えて戻って来たところだ。君が今日ここに来ることは聞いていたし、何だか虫の知らせがしたからな。……それにしても、あの魔法の術者が彼だったとは」
エリオスは厳しい顔で、地面に横たわるクリストフを見つめた。
「あの、クリストフ様は……」
「気絶しているだけだから、安心してくれ。麻痺の魔法も同時に掛けているから、しばらくは起き上がれないはずだ。意識が戻ったら、彼から事の詳細を聞くことになるだろう」
エリオスの表情が、ふっと翳った。
「あんな複雑な魔法をこの若さで使いこなせるなんて、才能は相当のものだったのに。実に残念だ」
「……ええ、そうですね」
シエナが複雑な表情で頷く。いくら別れたとはいえ、一時は婚約していたクリストフが、このような悪事に手を染めていたことは大きなショックだった。そして、輝かしいものになるはずだった彼の将来が失われたことにも、もの悲しさを覚える。
そんなシエナの気持ちを汲み取ったように、エリオスは労わるように彼女を見つめた。
「疲れただろう。後は俺に任せて、もう屋敷に戻ったほうがいい」
シエナは素直に頷くと、待たせていた馬車に乗り込んで、フレミング伯爵家の屋敷へと向かった。
***
その後、クリストフの自供により、事件の全貌が明らかになった。エリオスを陥れようとした黒幕だった公爵と、彼に従っていた魔術師たちも身柄を拘束され、魔術師団を追放されて牢に入ることが決まった。
魔術師団内で、仲間である団員を謀ろうとした者が出たことが大問題となり、魔術師団の一部の権力者たちによる暗部が詳らかになったことで、事件に携わった関係者が一掃される結果になったという。
一通りの処分が決まった頃、シエナは改めてシェフィールズ公爵家を訪れていた。渦中に巻き込まれたエリオスは、この一週間ほど忙しい日々を過ごしていたのだ。
それまでは毎日のようにエリオスと会っていたシエナは、彼に会えない日々が寂しく、味気なく感じられていた。
「エリオス様」
ようやく会えたエリオスの顔を見るだけで、シエナの胸は高鳴った。
「シエナ! 会いたかった」
エリオスが笑顔で彼女を出迎える。
「ここ数日君に会えないだけで、日常が色を失ったようだった。ようやく会えて嬉しいよ」
彼も同じ気持ちだったと知って、シエナの顔が綻ぶ。
「私も同じです。エリオス様に会えない日が寂しくて、何だか一日が長く感じられて……」
エリオスはシエナを屋敷に迎え入れながら、珍しく薄らと頬を染めた。
「君に、大切な話がある。少し話せるかい?」
「ええ、もちろんです」
大切な話というエリオスの言葉に、シエナの胸には期待と不安が入り混じっていた。
(どんなお話なのかしら……)
エリオスに会えずにいた間、シエナは、これで彼との婚約が終わりを告げるのだろうかと、切ない気持ちになっていたのだった。
(クリストフ様が牢に入った今、私に身の危険はない。それに、エリオス様の竜が回復した以上、私の魔力がなくたって、エリオス様は問題なく過ごしていける。もう、この婚約の役目は終わるのかしら)
昨夜も、久し振りにエリオスに会える喜びと、今後二人で会えなくなるのではないかという不安に、シエナは寝返りを打ちながら、眠れない時間を過ごしていたのだ。
けれど、目の前にいるエリオスからは、シエナの来訪を心から喜ぶ気持ちが伝わってくる。
痛いほどに打つ心臓を抱えて、シエナはエリオスとソファーに並んで座った。
「それで、お話とは……」
尋ねるシエナの声が、微かに震える。エリオスはそんなシエナの両手を包むように握った。
「シエナ、俺と結婚してほしい」
真剣な表情のエリオスを見て、シエナの目頭がじんと熱くなる。
「私、エリオス様が婚約してくださったのは、私を庇うための、形だけのものかと思って……」
「俺は、はじめから君と本物の婚約をしているつもりだったよ」
はっとしてシエナがエリオスを見つめる。思い返してみれば、彼に形式上の婚約だと言われたことは一度もなかった。
「形だけの婚約ができるほど、俺は器用じゃない。……だが、一番大切なことを口に出せないままでいたのだから、誤解されても仕方ないな」
エリオスは愛しげにシエナの瞳を覗き込んだ。
「誰よりも君を愛している。ずっと俺の側にいてほしい」
「私も大好きです、エリオス様」
エリオスがシエナの両手を握る手に、そっと力を込めた。
「生涯をかけて君を守ると誓うよ」
彼の顔がシエナに近付き、優しく唇が重ねられる。シエナの胸は幸せに震えた。
長い口付けの後で、エリオスが微笑む。
「シエナが魔術師団に入る前に、はっきりと伝えておきたかったんだ。君が誤解をしているかもしれないとは、俺も何となく感じていたから」
「ふふっ、そうだったのですね」
エリオスと一緒に過ごす未来を想像するだけで、シエナは明るい光が差してくるような気持ちになった。
その後、魔術師団史上最強の夫婦と呼ばれるようになる将来が待っていることを、まだシエナもエリオスも知らない。
仲睦まじく微笑み合う二人の様子を、いつしか宝珠から抜け出した竜たちが、温かな瞳で見守っていた。
もう少し甘めの後日談やエリオス視点の話など追加できたらと思っていますが、本編はいったんここで完結とさせていただきます。
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