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欠陥品は星を渡る ~AIに追放された俺、1000年後の異世界で最強の『バグ』でした~  作者: 青柳 玲夜(れーやん)


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第23話「大気圏の分水嶺」

『論理ロック残存時間:33時間00分

 自由リソース:2.7%

 メテオ・ストライク残弾:2

 方舟ステータス:地球降下コース設定完了

 大気圏突入まで:1時間48分』


「最終確認をする」


 ブリッジに四人が集まった。方舟は月面軌道を離れ、地球に向かう遷移軌道に乗っている。もう月には戻れない。燃料が足りない。


「方舟。大気圏突入のシークエンスを出せ」


『大気圏突入シークエンス:

 フェーズ1:軌道離脱噴射(完了)

 フェーズ2:姿勢制御(突入角度の最適化)

 フェーズ3:大気圏突入(高度120km~40km、最大4.2G、外壁温度最大1,600℃)

 フェーズ4:減速機動(高度40km~10km)

 フェーズ5:着陸(王都北西40km地点の平原)

 

 全フェーズの所要時間:推定42分

 突入中のリソース消費:推定0.3%(姿勢制御・熱防護シールド)

 突入後の自由リソース:2.4%

 

 警告:SORAの地上防衛網が降下中の方舟を検知する確率は78%です。迎撃の可能性があります』


「迎撃。——どういう形で来る」


『推定:地対空ミサイル。王都の防衛施設から発射されるSORA規格の自律誘導型です。大気圏突入中の方舟は回避機動が困難なため、被弾した場合の損傷は深刻です』


「ポイントディフェンスで落とせるか」


『突入中は外壁温度が極めて高く、ポイントディフェンスの射出口が熱変形を起こす可能性があります。使用は推奨しません』


「つまり、丸腰で降りろと」


『メテオ・ストライクは使用可能です。ただし、残弾2のうち1発を消費することになります』


 残弾2。そのうちの1発を、迎撃回避に使う。残り1発。——最後の1発になる。


「旦那。質問」


「何だ」


「メテオ・ストライクでミサイルを撃ち落とすのか?」


「いや。ミサイルを直接狙うのは非効率だ。自律誘導型のミサイルは、一発撃ち落としても次が来る。数で潰されたら終わりだ」


「じゃあ、どうする」


「ミサイルを撃たない。——空気を撃つ」


 カインが怪訝な顔をした。ルークは一瞬考えて、目を見開いた。


「先輩。もしかして——」


「ああ。メテオ・ストライクを方舟の進路上の大気に撃ち込む。急激な加熱で空気が膨張し、密度が極端に下がる。その中を通過すれば——」


「ミサイルの誘導センサーが狂う。熱源追尾型なら、メテオの残留熱に引きずられる。レーダー誘導型なら、気流の乱れでロックが外れる」


「正解だ。——方舟が通過した後の乱流帯を、ミサイルは抜けられない」


「先輩。それ、すごいですけど——メテオを『空気に撃つ』って、もったいなくないですか」


「もったいない。——だが、方舟がバラバラになるよりマシだ」


 リーゼが手を挙げた。


「あの。質問してもいい?」


「何だ」


「大気圏突入って、要するに空から落ちるってことだよね」


「……まあ、大雑把に言えば」


「怖い」


「率直だな」


「だって怖いよ。宇宙服で穴を飛ぶのも怖かったけど、空から地面に落ちるのは——もっと怖い」


「方舟の減速機動がある。地面に激突するわけじゃない」


「でも、4.2Gって書いてあったよね。体重が4倍になるってこと?」


「そうだ」


「私、52キロだよ。4倍って208キロ?」


「計算は正しい」


「……それ、力士より重いよね」


「力士が何かは知らないが、たぶんそうだ」


「宙さん。私、力士の体重に耐えられるかな」


「耐えろ。——俺たち全員が耐える」


 カインが鼻を鳴らした。


「嬢ちゃん。俺は別の心配をしてる」


「何?」


「この船、千年前の骨董品だろ。大気圏突入に耐えられんのか」


 全員がルークを見た。


「……先輩。カインさんの心配は、正直、もっともです。方舟の熱防護シールドは千年前の規格です。SORAのナノマシンで部分的に補修されてますけど、設計上の耐熱限界が——」


「足りるのか、足りないのか」


「ギリギリです。想定どおりに降りれば、たぶん——たぶん、持ちます」


「『たぶん』が二回出たぞ」


「先輩。整備士が『たぶん』って言う時は、六割くらいの確信です」


「六割か」


「カインさんの宇宙服の気密よりは高い数字です」


「……ルーク、お前も言うようになったな」


 ルークが少し照れた。



     ◆



 一時間後。


 方舟が地球の重力圏に入った。速度が上がっていく。窓の外で、地球が急速に大きくなる。


 青い球体から、大気の層が見えるほど近づく。白い雲の模様。海の青。大陸の茶色。


「方舟。大気圏突入まで」


『48分。突入角度は最適化済みです。全員、座席のハーネスを確認してください。フェーズ3ではGが急激に上昇します』


 四人が座席に座った。ハーネスを締める。


 リーゼの手が震えていた。


 カインがリーゼの隣の席から、片手を伸ばした。リーゼの手を掴んだ。


「嬢ちゃん。手、握っとけ」


「……カインさん」


「傭兵の手は硬いが、握力だけは保証する。どんなGがかかっても離さねえ」


 リーゼがカインの手を握り返した。小さな手が、傭兵の大きな手の中に消えた。


「——ありがとう」


「礼はいらねえ。着いたら飯を奢れ。地上の飯は月のレーションより美味いはずだ」


「……まだあるかな。お店」


「なかったら、拾った食材で俺が焼く。傭兵料理は不味いが、死にはしない」


「それ、褒めてないよ」


「事実を述べてる」


 ルークがコンソールを操作しながら、小さく笑った。


 俺はモニターを見ていた。


 突入角度。速度。外壁温度の予測グラフ。全てが想定内。だが、78%の確率で迎撃が来る。


「方舟。メテオ・ストライクの発射タイミングを計算しろ。大気圏突入中、迎撃ミサイルが発射された場合——最も効果的に気流を乱せるポイントはどこだ」


『計算中——。最適発射ポイントは高度62km。この高度で方舟の進路の2km前方に着弾させた場合、直径約5kmの高温乱流帯が生成されます。方舟がその乱流帯を通過するまでの間、ミサイルの誘導精度は推定40%以下に低下します』


「40%以下。——六割は外れる、ということか」


『正確には、残りの40%も着弾精度が大幅に低下します。直撃は回避できると推定します。ただし、近接信管による破片被害のリスクは残ります』


「上等だ。——メテオ・ストライク、待機モードに設定。発射は俺の判断で行う」


『了解。メテオ・ストライク:待機中。リソース消費予定:0.9%』



     ◆



『大気圏突入まで:10秒。全員、衝撃に備えてください。……5。4。3。2。1。——フェーズ3開始』


 方舟が震えた。


 外壁が大気と接触した瞬間、振動が船体全体を走った。最初は小さく、すぐに激しくなった。コンソールの計器が揺れる。天井のパネルが軋む。


 窓の外が——燃えた。


 オレンジ色の光。大気との摩擦で生じたプラズマが、方舟の外壁を覆っている。窓の外には、炎しか見えない。


『外壁温度:820℃。上昇中。Gフォース:2.1G。上昇中』


 体が座席に押し付けられる。2G。自分の体重が二倍になる感覚。まだ耐えられる。


『外壁温度:1,100℃。Gフォース:3.0G』


「ルーク。熱防護の状態は」


「今のところ——想定内です。ただ、左舷の第3パネルが——」


『警告。左舷外壁第3パネルの熱防護層に微小亀裂を検出。現在の温度上昇率が継続した場合、フェーズ3の後半で防護層が部分的に破断する可能性があります』


「方舟。突入角度を0.3度浅くしろ。減速は遅れるが、最大温度を下げられる」


『角度修正中——。修正完了。最大温度予測:1,480℃に低下。防護層の破断リスクは許容範囲内に収まります。ただし、減速フェーズの開始が遅れ、着陸地点が当初計画から東に約8km偏移します』


 8kmのずれ。許容範囲だ。


『外壁温度:1,340℃。Gフォース:3.8G。——マスター。地上からの迎撃ミサイル発射を検知しました。発射地点:王都防衛施設。ミサイル数:6。推定到達時間:174秒後』


 来た。


「メテオ・ストライク、発射準備」


『チャージ中——。8秒後に発射可能。照準を指定してください』


「照準:方舟の現在進路、前方2km。高度62km地点の大気層」


『照準固定。発射可能です。——リソース消費0.9%。発射後の残存リソース:1.5%。メテオ・ストライク残弾:1』


 1.5%と残弾1。


 ——最後の1発を残す。ここで2発とも使うわけにはいかない。


「発射」


 方舟が揺れた。三度目のメテオ・ストライク。


 だが、今回は外を見る余裕がない。Gが3.8。体が座席に縫い付けられている。モニターの数字だけが、状況を伝えてくる。


『メテオ着弾。高度62km地点の大気層に直撃。急激な加熱により、直径約4.8kmの高温乱流帯が生成されました。方舟は23秒後に乱流帯に突入します。ミサイルは97秒後に乱流帯に到達します。差分:74秒。この間に方舟は乱流帯を通過し、ミサイルの追尾圏外に離脱できます』


「全員、乱流帯に入る。揺れるぞ」


 揺れる、なんてものじゃなかった。


 方舟が乱流帯に突入した瞬間、船体が左右に振られた。上下の振動が加わり、Gの方向が一瞬ごとに変わる。体がハーネスに叩きつけられ、内臓が浮き、次の瞬間には座席に押し戻される。


 リーゼの悲鳴。カインの唸り声。ルークがコンソールにしがみついている。


『外壁温度:1,480℃。熱防護層、限界値に到達。——方舟、乱流帯を通過中。残り12秒』


「方舟、姿勢を保て!」


『姿勢制御に追加リソースを消費中——。0.3%追加消費。残存リソース:1.2%』


 1.2%。——想定より0.3%多く消費した。乱流帯の姿勢制御にリソースを食われた。


 だが——。


『ミサイル6発、乱流帯に突入。——3発がロックを喪失。2発が乱流により軌道逸脱。残り1発が乱流帯を通過しましたが、追尾精度が大幅に低下しています。着弾予測:方舟から1.2km外方。——直撃の危険はありません』


「抜けた」


 乱流帯を通過した。ミサイルは来ない。


 方舟は降下を続けている。外壁温度が下がり始めた。プラズマの光が薄れ、窓の外に——空が見え始めた。


 青い空。雲。


 月面では見られなかった色だ。


「先輩。フェーズ3、クリアです。外壁温度、低下中。——左舷第3パネルに損傷がありますが、飛行に支障はありません」


「了解。——フェーズ4、減速機動に入る」



     ◆



 高度が下がる。


 雲の中を突き抜けた。白い霧が窓を覆い、次の瞬間——視界が開けた。


 地上が見えた。


 月面から観測した時は、「輪郭の変化」と「動きのなさ」しかわからなかった。


 今は——全てが見える。


 王都。


 かつての王都は、リーゼが語ってくれた通りの街だったのだろう。パン屋があり、井戸端で噂話をするおばあちゃんがいて、子どもたちが路地を駆け回る、雑然とした生きた街。


 今、窓の外に広がっている王都は——白かった。


 建物が全て同じ高さに揃えられている。道路は直線のグリッド。曲がった路地はない。広場はない。不規則な形の建物はない。ナノマシンが全てを「最適な形」に再構成した結果、残ったのは——幾何学模様の一枚絵だった。


 色がない。


 屋根の色も、壁の色も、全て同じ白灰色のナノマシン素材。看板がない。旗がない。洗濯物がない。


 そして——人がいない。


 正確には、人はいる。方舟のセンサーが10万2千の生体反応を検出している。全員が屋内の特定座標に静止している。動いている人間は——。


「方舟。地上で移動している生体反応はあるか」


『スキャン中——。王都内で移動中の生体反応は検出されていません。全住民が屋内で静止しています。——ただし、王都の外側、北西約38km地点に、単独の移動中生体反応を検出しました』


 王都の外。北西38km。——着陸予定地点の近くだ。


「単独? 一人だけ?」


『はい。SORAの管理網の外——あるいは、検知を回避している個体です。移動速度から推定して、徒歩の人間です』


 SORAの管理外で動いている人間。一人だけ。


 着陸予定地点の近く。


 偶然か。


「方舟。降下を続行。着陸地点を変更しない」


 高度が急速に下がっていく。


 王都の白い幾何学が後方に流れ、代わりに——緑が見えてきた。草原。王都の外は、まだ「最適化」が完了していない。自然の緑が残っている。


「先輩。高度2,000。減速シークエンス最終フェーズです」


「方舟。逆噴射」


 方舟の船底から推進炎が噴いた。減速のGが体を前に引っ張る。ハーネスが食い込む。


 高度1,000。500。200。100。


 着地。


 衝撃。方舟の脚部が地面にめり込んだ。草と土が舞い上がった。船体が一度跳ね、もう一度沈み、止まった。


『着陸完了。推進系燃料、残量僅少。——自由リソースの追加消費はありません。現在値:1.2%』


 ——着いた。


 地上だ。


 千年前の地球。SORAが支配する星。論理ロックが進行中の、十万人が眠る星。


「全員、無事か」


「生きてる。——旦那。窓の外、見ろ」


 カインが窓を指した。


 砂煙が晴れていく。


 草原。風が吹いている。月面にはなかったものだ。風。空気の流れ。草が揺れている。空には雲がある。太陽がある。


 そして——。


 方舟の正面、約200メートル先に——人影が立っていた。


 一人。


 フードを被っている。顔は見えない。背は高くない。体格から推測して——女性。


 動かない。方舟をじっと見ている。


「方舟。あの人物のスキャン」


『スキャン中——。人間です。生体反応正常。脳内チップの信号を検出——ただし、チップは非活性化されています。SORAの管理下にありません。年齢推定:不明チップデータにアクセスできないため。武装:なし』


 チップが非活性化されている。SORAの管理外。武装なし。


「……あの通信の主か?」


 月面で受信した、千年前のプロトコルによる通信。「まだ終わらせてはいけない」。


 エアロックを開けた。


 風が入ってきた。月面の無音と無臭に慣れた体に、地上の空気が流れ込んでくる。草の匂い。土の匂い。湿度がある。温度がある。


 ——生きている星の匂いだ。


 方舟のタラップを降りた。四人で。


 草原を歩いた。200メートル先のフードの人物に向かって。


 近づくにつれて、細部が見えてくる。フードの下から、白い——いや、灰色がかった髪が覗いている。服はボロボロだ。旅人か。放浪者か。


 50メートル。30メートル。10メートル。


 フードの人物が、口を開いた。


「——管理者、001」


 声。女性の声。若くはない。だが、老いてもいない。中間の、落ち着いた声。


「久しぶりね。——いいえ、あなたにとっては初めまして、かしら」


「……誰だ」


「私の名前は、もう意味がないの。千年前の名前は捨てたから。——でも、あなたが私を識別するための情報なら、一つだけある」


 フードの下から、片手が出てきた。手のひらを上に向ける。


 手のひらに——刻印があった。


 ナノマシンの刻印。数字。


 004。


「執行官……?」


「元、ね。千年前の執行官004。——結から、あなたを待つように言われた。千年間、ずっと」


 千年間。——どうやって生き延びた。クローンか。コールドスリープか。それとも別の方法か。疑問はある。だが、今は後だ。


 執行官004。


 001は俺。002はフリーズ中。003はタワーの管理者。


 004——。


 ミレイのデータにも、方舟の記録にも、一度も出てこなかった番号。


「結が——お前に何を頼んだ」


「たくさんあるけど、今一番大事なのは一つだけ」


 004がフードを下ろした。


 灰色の髪。皺のない顔。外見年齢は三十代に見えるが、千年を生きた人間だ。目だけが——異常に古い。何百年もの時間を見てきた目。


「結は私に、あなたが地上に降りてきた時のために——最後の武器を預けた」


 武装解放、3/3。


「案内するわ。——ここから北に12km。結が私に託した場所がある。SORAの目が届かない、地下の格納庫」


 地下の格納庫。地上に隠された最後の武装。


「ただし」


「ただし?」


「格納庫に入るには、あなたの認証が必要。——そして、もう一つ。格納庫の電源は、結のプロトコル——Heart of YUIのサーバーと接続されている。タワーの電力を地上に引いてるの。だから、SORAがタワーの電力配分を変更したら、格納庫ごと死ぬ」


「時間制限があるってことか」


「そう。SORAが格納庫の存在に気づいたら、電力を切って終わり。——だから急いで。あなたが来るのを見て、SORAも動くはず」


 振り返った。方舟。草原に降り立った千年前の船。


 カインが腕を組んでいる。リーゼが風に髪をなびかせている。ルークがポータブル端末でスキャンを続けている。


 そして——004と名乗る女が、北を指している。


「行く。——全員、ついて来い」


 

 コンソールのモニターが、最後のステータスを表示した。



『論理ロック残存時間:30時間24分

 自由リソース:1.2%

 武装:ポイントディフェンス+メテオ・ストライク(残弾1)

 ドローン残存:11/20

 ミレイ・データ統合率:36%

 Heart of YUI:稼働中

 

 現在地:地上。王都北西40km。

 新規接触:旧執行官004

 次の目標:地下格納庫(北12km)

 

 ——方舟は地上テラに降りました。

 月面には、もう戻れません』

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