接触 ―1
〈第弐位階〉の殲滅から4日後―
再び〈第弐位階〉が現れたという情報を受け、騎士団は街を進む。しかし、進行は遅く、騎士たちは馬に揺られながら、市民に見送られていく。
騎士の中にはダーヴィットも居た。ダーヴィットは騎士たちを見て、一人毒づく。
大噓つき共が―
出撃するという名目で、余裕のある行進を行い、市民に対し「我々にとっては〈第弐位階〉は取るに足らない敵だ。安心せよ」と伝える。
異能たちが仮面越しにではあるが、市民に笑顔を向け、手を振る。そして、時折、僅かな時間だが、悩みなどを聞いてあげる。花を受け取り、笑顔を返す。者によっては、薬などを無償で手渡す。
偶像化を進める為の華々しい行進。このまま森へと進み、訓練を行い、帰ってくるのだ。無傷で〈第弐位階〉を倒した異能たちを演出するために。
ダーヴィットは唇の端を吊り上げる。こんなことを行っているから、本当に〈第弐位階〉が現れた時に対応できないのだ。
夜になると、街の中心部は奇妙に浮足立っていた。怪物を倒したことによる高揚、それと皆とそれを共有することで恐怖を紛らわそうとする感情からだろうか。しかし、街の至る所に、嫌な臭いが染みついていた―野菜の切りくずと、古いパンを混ぜた薄いスープの臭い―飢えの臭い。
防壁の整備、異能者への莫大な報酬、〈祝福〉の研究、それらが国の財政を圧迫していた。福祉は滞り、街に貧民が溢れた。しかし、王は市民への税額を上げ続けている。
ダーヴィットは一人、街を歩いていた。頭の片隅には、自分が火傷を負わせた王妃―ソフィア・アイメルト―のことがあった。
―気にすることはない、あの女は元々傷物だった。王宮で彼女に優しくする者は居ない。騎士が、こっそりと耳打ちした言葉が離れない。
ダーヴィットは破壊された貧民街に入ろうとする。
騎士が何人か居り、地図を片手に話し込んでいた。
「残骸が動いたらしい」
「まさか」
「業火様の力で焼いていなければ、今頃もっと」
「いや、ここで食い止めた王太子こそ―」
騎士がダーヴィットに気づき、しっしっと手を振り、
「ここは立ち入り禁止だ」
肉が腐る強烈な臭いと、鼻をつく匂いが立ち込めている。悪臭に慣れているダーヴィットでさえ、顔を引っ込め、しかめ面をしていた。
死骸の後処理が行われているとは聞いた。〈第弐位階〉の肉を腐らせる作用を持つ植物から作られた薬剤を撒き、腐敗を待っているのだ。
ダーヴィットは、抜け道を利用するべく、路地裏に入る。薄闇の中、ごみを漁る子供の姿が見えた。
数人の子供が、何かに群がっている。それが一人の子供だと気づき、ダーヴィットは怒声を発する。
「やめろ!」
そう言うと、子供は蜘蛛の子を散らしたように消えていく。
ダーヴィットが、子供に近づくと、体中に痣があった。やせ細り、性別が分からないほどに髪が伸びていた。自身の子供時代が思い浮かぶ。
子供の息を確認すると、もうこと切れていた。しかし、その手は強く握られている。それを開けると、砂利が入り込み、変色した黒いライ麦パン。
ダーヴィットは歯噛みし、呻き声をあげる。
「なぜ……こんなものの為に」
貧富の差は広がり、もはや救貧院では救えないほどになっている。
ダーヴィットの脳裏に自身の子供時代が蘇る。空腹と恐怖、憎しみで、泥に浸かったパンさえ貪っていた、かつての自分の姿が。
ダーヴィットは、知り合いの少年の事を思い出し、走り出す。目をつぶっても、どこに何があるのか分かる。向かっているのは被害を受けた場所だ。防壁の復興は進んでいるが、スラムは放っておかれる。
ダーヴィットが探していたのは、純粋で人を疑うことを知らない、一人の少年だった。他の子供よりも脳の成長が遅いのか、いつも幸せそうにしていた。
―誰かが彼に手を差し伸べなければならない
彼の住む場所に着くと、ぼろ切れを纏った一人の女がいた。その足元には、少年の姿。
「何をした! 貴様」ダーヴィットが女の肩を掴み、乱暴に捻る。思った以上に、女は力強く、ダーヴィットは驚く。
「たすけてくれた……ふぃあふぃあが」少年の口を、女が塞ぐ。
ダーヴィットは、女の顔を見る。顔には白い仮面。
「貴様……何者だ」ダーヴィットは歯噛みし、その腕をひねる。がさがさとした感触―手を見ると火傷。貧民ではありえない美しく白く細い指。
「あんた……なぜ、ここに」ダーヴィットは驚き、後退する。
女は一瞬の隙を見て、逃げ出した。
ダーヴィットの胸は激しく鳴っていた。
女の瞳には見覚えがあった―ソフィア・アイメルト。
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