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4話 不死(イモータル) ー1

 ―〈第弐位階〉の出現から2日後


 蝋燭ろうそくの小さな明かりだけが、ソフィアを照らす。視線の先には、まぶしい光―王宮では〈第弐位階〉を倒したことをたたえるパーティーが行われていた。


 遠くから歓声が聞こえるなか、ソフィアは自室で傷の治療をしていた。


 ソフィアは、ふと手首のきずを見る。太ったヘビのような黒いきず。それらがいたるところについている。


 傷に触れると、火花が弾けるような痛みが襲う。戦地に繰り返し派遣され、傷は全身におよんでいた。


 傷を見て、ふと数分前の光景が目に浮かぶ―


 先ほど、夫であるリュディガー王子とすれちがった。華奢で肌が青白い男で、ソフィアを見ると、眼をらした。もちろん、傷や身体の事を気づかう言葉はない。


 ご無事で何よりでした、とソフィアが声をかけると、リュディガー王子はびくり、と震えた。数週間ぶりに声をかけたというのに、このありさまだ。


 2人は、顔を合わせることも滅多になく、夫婦として肌を触れ合わせたのは、はるか昔にも思えた。


 この国の王太子であり、このヴィン王国を支配するアイメルト家の血筋を引く者であり、正当な王位継承権をもつ唯一の男児。それが10も歳下の小娘におびえているのだ。これでは王国の未来など―


 私の夫、私の今、私の未来-


 ふいに強烈な虚脱感に襲われ、ソフィアは頭を押さえる。私は、もう女として終わり―いや、何もかもおしまいだ。


 こんなところで一人で死にたくない。寂しいよ、誰か助けてー


 胸の奥に虚無が広がって、何もかも諦めたくなる。


「思い出せ……」


 涙をぬぐい、歯を食いしばり、ソフィアは、自分に言い聞かせる。憎悪だけが、自分を正気に保つのだ、と。


 ソフィアは昔のことを思い出していた。この地獄の始まりを―


 3年前、嫁いできたソフィアに対し、きさきは無関心であった。しかし、2年ほど前から執拗な指導が始まったのだ。


 后は、言葉遣いから、テーブルマナーまで、細かなことでも激しく叱責を行うようになった。叱責の理由は曖昧で、ヒステリックだった。


 ソフィアは王宮内で孤立させられ、嘲笑の的にされ、毎日のように后に激しく叱責され、年端も行かない公妾に面前で罵倒された。ソフィアは心を病んでいった。


 肩や首が異様にるようになり、顔の筋肉が引きつり、指が震えるようになった。


 后を前にすると、舌がもつれ、頭が真っ白になり、動悸が激しくなった。一日中、頭痛がし、胸が何かに圧迫されるような感覚に苦しめられた。


 そんなソフィアを見ても、リュディガー王太子は気をかけることはなかった。彼は、昼は后の操り人形、夜は食事のたびに公妾に口の周りをふかれ、ベッドで上に乗られていた。


 ソフィアが自室にこもるようになると、食事にかすかに赤い色をした白パンが出されるようになった。朝食に出されたそれに違和感を覚えたが、何か言うことは出来なかった。


 数週間続いたある日、それが堕胎を引き起こす毒麦から作られたのだ、と侍女から知らされた。


 誰がそんなことを、という答えは明白だった。王が后に命じていたのだ。ほんのわずかなリュディガーとの触れ合いすら、無意味になった。


 ソフィアは食事をとらず、衰弱する日々が続いた。それを乗り越えた先で待っていたのは、戦場へ送り込むという仕打ちだった。


 もうすぐ王は死ぬ、そうつぶやき、自分を鼓舞しつづけていた。王は齢60で、大病を患っている。その親戚だった后は、同じ病で死んだ。いつ崩御してもおかしくはない。王の死と共に、地獄は終わるはず、だった―


 昨日、街で瓦礫の撤去をしていたとき〈第弐位階〉のすぐそばで、ソフィアは、とある話を聞いてしまった。



 騎士たちが集まり、声をあげていた。


「怪物の腹から人が出てきた」


「骨に僅かな肉が付いているだけだ。無残だな」


「おい、再生してるぞ」


「う、動いた!」


 そこで、騎士は位の高い者を呼んだ。



 まさか、不死の異能を持つ者が現れたのではないか―


 ソフィアの疑問は、王宮に著名な医師がお忍びできていることにより、真実味を増した。


 〈祝福〉は、それを持つ異能者の臓物の一部を加工した物を摂取することで、他者にも同様の物が発現することがある。あの王の事だ、もう不死者の血肉から作られた薬をすする算段を立てているに違いない。


 考えることは一つだけだ。王が不死になるならば、その前に殺すしかない。

読んで頂きありがとうございます。


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