天恩(ゴッドブレス) ー2
みんなと話してあった秘策。それを行う為には、エアハルトが大きく飛翔する必要がある。その機会を絶対に逃がせない。
ソフィアは走りながら矢を放つ―胸、頭を狙った必殺の狙撃。しかし、全てが風によって弾かれる。そして、弾かれた矢が返ってくる。
ソフィアと横並びに走っていたティモが、ソフィアの前に躍り出る。そして、斧と盾で矢を叩き落としていく。
しかし、一本打ち損じ、ソフィアへ向かってくる。斧を手に滑り込ませ、強引に叩き斬る。
エアハルトは一瞬だが、ソフィアに釘付けになる。
ダーヴィットは、エアハルトの気が2人に向いている間に接近。エアハルトは目を見開き、歯を見せて微笑む。翼が複雑に羽ばたき、その行く手を阻むが、その力は僅かに弱い。ソフィアらの妨害のせいだろう。
ハイモが大斧を振るい、それをエアハルトに叩きつける―軽く剣でいなされる。しかし、ダーヴィットが間髪入れず、懐へ。
ダーヴィットは腹部を撃ち抜くような衝撃を感じる。気づくと、上空に打ち上げられていた。
「ぐっ……」
ダーヴィットは受け身を取り、着地。血を吐きながらも立ち上がる。しかし、全身が痛み、よろけてしまう。
目の前でハイモの身体を矢が貫き、その血が風でぱっと散る。
エアハルトが大きく飛翔するのが見えた。地上に居る我々をあざ笑うかのような美しさ。もう無理だ、そんな思いが生まれた瞬間、ソフィアの叫ぶ声が聞こえた。
エアハルトが大きく飛翔し、天使の如く浮かび上がる。ソフィアは目を大きく見開く。
この時をずっと待っていた―
「ダーヴィット!」喉も裂けよ、と叫ぶ。そして、3本の矢を取り出す。特別にこしらえた黒曜石を矢じりに用いた矢。
エアハルトが飛翔を続けるべく、羽をはばたかせた瞬間、ソフィアは矢を放ち、
「焼き尽くせ!」
3本の矢、それがエアハルトに向け、放たれる。エアハルトは、磁力で軌道を逸らそうとする―しかし、矢尻が鉄ではないため、逸れない。
一瞬だけ生まれる誤差。エアハルトから一メートル程まで矢が接近。エアハルトは、それを風で逸らそうとするが、飛翔とどちらを優先するか、一瞬、迷ってしまう。
些細な誤差。それが勝敗を決めるとソフィアは信じていた。
ソフィアの声で、ダーヴィットは一瞬で我に返る。そして、集中力を全て使い、風を読む。ソフィアが出した妙案、それは余りに危険な賭けだった。しかし、それを今は行うしかない。
矢についている羽根を焼き、3枚から1枚にすることで、矢の回転に影響を与え、進行方向を大きく変えることができる。威力は落ちるが、エアハルトがやっているように「矢の進行方向を曲げる」ことが出来る。それを利用し、エアハルトを狙撃するのだ。
異様な集中力―回転する矢を知覚、羽の震えを感じ取る。余りの集中に、思わず嘔吐する。三本のうち、一本の矢が殺傷範囲にあることを感じる。〈祝福〉を発動。2枚の羽根だけを焼く。
「堕ちろ」ソフィアは囁き、矢の行方を見つめていた。
羽根が焼けたことで矢は軌道を大きく変え、異様な速度でエアハルトへ飛び込む。漆黒の刃は、その喉を掠る。ざりっ、と肉が抉れる鈍い音がする。
エアハルトは目を見開き、呻く。その表情は驚愕。そして、その身体は地面に向け、落ちていく。
祝福、神の加護、天恩……そんな風に言われてきた技を、ソフィアは再現したのだ。理詰めで神の御業を模倣する―それこそ、ソフィアの神殺しだった。
エアハルトは地面に叩きつけられ、血を吐いた。それでもすぐに立ち上がり、剣を構える。そこに余裕はない。
ダーヴィットと、ティモは同時に走り出した。
ティモが先にエアハルトの懐に飛び込む。しかし、疾風でそれは止められてしまう。エアハルトは無防備なティモに接近し、剣を薙ぐ。ティモの太い腕が転がり、血が滴る。
嵐の中、ティモは獰猛に微笑む。エアハルトは安定した姿勢で、剣戟を行う為に一瞬だけ風を止めていた。その隙を、ティモは見逃さなかった。
ティモは、斧をエアハルトの手首に叩き込む。エアハルトの手首が吹っ飛び、剣が壁に突き刺さる。
ティモと入れ替わるように、ダーヴィットが背後から現れる。その手には、黒曜石の刃。鎧の隙間を狙い、突き立てる―狙いは心臓。どっ、という鈍い音。刃は、肋骨を抜け、心臓に達していた。
気流が止み、静寂が大聖堂を支配する。誰かの荒い息だけが木霊していた。
エアハルトは、ゆっくりと地面に倒れこむ。その顔は穏やかだ。その口から血が溢れ、瞳から急速に生気が失われていく。
「楽し……かった」そう言うエアハルトの目は、もう目の前の現実を見ていないように見えた。
ダーヴィットは地面にうつぶせに倒れ込む。ソフィアは、椅子にもたれかかり、傷を圧迫していた。両名とも、全身に矢が突き刺さり、腿と脇腹が削げ落ちていた。
ソフィアは、立ち上がり、よろよろと大司教に近づいていく。それを見たエアハルトが一瞬だけ目を輝かせる。好奇心と不安に満ちた瞳―子供の目。
「貴様……」ダーヴィットが言おうとするのを、ソフィアが手で制す。
ソフィアを、エアハルトが見上げる。その眼には、僅かに涙が浮かんでいる。エアハルトが唇を動かして何かを言おうとするが、掠れて聞こえない。しかし、何を言っているかは理解できた。
あしたも、いっしょにあそんでくれる?
最期の慈悲を掛けるべきだろうか―
ソフィアは斧を手にし、それを振るおうとする―頭蓋を叩き割ろうとする。ふと、みんなで食べたパンの味が浮かぶ。
違う、私の目的は復讐じゃない―
斧は、エアハルトのすぐそばで止まる。
この男も、所詮は王に人生を狂わされた異形の化け物に過ぎない。天上の聖者なんかではない。心に闇を抱えた、矮小な一人の男。
ソフィアは穏やかに微笑み、「いいよ。また明日ね」
エアハルトは安堵したように微笑む。その口から血が零れ、静かに息を引き取った。
糸が切れたように、ソフィアは倒れた。
「ソフィア……」ダーヴィットはソフィアに駆け寄る。
ハイモは原形を失い、ティモも動けそうになかった。
「姐さんを頼みます」ティモは傷口を抑え、言った。
「馬鹿野郎……お前も連れていくに―」
「手負いで逃げられるほど、俺も馬鹿じゃないですよ」ティモは力なく笑った。
「すまん……」ダーヴィットは、ソフィアを抱え、走り出した。
蹄鉄の音が聞こえた。おそらく、音を聞きつけ、騎士達が見に来たのだろう。
「くそ……」ダーヴィットは、ソフィアを抱え、馬にまたがり、暗闇の中を走り出す。
建物から出ると、傭兵たちが、目を丸くした。
「本当に勝ちやがった」
「速く……狼煙を」ダーヴィットは傷口を抑え、指示を出す。
傭兵は、手慣れた手つきで狼煙を上げる。
「ここからは、俺達の仕事だ」そう言い、傭兵は防壁に向かい走り出す。
数分後、防壁が爆破され、ソフィア、ダーヴィットらは森へと入っていく。




