6-3. 迷路庭園 3
本日は2話更新しています。こちらは2話目です。
夕食のとき、アル王子にもこの城について訊ねてみた。
「サラ。地球は球体で、太陽をめぐる惑星だから、夜と朝が交互に来ますよね。ネレスィマナンは、銀河系の理屈は通用しません。この国では、エネルギーの源は、この城なのですよ」
人間の常識と擦り合わせてくれるので、王子の解説はとても分かりやすい。
「この城自体が、ネレスィマナンをあまねく照らす光源です。影絵では全貌が見えますが、実際には圧倒的な光のせいで、城そのものの姿を見ることはできません。辺境のあたりで、かろうじて輪郭がつかめるようですが」
もちろん私も見たことはありません、と淡々と説明され、沙良はやっと納得がいった。
(なるほどねー。王族への絶対的忠誠って、そういうことか)
これまで沙良は、ネレスィマナンの民の、王への絶対的な畏怖に共感できなかったけれど。
この国では王と城は同義であること、そして王城が民の命と直結していることを理解した。
黙って考え込む沙良に、アルフレード王子は一つ提案をする。
「サラ、この城の名前を聞いたことがありますか?」
沙良は、目が覚めたように顔をあげる。
「あー、あった、かな?」
王子は沙良の表情を見て、小さく笑った。
「スズシロでずいぶんと懲りたようですね。この城は、サン・ギュネシュ宮と言います。名を、捕ってごらんなさい。――かまいませんよ。この国の者なら、皆が知っていることです」
沙良は目を瞠った。
(サン・ギュネシュ……。分かる。光の中心、って意味だ)
王子に促されて、久しぶりに音の意味を捕っていた。それだけ、普段の会話では音だけ聞いて考えないようにすることに慣れていたのだ。
サン・ギュネシュ。ドゥンヤ。ナップ。テンガ。
重厚で雄大、華麗。いくつもの音が重層的に響き、「ネレスィマナン」という名前を初めて聞いたときと似たような複雑な旋律がなだれ込んでくる。
「尊称はいくらでもあります。要するに、世界、光、その核となる場所という意味です」
アルフレード王子の解説は、オーケストラのクライマックスのようにドラマティックに響いた。
「ふわ~。スゴイ所なんですねえ、このお城は」
王子がにこやかにうなずく。
「それでは、この城の影絵を作ってみましょうか?」
「え、それは難しいですよ、外から見たこともないのに……っ」
「私もですよ」
「っ」
「サラは、目で見たものを再現しようと思いすぎです。サン・ギュネシュ城の全貌など、誰も見たことがありません。ですが、リーナも影絵を造れたでしょう? 本来、影絵は本質を象るものです。サラは音から名を捕ったでしょう。必ず作れますよ」
「ええぇ……?」
おそるおそる、手で輪を作る。リーナが見せてくれた城を思い出そうとしたら、お叱りの言葉が来た。
「見た物の記憶ではなくて。この城の本質を思い浮かべて」
(サン・ギュネシュ……、光の中心。ドゥンヤ。世界。ナップ。光。テンガ。――あらゆる世界の、核となる場所……!)
ふいに、腕の空間の中に、ちがう次元が生まれた気がした。
どどん!
広大なディナールームいっぱいに、沙良の造ったサン・ギュネシュ城の影絵が広がった。
「わっ」
「サラ。大きすぎ、です」
透けた壁の向こう側で王子は笑いを堪えているけれど、給仕の者たちは慌てふためいて逃げ出している。
「すっ、すみませんっ。えーっと、手のひらサイズ、っと。もう少し小さくな~れっ」
唱えると、城の幻はすーっと沙良の手の輪のなかに納まった。
「へええええ」
矯めつ眇めつ、眺めてしまう。
自分で作ったとはいえ、この城の影絵は独立した存在だった。見たこともないのに色も着いているし、内部の部屋やその中で動いている人の様子もなんとなく分かる。
今まで作ってきた影絵とは、全然ちがうものだ。
「すごい……。これがホントの『影絵』なんだ……」
「コツがつかめましたね?」
「ええ。ありがとうございます!」
心から礼を述べたのに、王子は笑顔のまま首を振る。
「婚約者に感謝の気持ちを表すのなら、言葉だけでは足りないのでは?」
「へ」
「サラが着実に成長しているように、私達の仲も進展させたいと思うのですが?」
「そっ、それはっ」
思わず立ち上がりかけた沙良のすぐ傍に、一瞬で王子が移動してくる。とてつもなく長いディナーテーブルの端っこにいたのに、何故だ。
すっと手を握られた。サラの手よりもずっと白く細く美しい手は、見た目と違って力強い。
「何度も言っていますが、サラは本当に覚えが早い。こんなに熱心にこの国のことを勉強してくれて、ありがたいと思っています」
「え、それは、自分のため、というかっ。あの、今のわたしって、チューターのいる新入社員のようなものだなーって!」
言葉は通じているのに、使われる単語の意味が分からない。
独特の伝統や文化があって、それを守らなければならない。
今まで馴染みのなかったマナーが求められる。
そこで生活していくために、最低限のスキルを急いで習得しなければならない。そのために、研修係まで付いている。
役職が重要すぎてかしずかれる点をあえて無視すれば、この状況はもろに新入社員なのだ。
沙良がいったんそうみなしてしまうと、ヴァリューズ侍女長や王子のセリフまで、沙良の意識に合わせてOJTっぽく変換されるようになった。
「それならがんばらなきゃじゃないですか!? 影絵は、いちばん苦手なOJTだったのでっ、アルのアドバイスはすごくありがたいっていうかっ」
アルフレード王子はふっと笑って、沙良の手を自分の口元に引き寄せた。
「そうやって、どこまでもビジネスにしたいんですね。サラは」
「いやっ、そのっ」
「あなたにとって、私は上司ですか?」
王子はそのまま、沙良の指先にキスした。
唇の冷たい感触が落ちる。
「私は、サラに私を好きになっていただきたいのです」
至近距離の美貌があでやかに微笑み、沙良は椅子を蹴って、食堂から逃げ出した。




