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6-4. 迷路庭園 4


本日は2話更新しています。こちらは1話目です。





 そして今日も、沙良は庭の探検に赴く。


「お妃君~。城の北側の、迷路庭園に行ってみませんか?」


「迷路庭園? そんなのあるんだ?」


「はいっ。すっごく楽しいんですよ~。難しいんですけど、ゴールに着くとご褒美もあるんですっ」


 カナトの弾んだ声に、お気に入りの場所なのだとわかる。


「そうなんだ。おもしろそう。じゃあ、今日の散歩はそこにしよっか」


 嬉しそうにはしゃぐカナトとリーナにお弁当を用意してもらい、沙良達はピクニック気分でドアを開ける。

 目の前はもう、迷路庭園だ。


「うわ、大きい!」


 城の迷路庭園は、沙良が知っている生け垣で区切った迷路ではなかった。

 一見無造作に大木が生えているようで、実は道になっている。四方八方の木々が大きいので、ほとんど周囲が見えない。


「えっ、これクリアできるものなの?」


「大丈夫ですぅ。迷ったら、その場からお部屋に戻してもらえます~」


「誰に?」


「えっと、この迷路の、くすの長老です。あ、あと、毎回順路も変わるんですよっ」


「はあ。それはたしかに難しそうだね~」


 どこを見ても深い森の中にいるようで、ゴール以前に、どこかにたどり着ける気がしない。


(まあ、でも。急いでゴールしなきゃいけないものでもないし。ここで迷路に挑戦してるうちに、キリエとも仲良くなれるかもしれないしね……?)


 無言で斜め後ろに控えているキリエを、ちらっと眺める。 

 キリエと打ち解けるよりも、地球に戻るほうが早いのではないかと思ってしまうけれど、沙良とて会社では4人の部下を抱えていた身だ。


(うん。上下関係って、焦っても仕方ないしね!)


 チームである以上、合わない部下ともそれなりにやっていくしかないし、なにかの拍子に親しくなれるかもしれないという希望は持っていたい。

 腕に抱きかかえたスズシロ様が、ぽんぽんと沙良の頭を撫でてくれた。



 沙良はのんびりと、みどりの風涼しい迷路を巡って行った。

 堂々とした古木に囲まれているのに、迷路の中は明るい。

 新緑のように輝く木漏れ陽と葉擦れの音に、伸びをする。


「ん~っ、きっもちいー!」


 爽やかな空気に、少し重たかった気分と全身が洗われていく気がする。


「サラ様に気に入っていただけて、あたしも嬉しいですにゃっ」


「カナトってば……。サラ様なんて失礼よ、お妃君とお呼びしなきゃ。あと」


「あたし達だけのときはいいってサ、お妃君がおっしゃったもん~」


「初めて来たお庭なのよ? みんなお妃君を拝見しているに決まってるじゃない」


「……だよねえ、あはは~……」


 沙良の口から、乾いた笑いが洩れる。

 アルフレード王子の通達により、「お妃君の生活が落ち着くまで」謁見は延期となっている。

 そのため、かえって誰も彼もが新しいお妃君に興味津々なのだ。

 そして城にいる者たちは、完全な人型ばかりではない。いや、沙良の居室に現れない妖精や精霊たちは、かなり独特な姿をしていた。というか無機物も多い。

 フランス式庭園では、刈り込まれたトピアリーたちにお辞儀された。英国領主館風の素朴なお庭では、興奮した植え込みの花々から代わるがわる話しかけられた。うっかり襲ってきた蜂のおさからは、蒼白な顔で謝罪を受けた。

 庭だけではない。

 沙良の部屋も、息を殺して沙良の気分を窺っている。

 ヴァリューズ侍女長に部屋の模様替えを頼んだら、嘆き悲しむ空気が部屋じゅうに満ちて、慌てて取り消したのだ。


(でもさあ。現代日本一般女子の感覚からすると、わたしの部屋、豪華すぎるしキラキラしすぎなんだよねえ……)


 壁紙も絨毯もソファもクッションも家具も、とにかく装飾過多なのだ。ほんの少しの隙間も許さないとばかりに模様が入っていて、もともとシンプルが好きな沙良には、少しうるさい。


(うるさい、なんて、絶対言えないけどね……)


 部屋中が泣いている、というあの雰囲気は、ホラー映画よりずっと怖かった。そしてなぜか沙良ばかり罪悪感が募るはめになる。

 おそらく今この瞬間も、ここの樹々たちも沙良を見ているだろう。

 ただ、自然の精霊たちのほうが存在感が奥ゆかしいので、森林浴のようなこの時間はかなりホッとできた。


「サラどの、最近お疲れやろぃ? もっと好きにしゃべってよかとよー」


 腕の中のスズシロ様が、よしよしと頭を撫でてくれる。こうやってスズシロ様に慰められることが増えた。


「ありがとー、スズシロ様。でも、みんな、わたしに良かれと思ってやってくれてるんだもん、言いづらいよ~」


 というか、“みんな”の中に無機物まで含まれていることに慣れないのだ。 

 お手洗いや浴室、寝室については、初日に泣きついて、せめて声は出さないことにしてもらった。

 それでも、(文字どおり)部屋じゅうから常に見られている生活が、これほど疲れるとは思っていなかった。


(わたし一人暮らし歴長いしなぁ。大学からだから……10年かぁ。すっかりおひとり様生活に慣れちゃって)


「サラ殿は気にし過ぎたぃ。壁紙に、気に入らんち言えばよかくさ。あやつら、お妃君の好きな柄に変わったぃ」


「ありがと、……っ」


 ズキッとこめかみが痛んだ。


「どげんしたとや?」


「あ、ちょっと頭痛くて……」


「そらいけん。どっかで休むっかぃ?」


「じゃあ、お妃君、あっち行こ! ちょっと広くて座れるとこ、あるから!」


 カナトが沙良を引っ張り、大木の間に潜ろうとした。猫の彼女は、大根をライバル視しているらしく、沙良とスズシロ様が話しているとわりとじゃれついてくる。

 けれど、いつもならたしなめる役のリーナは、周囲を見回していて気もそぞろだった。


「カナト、そっちは……っ。まっすぐ行けば、もっと明るい場所に出るわ」


「えー、遠いよ! お妃君、頭痛いんだもん!」


 そうして沙良は右手でスズシロ様を抱いたまま、カナトに左手を引っ張られ、走り出すことになった。


「カナト! そっちに行ったらダメ!」


 なりふり構わず追いかけてくるリーナ。

 その後ろから冷めた瞳でついてくるキリエは、誰のことも止める気がなさそうだ。


(危険はないってこと? ちょ、信じていいんだよね、キリエ!?)


 周囲の樹々も、大きくざわめいている。

 枝を伸ばし、沙良の行く手を遮る木もあれば、すっと道を開ける木もいる。

 もはや木が動くくらいでは、沙良も驚かない。

 けれど、


(樹々の意思がバラバラ……。しかも、みんな、混乱してる?)


 これまで会った妖精や精霊は、同じ場所にいれば、たいていは同じ意思のもとに動いていた。

 けれど、この迷路の樹々たちには動揺を感じる。沙良をジャマするにせよ通すにせよ、自分の行動に自信がないまま、バラバラに動いているようだ。

 顔にピシピシッと枝や葉がぶつかる。


「痛っ。ちょ、カナト! ねえ、そっちには行かないほうがいいんじゃない?!」


「だいじょーぶ、もう着いたにゃ!」


 ぐっと手を掴まれ、枝葉のトンネルを抜けた。

 ひときわ明るい芝生と、の光に目を細める。

 こぢんまりとした広場で、中央には楠の巨木がそびえている。

 そしてその根元には、清らかな乙女が座っていた。




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