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5-3. 結婚は、しなくてもいいはず! 3




「いずれにせよ、早急にサラに覚えていただきたい技術まほうは、3つです」


 王子の声がビジネスライクになり、沙良は情けなくホッとしたのもつかの間、「技術まほう」という単語にぎょっとする。


「え、魔法なんて使えませんよ、わたしっ」


 けれど、王子もイルクも軽く首を振る。


「いいえ。見たらできますよ、サラならば」


「潜在能力だけはとんでもないからな、お妃君は」


「根拠のない期待が高すぎて逆に怖いんですけどっ?」


「『れ』は見ましたね。ここでの一般的な意思伝達の方法です。2つ目は、先ほど私達がこの場に来た方法、『渡り』といいますが、空間から空間への移動です。3つ目が、『影絵』。映像で情報共有する方法です」


 本人の申告を無視し、どんどん説明が進む。


「一度体験してみれば、すぐにコツがつかめますよ。――『渡り』を試してみましょうか」


 すっと右手を差し出され、自然に握ってしまう。嫌味なく肩を抱かれて立ち上がり、バルコニーから部屋に入るフランス窓まで導かれて、やっと気づいた。


(わあ、これがエスコート! 生まれて初めてされた! モノホンの王子様から!)


 現代日本の一般女子には、馴染みのない習慣だ。


 一気に顔が熱くなり、心の安定のためにもう片方の手でスズシロ様を抱きしめた。


「この城は巨大で次元も入り組んでいますから、皆、ドアからドアに“渡る”のですよ。――どうしました? 暑いですか?」


「いえ、だいじょーぶですっ」


 この城は王族の居住空間であると同時に、この国の執務機関でもある。そして、全ての種族の出先区域でもあるらしい。

 お妃君サラが現れたので、今はネレスィマナンの全種族の代表が宿泊しているそうだ。

 そもそも廊下がない区域も多いと聞き、沙良としても、できるだけ早く覚えなければならないと思う。

 アルフレード王子は沙良の右手を握ったまま、ドアに手を置き、「執務室」と言った。


「本当は口に出す必要もありません。イメージを思い浮かべるだけで、じゅうぶんです」


 ガラス扉を押すと、そこは沙良の応接室ではなく、円形のホールだった。塔の上のようで、窓からは高い空しか見えない。


「ここが私の執務室です。サラならいつでも歓迎ですから、この部屋を覚えておいてください」


「えええええ。うわあ、これってつまり……、『どこでもドア』ですね! すっごい!!」


 一生で一度は友達とする会話。「ドラえもんの道具のなかで、何がいちばん欲しい?」。好奇心の強い沙良は、小さい頃からずっと「どこでもドア」だった。


「どこでもドア……?」


「わあ、行きたい所どこでも行けちゃうんだ! 嬉しい! えっと、ただ行き先を思い浮かべればいいんですね?」


 いきなり気分が浮き立ち、けれど重大なことに気が付いた。


「……え。てことは、行ったことある場所じゃないと“渡”れないってこと……?」


 少しきょとんとしていた王子も、すぐに説明してくれる。


「初めのうちは、ヴァリューズ侍女長にいろいろな所に連れて行ってもらってください。次からは大丈夫ですよ」


「そっかぁ。やっぱり世界一周はそんな簡単じゃないですよねえ……。いや、でも、がんばりますっ」


「世界一周?」


 不安そうな声の王子を押しのけて、イルクが割り込んできた。


「お妃君。アンタは、行ったことのある場所だけに渡れ。あのな、この城の庭だけでも、50は下らないんだ。アンタが庭を思い浮かべて扉を開けても、どこにたどり着くか誰にも分からん。自分の城で迷子になってばっかのお妃君って情けないだろうが」


「そんなにアバウトなんですか?」


「イメージが固まっていれば迷うことはありませんが……」


 結局のところ、まずはこの城のいろいろな場所を覚えなければならないということだ。

 王子がまた沙良に手を伸ばす。


「それでは、次はサラがやってみてください。サラの居室に帰りましょうか」


「は、はい」


 スズシロ様が励ますように、ぽんぽんと腕を叩いてくれる。少し緊張したものの、実際は、たったいま出てきた部屋を思い浮かべるだけだ。


「――わたしの、部屋」


 つぶやくと、あの部屋がこの国での自分の拠点なのだと、強く感じた。

 重厚な木のドアを開ければ、そこは沙良の豪華な応接室だった。


「本当に、サラは覚えが早いですね」


「さすがだな」


「大したもんですたぃ、サラ様!」


 3人から手放しでほめられて、少しこそばゆい気持ちになる。

 沙良としては、何の努力も鍛錬もなく、なぜかできてしまったのだから。


「わたし、魔法なんか使えるはずないんですけど……」


「ええ。サラに魔力はまったくありませんが、たいへん力が強いですからね」


 またバルコニーに出て、ヴァリューズ侍女長が淹れ直してくれたお茶を含む。


「あの、それ、昨夜も言われましたけど、魔法じゃなければ、わたしの力ってどういうものなんですか?」


 昨晩からさんざん強いと言われているけれど、沙良本人にはさっぱり見当がつかない。

 移動や連絡方法に必要になるなら、自分でも理解しておかなければならないと思う。

 けれど、王子は言いよどんだ。イルクとスズシロ様はあからさまに目を逸らしている。結局ヴァリューズ侍女長も含め、4人で目で押し付け合った後、あきらめたように王子が口を開いた。


「意思の力、とでも言うのでしょうか。先ほどの目標云々でも感じましたが、人間という存在は、意思を形にしようという気持ちが強いですよね。それは精霊にはない特質です」


「はあ」


(ふうん……。これって、嘘じゃないんだろうけれど。60%くらいの解説なんだろうなー)


 人間の力について、王子は最低限の説明はしてくれたけれど、まだ何か隠されている。

 沙良にもピンと来たけれど、理解もできた。

 知識ゼロの人間に、最初から全部を教えるのはムリだ。新人教育だってとにかく最低限の技術から教え込んでいくのだから。

 つまり、沙良に魔力はないけれど、「あそこに行こう! 行くんだ!」という強い思いがそのまま力になるということらしい。そして、この“意思の力”はこの国ではめずらしいもので、たぶん、警戒もされている。


「じゃあ、次。『れ』を練習してみましょうか」


「そーそー。どこぞで迷子になったとき、連絡取れないと周りが困るからな」


「だから。なんで迷子になるって決定事項なんですかっ」


「いーや。アンタはなるね」


「ええ、私もそう思います。サラ、楽しみで仕方ないのでしょう? 慣れてきたらあなたは必ず、行ったことない場所も試すでしょうから」


「う」


 完全に読まれている。

 それでも、少しだけ緊張した沙良を、2人がほぐしてくれたことに感謝した。




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