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5-2. 結婚は、しなくてもいいはず! 2




 頭から湯気が出そうになっている沙良に、アルフレード王子のほうも方針を変えた。これから大事な話なのに、毎度お妃君がこんな調子では進まない。

 それにしても、


(変わった人間ひとだな。私の秋波に気づいてはいるのに、落ちない)


 すべての妖精たちの頂点に立つ存在なのだから、王族は美しい容姿と、カリスマ性を備えて生まれてくる。

 遙か昔、王子が人間界に下りたときも、ほとんどの人間を魅了することができた。

 沙良は、まったく色事には慣れていないのが丸分かりだ。だが、知識はそれなりにあるらしく、王子の秋波を理解している。そして激しく動揺しているくせに、恋愛感情はカケラも沸き上がってきていない。


(これが人間の力か。本当に、おもしろい)


 沙良の感覚でいえば昨晩、沙良がもっとも反応が良かったのは、互いの関係を仕事のように話していたときだった。本当に、沙良はこれまで王子が目にしたことのない種類の人間だ。

 アルフレード王子は、努めて乾いた声を出した。


「まあ、正直に言えば、今日の恰好はイルクからアドバイスを受けました。今の人間界に関しては、イルクのほうが詳しいんですよ。サンドイッチや服は、イルクが調達してきたものです」


 イルクがめんどくさそうに口を開く。


「ああ。ロンドンでな」


「え、調達って」


「変な想像するなよ。ちゃんと人間のカネ払ってきたからな」


「あ、あーそうなんだ……。って、え、わたしが寝てる間に? そんな簡単に人間の世界に行けるんですか?」


 それなら、元の世界に戻れるかもしれない。

 沙良の顔にはそんな期待が明らかで、王子はゆったりとうなずく。


「人間界を自由に行き来できるのは、そうとう力の強い一部の種族だけです。が、もちろん、沙良は条件を満たせば、すぐに行けますよ」


「ええ!?」


 沙良のほうは、あっさり肯定されて、逆に驚いた。

 たしかに、誰からも「二度と帰れない」とは言われなかった。ということに、今さら気づいたけれど。


「いえいえ、そこは、異世界転移しちゃったらもう帰れないって思いますよね? なんかこう、悲壮な決意とか要りそうじゃないですか!?」


「もちろん、いろいろ決断はしていただきたいですが。時間ときを完全に管理できるようになれば、沙良は好きなように人間界に行けますよ」


「あ。……時間ときの管理……」


「サラ。露の女王の別れの挨拶を受けたそうですね」


 なぜ知っているのかとは思わなかった。当然報告は受けているだろうし、そもそも沙良と、王子とイルクとでは過ごしている時間の感覚がちがいすぎる。


「サラがこの国に存在してくれているだけで、ネレスィマナンは正しい時間の流れに戻ります。鍛錬を積み、時間の流れを操作できるようになれば、人間界とネレスィマナンの両方で生活することも可能です」


「な、なれば、って。そうなれるまでに、どれくらいかかるんでしょう」


 めずらしくも、アルフレード王子は答えに詰まった。

 単純に予想がつかなかったのと、おおよその期間を沙良にんげんの時間に換算することが難しかったからだが、なにより、沙良の問いそのものに虚を突かれたのだ。


「……それが人間の感覚ですか。ひじょうにおもしろいです」


「え?」


「この国の者達は、どれほど時間がかかるかは気にしません。やっていればそのうちできますし、できないものはどれほど時間をかけてもできませんからね」


「へ? え、でも、計画ってものがありません? いつまでにできたらいいなーって目標とか」


「――目標を掲げても、できないものはできませんよね」


「はあ……」


 お互いに、不得要領な顔で見つめ合ってしまった。

 こんな時だが、王子の頬に片笑みが浮かぶ。

 やはり沙良は、こういう話し合いの雰囲気のときは、王子の顔に照れたり動揺したりしないのだ。


「できたときが、目標達成したときですよ」


「……あ~、サグラダファミリアみたいな? うん、そう考えると理解できなくもない、かな……」


 沙良がつぶやいた建物は、王子も知っている。

 妖精にはすこぶる人気のある人工物だが、人間界の感覚では、あのような建造方法は「無計画」「行き当たりばったり」と評されるらしい。

 イルクが沙良に問いかける。


「なんで習得までの期間が知りたいんだよ?」


「え、当然ですよね、ものすごいがんばって50年後とかに地球に戻っても手遅れじゃないですか! というか現実的に、失踪して7年経ったら、わたし死んだことにされちゃいますよ!」


 必死で言い募る沙良に、イルクは遠慮なく噴き出す。王子も、失礼と思いつつ呆気に取られてしまった。


「いや、あのなー、お妃君。その時点でアンタ、時間を巻き戻せるんだからさ。好きな時間に戻ってやり直しゃいいじゃん?」


 そうなのだ。王子も強くうなずいた。


「ほへ?」


 まったく思い当たっていなかったらしい。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする沙良に、王子は声を出して笑ってしまった。


「あははは。サラ、驚くと、本当に鳩の種族そっくりになるんですね!」


「う、うわぁ。王子、声出して笑ったりするんですね~。――ちがう方向にまた破壊力が……っ」


 ぼそぼそとつぶやいて赤くなった沙良に、早く慣れてもらいたいと思うものの、これはこれでじゅうぶん楽しいと思う王子だった。




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