第8話 運命の第二戦、逃げとけば良かったと後悔しています
全校生徒にバレて、何処ぞの組織に追い詰められて、普通の高校生活にさよならせざるを得なくなってダオスロードに乗り込んだダイは眼前の歩兵機と対峙した。
相手は何処ぞの組織、クロステーゼと言ったか。その組織の歩兵機が立ちはだかっていた。
『歩兵機から降りなさい、最上ダイ。さもなければ武力行使も辞しません。これは警告です、今直ぐ歩兵機から降りなさい』
歩兵機から聞こえてきた声は美人さんではなかった。ただ他の4人の何れかは判別出来ない。
その歩兵機はダオスロードと比べて随分と細身でスレンダーなフォルムだった。昨日の眼帯野郎とは正反対でバレリーナを彷彿とするような細くしなやかな四肢にくびれた腰回り、非常に脆く簡単に潰れそうな外見だがその分身軽で俊敏そうな忍者のイメージを感じられた。
簡単に定義してしまえば軽量化を施した玄人向けの高速機動型ってところか。装甲の色も白ベースに青のラインを施した如何にも素早そうなカラーリングだ。よし、白忍者と呼ぼう。
機動性重視なのは間違いない、捕まえられないと一方的にやられそうだな……ってそんな相手にダイが勝てるかぁ!!
『……警告はしました。こちらの指示に従わないと判断して、武力行使に出ます』
白忍者が腰の辺りから何かを手に取った。それは―――警棒だろうか?
どっちかって言うと交通整理に使う誘導棒のようであるけれど、おそらく鈍器として使う武器だろう。しかも棒は常に雷を纏いながら光っている、感電目的の鈍器っぽい。
確かこれって、スタンロッドって言うやつか。
歩兵機相手に感電って意味あるのかと思ったら大有りだぞ。歩兵機は精密機器の塊だからな、高圧電流なんか流されたらアウトだ。
動力からメインコンピューターにパワーモーター、フレームの衝撃緩和機構までガチガチで精密機器で固められてんだから高圧電流はマジで良く無い。
その辺詳しくは分かってないダイだが、白忍者が構えたスタンロッドは危険だと言う事は何となく理解出来たみたいで、取り敢えずファイティングポーズで構えてみた。
それを見て白忍者が迫ってきた。スタンロッドを構えて接近戦に持ち込むつもりだろうがしかしな、ダイもそのまま接近を許すほどバカじゃないんだよ。
まだ距離があるなら、接近される前にやる。こっちにはその為の飛び道具があるんだよ。
受け取れや、波動砲ぉー!!
『あだっ!』
と、ダイが砲腕を展開する前に白忍者がこけた。
こけた。それも自分の足に足を引っ掛ける形で。
「……え?」
この一周回って新鮮なこけ方をする人物をダイはつい最近知っていた。てか他にいないだろ、こんなポンコツ女。
「まさか……ポンコツさん?」
『なんですって?』
ダイの奴、自分の事を棚に上げてポンコツとか言っちゃったぞ。実際ポンコツだけど。
っで、そのポンコツさんだけど、ちょっと覚束ない感じで立ち上がった。ひょっとしてあんまり歩兵機の操縦が上手く無い?
『気が変わりました。なるべく穏便に済ませるつもりでしたが、どうやら痛い目にあっていただく必要があります』
(ヤバッ)
ヤバッ
この女、根に持つタイプだ。これは色々と厄介だぞ。
そんなポンコツさんにちょっと危機感を感じたダイは砲腕を出して波動砲を直ぐに撃った。だってなんか恐いし。
でな、その波動砲なんだけど当たらなかった。ダイの狙いが甘かったのもあるんだけど、白忍者も寸前で躱したんよ。
流石に素人って訳では無いんだから仕方ないんだが、問題は波動砲を撃った後にあった。
考えてみれば当然なんだけど、外れた波動砲の波動弾はその後消えるとかは無くてな、多分それなりの距離を飛んで消えるんだろうけど割とそれなり飛んでな、その奥の体育館の屋根に当たったんだ。
これこそヤバ、だよ。てか事件だよ、これ。
体育館の屋根はかなり派手な吹っ飛び方をしたけど、今は昼休みだから中に人はいないはず、てかそう信じたい。
そして客観的に見たら今のダイ、悪者だよな?
『な、何を考えているんですか!? 市街地で火砲を使うなんて!』
確かにそうですね。だからポンコツさんは銃火器を使わないのか……。
考えたら分かる事だ。歩兵機で飛び道具とか使ったら周りの被害は洒落にならない、市街地なら尚更だ。
でもダオスロードの武器らし武器は波動砲しか無いのも事実なんだけども。
そんな事考えてたら白忍者が何か投げてきた。歩兵機から見て野球ボールくらいのもの……って手榴弾!?
ポンコツ、テメェー舌の根も乾かない内から何やってんだぁー!?
と思ったらそれは手投げの爆弾じゃなく煙りが出るだけの発煙弾だった。なるほど、それならいいな。
いや良くない! 市街地的には良くてもダイ的には全然良くない!
発煙弾が破裂して黒い煙りが校庭一杯に立ち込め、視界が完全に奪われてダイは右も左も分からなくなった。勿論白忍者の姿も見えない。
どうしたらいいか分からずあたふたしてるダイの隙をつくように白忍者が至近距離まで迫って来た。しかも右手に構えたスタンロッドを振りかぶっている。
今のダイには到底躱せる攻撃じゃない、この時俺はやられたと思った。実際やられていただろうからな、相手がこんなポンコツさんでなければ。
『あぎゃ!』
「うぎゃ!」
白忍者はスタンロッドを振りかぶったにも関わらず、何故かそのまま体当たりしてきた。それもあんまり勢いが乗ってない。
ひょっとして殴るつもりで飛び込んだら距離感を間違えた?
あまり勢いの無い体当たりだったからダイは踏みとどまったけど、白忍者はそこからまたスタンロッドを振りかぶって襲いにきた。が、なんか思わずと言った感じでその振りかぶった腕を掴む事に成功。ダイ、やるじゃねぇーか。
『え、ええ!?』
「あ、えっと……レ、レーザー!」
するとダオスロードの鎖骨の辺りからレーザーが出た。
これがダオスロード最後の装備、レーザーCIWS。左右の鎖骨辺りに1門ずつ内装されているレーザー仕様の近接防御火器システムだ。
CIWSってのは主に飛来するミサイルや接近する航空機を迎撃する為の銃火器だが、歩兵機戦が実現するとこの取っ組み合いの至近距離状態で威力を発揮する事もあるのだよ。
『わ、わわ、わぁあああああ!』
慌てて掴まれた腕を振りほどいて後退すると勢い余って尻餅つく白忍者。それに合わせてレーザーも止まるけど、さっきからのドジっぷりに流石のダイも気付き始めていた。何故なら同じドジでもダイはこんな事はないからだ。
「……もしかしてその歩兵機、システム補助が無い?」
『シ、システム補助? 何ですかそれは?』
やっぱりそうだ、白忍者にはシステム補助が備わっていない。素人でも三流程度には扱えるようになるシステム補助、それが有るのと無いのとでは全然違う。どうりでダイが優位に立てている訳だ。
『……どうやらその歩兵機には何か特殊なシステムが組み込まれているようですね。けれどその程度で私に勝てるとは思わない方がいいですよ』
説得力が無い……。悲しいくらい強がりだって分かる。
白忍者は立ち上がるが、レーザーをもろに食らって胸部の外装が幾らか焼け爛れてる。動きも少しぎこちなくなってきてるし、正直負ける気がしない。
気が付けばダオスロードのシステム補助の表示が97%に減っていた、僅か3%減っただけだが常に100%維持だったダイにしては目覚ましい成長と言えるだろう。流れは確かにある。
『……っ』
白忍者が再び手投げ弾を取り出した。多分発煙弾だろうが、ダイは既に別の手を打っていた。
気付いてないかもだけどな、波動砲を撃ってからまだ砲腕は元に戻してないんだぜ。さっき腕を掴んだのは左手ってだけで。
「波動砲!」
わざわざ叫ぶ必要はないんだが、しかし今度はその波動砲を白忍者と自分の間の地面に向けて撃った。
着弾するとグランドの地面は大きく抉れ、その衝撃波は白忍者へ当たり怯ませる事に成功した。
そこを狙ってダイは左肩のショルダータックルを決める。タックルは呆気ない程まともに入り、如何にも軽そうな白忍者はその一撃に吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。
『ぐぎゃっ!』
聞き間違えか、踏み潰されたカエルのような悲鳴が聞こえたがしかし今この隙を逃す訳にはいかない。
ダイは直ぐに倒れた白忍者に駆け寄り波動砲の砲口を向けた。
「歩兵機から降りてください。さもないと―――」
さもないと、……どうしたらいいんだ?
撃ち殺すか? ダイに人の命を奪えるか? ……無理だろう。
頭か脚を撃てば大丈夫だろうが、胴体と違って的が小さい。システム補助はあるがダイの腕で当てられるか? ……微妙だな。
動力源のある腹とかなら当てられる自身もあるが、それだと中のポンコツさんも被害が及ぶかもしれない。波動砲の威力を考えると……多分ダメだな。
ヤバい、手詰まりだ。どうするこれ?
『無駄よ、彼女は気を失ってしまったから』
「いっ!?」
いっ!?
ダイの背後からした透き通るような声、スピーカー越しだが一瞬で分かった、あの超絶美人さんだぁ!?
振り返るとそこにはポンコツさんと同じ白忍者の歩兵機が立っていた。ただ少し違うけど。
この超絶美人の白忍者は両肩の上に飛行機の垂直尾翼っぽいものを2枚ずつ付けていた、それがどういう機能があるかは不明だけど。更に左太腿の外側には銀の十字架のロザリオをあしらったエンブレムがプリントされていた。中々イカしてるぜ。
そして最も目を引くのが、ポニーテールだった。
その白忍者は後頭部からポニーテールが生えていた。飾りか或いは何らかの機能があるのかはこれまた不明だけど、美人さんのプラチナブロンドに似た銀のポニーテールは異様なほどに目立っていた。
『大したものよ。メアリー……彼女は歩兵機の実戦経験はまだなかったのだけれど、それでも素人に遅れを取るような子ではなかったと言うのに。あなたは一体何者なのかしら?』
一介の高校生です。いやマジで。
勝てたのはシステム補助のお陰だから、ぶっちゃけダイには何の素質も能力も無いからな。
『一緒に来てもらうわ、色々と聞かせて欲しい事もあるのだから』
語尾のところで美人さんの声が低くなり、それがダイを恐怖に駆り立てて波動砲を向けさせた。ポンコツさんを人質にって作戦も考えつか無いまま。
弾は1発分回復して残弾2発、また地面を撃って怯ませてからの戦法でいくか。
そう考えた瞬間だった。ポニーテールの白忍者が4、5体に分身した。かと思えばダオスロードは宙に舞っていた。
「……え?」
仰向きで地上4m程を宙に舞うダオスロード、その直ぐ真横にポニーテールの白忍者が立っていて
―――ズガンッ!!
気付いた時にはコックピットに向けて手刀を叩き込まれた。そりゃあもうスゲー威力だったさ、中にいたダイが衝撃で吐くくらいのものだぜ。
「―――っ!?」
声にならないうめき声をあげて、ダイの意識はそのまま呆気なく落ちた。戦闘終了だ。
まさに別次元の強さだった。ポンコツさんとは比べようもない、雲の上と泥の底の差だ。これが歩兵機パイロットの本当の実力なんだろう、今のダイでは―――いや例えダイが腕を磨いたとしても逆立ちしたって彼女には全く勝てる気がしない。
そう言う次元の強さだったんだ。
つくづく思うぜ、どうしてダイの周りってこう出来る女がいっぱいいるんだろう(ポンコツさんは除く)。
歩兵機なんて、乗るんじゃ無かったな。
どれくらい気を失っていたか分からない。
もしかしたら1日以上も気を失っていたのかもしれない。
目を覚ました時、ダイはまだ歩兵機の中にいた。引きずり下ろされていたものとばかり思っていただけに、少々拍子抜けな気分だ。
着衣は制服のまま、夏服のカッターシャツにはダイの吐瀉物が滲んでいて汚くなっているがカピカピに乾燥してる事から相当な時間が経ったと思われる。
時計とかそういう機能は歩兵機の中に見当たらず、腕時計もスマホも無いダイには今がいつの何時なのかも判断がつかなかった。
それどころか昼か夜かすらも分からなかった、何せここは―――どうやらトンネルの中、みたいだからだ。
歩兵機がギリギリ立って通れるくらいの高さと広さがある、四角い空洞のトンネルで少し傾斜が付いていた。
中はライトが一定区間で点灯していて全体を良く見渡せた。どうやらトンネルは一直線ではなく緩いカーブを描いて進んでいる、もしかしたら螺旋状になっているのかもしれない。
壁はコンクリートだが表面がサラッとしていてとても真新しい感じだ、作られてそう間も無いのだろう。
「……どこだ、ここ?」
取り敢えずダオスロードを立ち上がらせてダイは上の方へ歩いてみる。
すると直ぐに大きな壁が見えた。トンネルの通路完全に塞ぐ壁は頑丈そうな鉄板で出来ていて、表面にはデカデカとB3って書かれていた。
壁の手前で止まると右側の壁に足元の位置で人用のスイッチと肩の位置で歩兵機用のスイッチが2つずつあった。
スイッチには分かり易くopenとcloseって書かれていた、頭の悪いダイでもそれくらいは理解出来るから有り難い。
そして早速openのスイッチを押す。すると壁は下に沈んでいって通路が開いた。やはりこの壁は隔壁だったのだろう、何らかの理由であちら側とこちら側を隔離していたようだ。
隔壁が下がりきるとその先は広い空間が広がっていた。東京ドームくらいの広さに高さも5、6階建てのビルに相当するくらいある。
しかしその広い空間はあまりにも空虚で、パッと見た限りでは歩兵機1機以外には何も見当たら無かった。
歩兵機1機、以外は。
「なっ、あ……」
ダイはあまりにビックリし過ぎて声もあがらなかった。何故ならそこにポツンといた歩兵機は―――怪獣型だったからだ。
怪獣……いや、何で?
ここだけの話、じゃないけどレーザーCIWSって実はリアルに実用化されつつあるんだ。特殊なガスとかは使わず供給電力さえあれば実質無限に撃てるし実弾より射程も長いから効率は良いんだ。既に航空機での試験運用も実施されてるから歩兵機ならまず間違いなく搭載されるな。