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第38話『ギルド崩壊』

 そして、町に戻った瞬間だった。


 「おい、見ろよ……。あれ……」

 「またあの三人組じゃねぇか。おいおい、マジかよ」

 「えっ、もう帰ってきたの!?嘘だろ!?」

 「いや、早すぎるだろ!目的地はあの『赤酔いの谷』だぞ!?」

 「しかも見ろよ、誰も燃えてねぇぞ!」

 「そこが基準なの!?」


 周囲の度肝を抜くような声に、ゆうこが思わず顔をしかめてツッコんだ。町に戻った安堵感も束の間、ギルド前の通りでは、すでに針のむしろのような視線が集まり始めている。


 昨日のドレッドボア騒動のせいで、この三人はすでにこの界隈でそこそこ目立つ存在になっていたが、今回はさらに事情が違った。


 何せ、あの悪名高い“赤酔いの谷から日帰りで戻ってきた”のである。町民や冒険者たちがざわつかないわけがなかった。


 「え、マジで行ってきたのかよ。冷やかしじゃなかったのか?」

 「……何を採ってきたんだ?手ぶらに見えるが」

 「つーか、あの谷に行って無事なのがおかしいだろ」

 「いや待て、無事ではない顔色のやつが一人混じってるぞ」

 「私ね!!察しがいいわね!!」


 顔面蒼白で足取りのおぼつかないゆうこが、即座に食い気味に反応する。その隣で、サクが愉快そうにけらけらと笑い声を上げた。


 「大丈夫だってゆうこ、今日はまだ一回も吐いてないじゃない!大進歩だよ!」

 「基準が終わってるのよ!!こっちは三半規管が死にかけてるの!」

 そんな二人を見ながら、クルスはやれやれと肩をすくめて苦笑する。

 「もう先生、完全にこの町の“なんかすごい変な人”枠に入ってますよ。あきらめてください」

 「嫌すぎる。その枠、返上したいわ……」


 三人はそのまま、ギルドの重厚な扉を押し開けた。

 ギィ、と古びた木の軋む音が、静まり返った館内に妙に響く。

 

 次の瞬間――。

 ざわっ、と。

 ギルド内の空気が、露骨に、そして重苦しく揺れた。


 酒気と汗、そして古い木材の匂いが混ざり合う広間。そこにたむろしていた荒くれ者たちが、示し合わせたかのように一斉に三人を凝視した。


 受付カウンターの向こうで書類を整理していた女性職員までもが、ペンを握ったままぴたりと動きを止めている。


 「……なんか今日、一段と静かね。歓迎されてないのかしら」

 「嫌な静けさですね……。嵐の前の静けさというか……」

 「アハハ、嵐の前っぽいわねぇ!面白くなってきたじゃない!」

 サクが楽しそうに言うな、とゆうこは心の中で毒づく。

 その静寂を最初に破ったのは、案の定、昨日も絡んできた筋肉質の中堅冒険者だった。

 「おいおいおい……マジかよ、あんた、本気か?」

 男は信じられないものを見るように目を細め、三人の姿を交互に見比べる。


 「赤酔いの谷へ調査に行ったってギルドじゃ噂になってたが……。本当に、五体満足で戻ってきやがったのか」

 「ええ、まあ。運が良かっただけですよ」

 ゆうこが投げやりに応じると、男の鋭い視線が、自然と三人の手元や荷物へと落ちた。


 だが、そこにあるのは――虚無。

 三人は何も持っていない。大荷物はおろか、採取用の背負い袋さえ膨らんでいない。谷の帰りにしては、あまりにも身軽すぎる。その様子に、男が不敵な笑みを浮かべて眉をひそめた。


 「……で?成果は?まさか、あまりの熱さに尻尾を巻いて、何も採れずに逃げ帰ってきたってオチじゃねぇだろうな?」


 その言葉を皮切りに、周囲の冒険者たちからクスクスとあざ笑う。

 「ハハッ、そりゃそうか!あそこはベテランでも手ぶらで帰るのが普通だもんな!」


 クルスがむっと眉を寄せ、反論しようと口を開きかける。

 だがその前に、ゆうこが無表情のまま一歩前へ出た。

 「受付。素材の査定、お願いしてもいい?」

 「え……?」

 受付嬢が目を瞬かせ、困惑したように声を漏らす。

 「え、あの……失礼ですが、お持ちの素材はどちらに……?」

 ゆうこは無言のまま、白衣の右ポケットに無造作に手を突っ込んだ。

 その場にいた全員の視線が、彼女の小さなポケットに集中する。


 「……ポケット?」

 「あんなところに素材を?」

 周囲がざわつく中、彼女は何かを掴み、取り出した。


 ドン。


 カウンターの上に置かれたのは、一本の大きな保存瓶だった。


 中には――。

 赤く、ぷるぷるとした、不気味なほど鮮やかな「生きた何か」がいる。


 「「「…………」」」

 

 そして。

 「うわぁぁぁぁぁっ!?」


 受付嬢が悲鳴を上げ、椅子ごとひっくり返る勢いで飛び退いた。


 「生きてる!?生きてますよね、それ!?何なんですかこれ!!」

 「見ての通り、生きてるわね。元気そうで何よりだわ」

 「なんでそんなに平然としてるんですか!?狂気ですよ!!」

 瓶の中で、赤酔いスライムがぷるんと揺れる。

 

 「赤酔いスライムだ!!間違いない!!」

 「待て、瓶詰めで……生け捕りにして持ち帰ってきたのか!?あの獰猛なスライムをか!?」

 「正気かよ!あんなの瓶に入れたら普通、暴れて脱走するだろ!」

 「正気ならあんなポケットに入れて運ばねぇよ!!」

 「それはそう!!」


 周囲のツッコミが完璧なハーモニーを奏でる中、サクだけは得意げに胸を張った。

 「ちなみにね、これただのスライムじゃないのよ。発酵核持ちの“当たり”個体だから」

 「は?」

 「え……?」

 「……今、何て言った?」

 空気が、一段階どころか、数段階跳ね上がった。


 もうそこに見下して笑う者はいない。

 明確な、『価値のある希少素材が出た時の、本気の欲望と困惑』が混じった反応だった。


 カウンターの奥から、事態を察知した別の職員が慌てて顔を出す。さらにその奥の扉が荒々しく開け放たれ、顔中に傷跡のある、髭面の査定担当らしき男が飛び出してきた。


 「どけどけ!何を、何を持ち込まれたってんだ!?」

 「赤酔いスライムです、生体です!」

 「はぁ!?生体持ち込みだと!?そんな馬鹿なことが――」

 「しかも、発酵核を持っている可能性が極めて高いです!!」


 「何ぃっ!?」

 数秒後、ギルドの一角には、戦場のような速さで急ごしらえの査定台が組まれていた。


 「展開が早すぎるのよ。さっきまでの静けさはどこに行ったのよ」

 

 査定担当の男は、分厚い革手袋を慎重にはめ、舐めるように瓶を覗き込んだ。


 「……ふむ。確かに赤酔いスライムだな。だが、おかしい。これほどのサイズでありながら、粘度が異常に高い。泡の出方も、通常の個体とは比較にならんほど規則的だ」


 男は真剣な眼差しで瓶を回し、中の様子を一滴たりとも見逃さないという気迫で確認していく。対するスライムは、瓶の中でぷるぷると揺れながらも、なぜか牙を剥くこともなく妙に落ち着いていた。


 「解せん。普通、こいつらは瓶に入れられた瞬間に暴れ狂って自壊するか、酸を吐き散らすはずなんだが……。この個体、妙に従順だな。手なずけたのか?」

 「……いえ、ただ圧縮してまとめたからじゃないかしら」

 ゆうこが当然のことのように、何気なく告げる。

 査定担当の男の動きが、彫像のように止まった。


 「……今、何と言った?」

 「だから、圧縮してまとめた、って言ったの。物理的に」

 「……お前がか?」


 「ええ、他に誰がいるのよ」

 「赤酔いの谷に群生する、あの狂暴なスライムの群れをか?」


 「ええ。まとめるのが一番効率的だったから」

 「それを、一体の個体にまで?」

 「ええ。それが何か?」

 男はしばらくの間、深い沈黙に沈んだ。


 そして、絞り出すように言った。

 「……何をしてるんだ、お前は」

 「私も、今の自分に対してはそう思うわよ」

 ギルドの空気が、さらに一段とざわつく。


 クルスが耳元で小声で囁く。

 「先生、おめでとうございます。たぶん今、先生の『ヤバい人ランキング』が1位に躍り出ましたよ」


 「上がらなくていいのよ、そんな不名誉な評価は」

 サクは横でにやにやしながら、周囲の驚愕を楽しんでいる。

 「もっと言ってあげて!ゆうこの非常識っぷりを世に知らしめるのよ!」

 「お前は少し黙っていなさい」


 査定担当は、崩れそうになる自尊心を引き止めるように大きく咳払いをして、ゆうこを見据える。

 「……まだ、他にもあるのか?これ以上の出し惜しみは心臓に悪い」

 その問いに対し、ゆうこは少しだけ間を置いた。

 そして、ゆっくりと、再びポケットに手を入れる。


 その瞬間――。

 周囲のベテラン冒険者たちが、反射的に腰の剣に手をかけたり、身を低くしたりして一斉に身構えた。


 「なんでそんな殺気立つのよ。私は爆弾を取り出すわけじゃないわよ」

 ゆうこが次の物を取り出す。


 ことん。

 カウンターの上に置かれたのは、先ほどの瓶よりさらに小さな小瓶。

 その中で、琥珀色の液体がゆらりと、重厚な輝きを放ちながら揺れた。


 その名は――《琥珀ぽしゃけ・極》。

 ――次の瞬間。


 静寂が、一拍で崩壊した。

 「……おい。それ、嘘だろ」


 誰かが枯れた声で呟いた。

 「……寄越せ。いくらでも出す、それを俺に寄越せ!」

 「待て、俺が先に見たんだ!」

 「いやいやいや、今の流れからして俺が買い取るのが筋だろ!?」

 「査定中だろうが!全員座れえええ!!」

 ギルド内の空気が、瞬時に狂乱へと変わった。


 椅子が激しく引きずられる音が響き、屈強な冒険者たちが理性をかなぐり捨ててカウンターへと詰め寄ってくる。


 「おい見ろ……あの色……信じられるか?」

 「ああ、なんて透明度だ……。不純物が一切ない……」

 「香りだ、香りをちょっと嗅がせろ……。いや待て、近づけるな!理性が飛ぶ、危険だ!!」


 もはや査定どころではない。暴動寸前の熱気に、査定担当が額を押さえて絶叫する。

 「だから査定中だと言っているだろうが!離れろ、ハイエナどもめ!」

 しかし、彼の声は興奮した男たちの怒号にかき消されていく。


 「一口でいい!たった一口でいいんだ!」

 「金なら出す!銀貨三枚、いや、五枚だ!!」

 「ふざけんな、俺は十枚出すぞ!!」


 「いや落ち着きなさいよ!これ、まだ売るなんて一言も言ってないから!!」

 ゆうこが必死にツッコむが、彼らの耳には届かない。


 カオスを極めるギルド。その中心で、ゆうこはため息をつきながら、もう一つの「決定打」をポケットから取り出した。


 きらり、と。

 それは神々しい輝きを放つ。小さな、しかし圧倒的な存在感を持つ、琥珀色の結晶。


 「……っ!!」

 査定担当の男が、本日一番の絶句とともに息を呑んだ。

 周囲の空気も、一瞬で凍りついたように静まり返る。熱狂が冷めたのではない。衝撃が、彼らの思考を停止させたのだ。


 「それ……まさか……」

 「たぶん、琥珀のカケラ」

 ゆうこが淡々と告げたその瞬間。


 ギルドの最奥、上級冒険者が集う区画から、誰かが椅子を派手に倒し、全速力でこちらへ駆けてくる足音が響き渡った。




挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただきありがとうございます!


ここまで読んで


「ギルド、毎回壊れてる」

「ポケットから出る物が全部やばい」

「査定担当の胃が心配」


と思ったら


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▶★★★★★評価


で応援していただけると嬉しいです!


それでは次回、


ギルド、酒ばっかだな編


でお会いしましょう!

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