【 1/5 書籍発売記念SS】サニー ―とある日の人工衛星―
本作、書籍版が1週間後の1月5日(月)に発売となります!
お礼と告知を兼ねまして、SSを2つほど公開させていただきます。
1つは本日、もう1つは年明けです。
こちらは、本編2章と3章の間くらいの出来事です。
ぽっかりと、ブラックホールのように予定が空いてしまう時がある。
サニーにとって、それはまさに今となりそうだった。
「すまない、サニー」
アルバートは慌ただしく荷物をまとめていく。
まだ昼下がりだというのに、今日の研究は終わりとなるようだ。
山小屋の入り口には、若様に急用を告げに来た義弟セシルと、愛犬ロビンがいる。さらに後ろで行商人も汗を拭っていた。
「お、お願いできますか? 急患なんです」
若様は顔を引き締める。
「無論だ。領地の錬金術師として、医業も当然私の範疇になる。それで患者は?」
「な、仲間の行商人です。どうも昨日、宴席で悪いものを食べたようで……」
嘆息するアルバート。
「……宿で気が緩み、用心を欠くのはよくあることだがな。まずは本人を診よう」
観測の記録をまとめながら、サニーは問いかけた。
「――サニーは、どうしましょう? お手伝いできますか?」
「いや……昨日も遅かったし、本日は休んでいい」
それに、と言い足すアルバート。
「君がきて数か月だが、論文は注目を集めている。この時期の宿屋には行商人も多い。目立つ君が向かえば、情報を探ろうと余計な心を抱く者もいるだろう」
声を潜めて言われれば、納得するしかない。
「後は頼む」
若様はサニーを置いて、山小屋の実験室を出てしまう。
そうなると、いよいよすることがない。部屋を片付け、外から戸締まりをして――それでおしまいだ。
珍しく、完全な暇になってしまう。
(……なにをいたしましょう?)
初夏の坂を下りながら、頬に指を当てて考える。サニーは、この『暇』がとても苦手だった。
前もって予定があれば、色々と思い付く。でも急に時間が空くと、何もない宙域に放り出されたような気持ちになるのだ。
人工衛星時代では、タイマーが搭載され、絶えず時間を計っていた。子爵領にはそうした設備はなく、せいぜい教会の鐘くらい。
(……お暇、です)
お屋敷での洗濯もないし、リタも今日は非番のはずだ。一応は若様の助手扱いなので、私室に帰るとメイドたちの仕事を増やしてしまう。
医業を手伝おうにも、そもそも来るのを止められているときた。
せめて若様を待とうと、小高い丘に上がる。アルバートたちが帰ってくれば、ここから見えるだろうから。
なだらかな土地で、農夫も家畜も、のんびりと仕事をこなしている。急ぎ足なのは、峠を目指す行商人くらい。
木陰に腰を下ろして彼らの動きを見つめる。子爵領ではすべてがゆったりだ。
ふと、不思議な既視感が湧く。
いつに似ているのかと思い返せば、それは今や遥か遠くとなった記憶だった。
(色々な人が働くの、ただ見てるのって――宇宙を飛んでいた時に、少し似ていますね)
子爵領の人々と、それを眺めている自分。
やはり、少し寝不足気味らしい。ウトウトし始め、やがて意識は『あの時』へ飛んだ。
◆
いつから『そう』だったのかは、分からない。
ただ人工衛星サニー1には、ある時期から微かな意思が宿っていた。『大事にされたモノには魂が宿る』という言い伝えが、開発国にはあったらしい。それが真実であったか、もはや確かめる術はないのだけれど。
光学センサーで地表を見つめ、可視赤外放射計で雲を探す。与えられたミッションを果たしながらも、生まれた意思は好奇心を育てていた。
――これはなんだろう?
疑問は、地上との電波通信で解消される。観測結果のデータ伝送に、Wikipediaなどデータベースへのアクセスを混ぜる形で。
意思がないはずのものに、宿った意思。
0でないと成立しない方程式に、1が代入されたようなものだ。
解消された疑問は、次なるノイズを――好奇心を生み、どんどん意識が育ってゆく。
この時から、サニー1が異世界にゆくことは決まっていたのかもしれない。
元の世界の理から外れた以上、元の世界にはいられないから。
サニーの意思と転生は、別々なことのようで、一つの繋がった出来事なのではないか――。
◆
「サニー?」
呼びかけられ、サニーは目を開けた。
すぐ側に若様の整った顔があって、ドキリとする。
「わんっ」
と、犬のロビンが大きな体をすりよせてきた。サニーは目を白黒させながら、なんとか立つ。
アルバートの後ろから、セシルがひょっこりと顔を出した。
「――?」
「わ、若様……それにセシル様……ええと、おはようございます?」
「木陰に君がいるのを、ロビンとセシルが見かけてな……寝ていたようだが、迷惑だったかな」
サニーは緩く首を振った。
まだ明るいが、陽は少し傾いている。お屋敷に戻るにはいい頃合いだろう。
「いえ、なんでもありません。若様」
木陰を出て光を浴びると、金髪がきらめいた。太陽光パネルはないけれど、この世界での日光は魔力を回復させてくれる。
『太陽光発電』。
でも、太陽は魔力だけではなくて、心にも元気をくれると思うのだ。
「急患の方は、大丈夫でしたか?」
みんなとお屋敷へ帰りながら、サニーは問いかける。
「ああ。単なる胃痛で、調薬で軽快した」
「よかったです」
やはりサニーの出る幕はなかったらしい。
アルバートは、領地でさまざまな役割を負っている。
「――若様は、すごいですね」
「そうかね」
「サニーは、一つの役割だけでしたから」
「……よくわからぬが」
エメラルドの瞳が、サニーを見やる。
「できることは、一つだけではない。学び、知り、増やせばいい」
サニーは青い目をきらめかせる。
(――そうか)
今は、人工衛星として空から見ているだけではない。
人の中に入って、自分の手足を使って、知ることができるのだ。
「そろそろ収穫かと思います。そちらのお仕事でも、お役に立ちたいです。知りたいです、若様」
アルバートは優しく頷いた。
「君の『身体強化』なら、打ってつけだろう」
サニーは、アルバートたちと農道を歩いていく。
遠くから見るだけだった、人間の世界を――知らない世界を知るために。
「しかし私のことを言うが、君も働きたがるな」
「素敵なことですから」
「……農作業がかね?」
「研究も、お洗濯も、農作業も、全部です」
奇跡が起こってサニーはここにいる。
(そう――)
素敵なことなのだ、とサニーは思った。
お読みいただきありがとうございます!
1月5日(月)書籍版発売です!
各種販売サイトで予約等もできますので、年初の読書にいかがでしょうか。




