4-11:空に舞い上がる
大皿ほどもある巨大なレンズが、きらりと夏の朝日にきらめいた。レンズは、クライン子爵領の高台――峠守の像があるあの高台から、村を見下ろしている。
馬で坂を上ったサニーとアルバートは、急いでレンズが覗く小屋に入った。気象レーダーのため急造された小屋は、前世の『灯台』に似ている。
南向きに大きなガラスをはめ、その内側に巨大レンズと魔導銀の詰まったガラス瓶があった。これで光ったらまさに灯台だが、実際には違う。
直径40センチのレンズは、ほんの少し赤みを帯びている。それは半メートルほど離れたガラス瓶に、外からの光と魔力を収束。瓶には魔導銀が詰まっており、受けた魔力に応じて様々な波形を生む仕掛けだ。
飾り気のない木組み台座に乗っているが、全コンポーネントの重量は150キロを超える。れっきとした観測器具だ。
こうしている間にも、瓶内の液体金属には、虹を引き延ばしたような複雑な波形が生まれていた。
「アルバート様……これ、嵐の波形では」
「確認しよう」
正式名称、魔力探知器。役割は『気象レーダー』だ。
嵐が発生する時、空中に特殊な魔力が放出される。海の彼方から子爵領まで届くそれらを、巨大なレンズでとらえ、魔導銀に収束。
様々な属性の魔力がくっついて飛来するため、魔力で色を変える魔導銀に色とりどりの波形が刻まれる原理だ。
若様は膝をつき、複雑な波形を読む。折り重なる色の厚みや、波形の大きさから嵐の距離や強さを推定していった。
「――間違いない。外洋、南西に嵐だ」
整った顔に、緊張が走る。
最近では協力者を募り、夜通しレーダーを監視させている。そして今日の早朝知らせが入り、サニー達は跳ね起きたというわけだった。
小屋の入り口が慌ただしく開く。
峠守の杖を持ったセシルが入ってきた。
「ボクも、嵐を感じられた……と思う」
少年はほっとしたようだった。気象レーダーがうまくいかなければ、セシルの肩には嵐探知の重責が乗ったまま。
レーダーは、人の身から観測の重責を下ろすためのものでもある。
「あとは、サニー達のお仕事ですね」
「うむ」
少し背が伸びたセシルが、寂しげに錫杖を見つめる。
「天気予報に使わなくなったら、これ、ただの杖になっちゃうね」
「ふふ、大事にしてあげましょう?」
サニーは青い目を細める。
本当なら功績も歴史も、博物館クラスの遺物だから。
(今までお疲れさまでした――)
この世界での、予報器具の大先輩。その真の力は歴史に知られることはない――その意味では、サニーの存在にも似ている。
外に出て、アルバートとまだ白み始めたばかりの空を見つめた。
今の子爵領は夏の盛り。年が明けてから、作業に明け暮れ、もう半年以上だ。
若様は2月頃にレーダーの試作を終え、翌月には読み通り『暴風警報』の検討依頼が海沿いの街からやってきた。
事業家ベアトリスと組んでいたことが、ここで幸いする。すでにあった『晴雨計』の工房から、人と資材を借り受け、まず3台の生産を開始。海沿いの3つの街に、気象レーダーが設置されたのは、今年の5月のことだ。
以来、伝書鳩や早馬を通じて観測データをやりとりしている。そして8月となった今――『次に嵐が来たら、暴風警報を出す』と結んだのである。
「サニー……じきに、港街からもレーダーや気圧の観測が届く」
『伝令組合』の鳩だ。
「はい」
「彼らの観測、そして子爵領のレーダーの観測をみて、私が『警報』を出すか決める。初めての、複数都市にまたがる、暴風警報になるだろう」
「――はい」
影響は、膨大。
クライン子爵領の数百人で済んでいたのが、きっと海沿いの都市数万人にもなる。警報を受け取った領主が周辺の村や街に伝えれば、もっとだ。
(だから――)
サニーは、ある決意をしていた。
エメラルドの目は、告げている。
やるんだな、と。
胸に手を当てた。
「アルバート様、サニーをお使いください。わたしと、アルバート様で作った予報のためだから――危険でも、そうしたいんです」
若様とサニーは、セシルに見送られて小屋を出ると、高台の下につないであった馬に戻った。
峠守の像が、先を急ぐサニー達を見守っている。
◆
サニーとアルバートは、実験室で準備を整えた。
機材の用意を待つ間に、海沿いの観測拠点から伝書鳩による速報が届き始める。海沿いの街は3か所あり、最も近いところは距離にして100キロほど。日の出と共に鳥を放てば、日が昇りきる前に子爵領へ着く。
「『南西方向に嵐の発生を感知』、か」
「気圧計――あ、目盛が3ミリも下がっているようです」
嵐ができると、そこが低気圧の中心となる。同心円状に等圧線が形成されるわけで、その一部が沿岸にかかり始めているということだ。
アルバートは、伝書鳩が持ってくる細長い紙片を眺め、唸る。
「沿岸は警報を支持しているな」
緊張しながら、サニーは顎を引いた。
「――確かめてみましょう。最初の1回は、今後の警報を信じてもらうために大事ですから」
そのためにサニー達は少し『ズル』をする。
実験室を後にする前、厚着をした。これからとても寒い所へいく。
青いワンピースの上に冬物のローブを着込み、羊毛の帽子を被った。アルバートも似たような防寒着となる。
馬で領地裏手の高台に向かうと、男女がすでに待っていた。
一人は、蜂蜜色の縦ロールを揺らすベアトリス。彼女は魔科アンサンブル予報の実証試験、そして気球を見に子爵領を訪れていたのだ。
他には、巨体の素材屋。彼が領地にいたのは商いの都合だが、やはり早朝にあった魔力探知器――『気象レーダー』に感ありの報告をどこからか知り、飛んできたという。
下馬すると、ベアトリスが近づいてきた。
「……いよいよですわね」
口調も顔も固い事業家に、サニー達は顎を引く。
無風だが、地平線付近に分厚い雲が出て、薄暗い。空気も妙に重く感じる。
「危険はありますけれど、本当にやりますのね?」
視線の先に、中型の気球が縄や重りで係留されていた。
遠目には、3階建てくらいの巨大な物体だ。周りでは領地に派遣された気球技師らが、整備を入念に行っている。
若様は頷いた。
「残念だが、必要な行程だ」
高空気球観測――歴史上でも行われた、気象研究だ。
気球については、課題はサニーが読んだとおり『浮遊用ガス』だった。アルバートは技師らを指揮して設計も改修、試験飛行を重ね、初夏にようやく1000メートル近く上昇できるようになる。
クライン子爵領に見物人が押し寄せ、以降、飛翔試験は早朝のみとされた。
発明者の錬金術師は感激し、進呈する旨を伝えているが、アルバートらは近々返すつもりでいる。必要な観測は終わりつつあるし、さすがに気球の開発まではやりきれない。
「アルバート、あなたのことだから考えはあるのでしょうけれど――」
ベアトリスは、手のひらの先でサニーを示す。
「本当に、お天気令嬢も空に上がりますの?」
「はいっ」
事業家は額に手を当てた。
「……もしお二人になにかあったら、領地は大変でしょうに。気が気じゃありませんわ」
同じことは、家を出る前の子爵家でもさんざんに言われた。
「――ごめんなさい。でも危険といったら、何にだってあります。旅だって、実験だって」
目的のため旅する2人には、それで伝わったようだ。
ベアトリスは目を細める。
「……お天気令嬢、あなた、やっぱり何か隠してる力があるでしょ」
思わず緊張するサニーだが、事業家は肩をすくめた。
「覚悟はわかりましたわ。あなた方の研究が、幸運に恵まれますように」
素材屋も、力強い笑みで親指を立てる。
「ご無事で」
探求は、いつだって冒険だ。
気球に近寄ると、大型カゴ――ゴンドラを整備していた技師らが近寄ってくる。カゴは籐に似た植物で編まれた頑丈なもので、大きさは2メートル四方。詰めれば3人で乗れるが、観測機材もあるため、だいたい2人で乗る。
今回の搭乗者は、サニーとアルバートだけだ。
「準備はよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む。錬金術師2名が要る特別な実験ゆえ、通常の機材は降ろしていい」
「心得ています」
2人がゴンドラに乗ると、周りから重りや係留用の綱が外されていった。一つの工程ごとに、浮力と重力のバランスが変わっていくのを感じる。
サニーは、ふと懐かしさを覚えた。
(これ――)
頭上は晴れているが、地平線や山沿いに重たい雲が出始めていた。おかげで、少し薄暗い。
空へ上がる前に、甦る記憶。
10カウント。
「離陸する」
打ち上げ。
ほとんど無風の朝、気球はゆっくりと上昇する。
頭を記憶が過ぎった。人工衛星サニー1、初めはこうして宙に上がったのではあるまいか。
地上の光景がみるみる遠ざかる。素材屋とベアトリスが木々で見えなくなり、子爵領を一望する。峠守の像が見えて、その近くにセシルもいた。
お屋敷から、子爵様も眺めているかもしれない。
早朝に観測を行い、気球置き場を領地の裏側としているのは、このように地上から目立つからでもある。
「若様、そろそろ天気予報を始めます」
目を閉じるサニーに、アルバートはガスや重りを調整しながら頷いた。
「もう止めぬ。が、無理だと判断したらすぐに気球を降ろすぞ」
こくりと頷く。
現在、地上からの高度は100メートルほどだ。子爵領の標高と合わせると、今は標高700メートル。
頭に知識が過ぎる。
――標高750メートル。
――日本初の気象レーダー、大阪管区気象台。
人工衛星は、気象観測の歴史の一部だ。
頭に浮かぶ天気図は、いつもよりほんの少しだけ広い。
(やっぱり)
去年の冬以来、ずっと自分の力を考えていた。
サニーの天気図は、地上から魔力を放散し周辺を探っている。
ただし、範囲は300キロ前後と、同じく『気象レーダー』であるセシルよりも大分短い。
きっと、これはレーダー種類の違いだ。遠くからの魔力を『受信』するセシルと、地上から観測波をまっすぐ『発信』して探知するサニーでは、見える範囲が違う。
(サニーの探知は、惑星の丸みで遮られている――)
惑星の丸みを避けるためには、『村の高台』レベルの高度ではダメ。
なら、もっと高度を上げたら?
「――!」
頭の内側が痛い。
アルバートが振り返るのに、サニーはなんとか微笑んだ。
「まだ、大丈夫」
体がうっすらと光る。『身体強化』が働き、体の熱を無理やり抑え込んだ。
「高度を上げると、やっぱり観測範囲は少しだけ広がるみたいです」
「理論どおりか……」
これくらいの高度までなら、試験飛行で試したことはある。
若様は、J型のガラス管――気圧計を見やる。
「君は、ここ以上の高度は初めてだ。くれぐれも、無茶はするなよ。魔力異常が起きかねない」
ガス気球は、たった1分で150メートルも上昇する。おそらくそろそろ海抜高度は1000メートルを超え始めるだろう。
アルバートが立ち上がって曳索を操作、気球からガスを放出させた。肉体の高度順応のため、上昇速度を緩めるのだ。
遠くで嵐ができている状況は貴重なので、アルバートは気圧以外の数値も記録していく。
全神経を『天気図』に集中すること、5分。
(また、広がってる……!)
肌が粟立つ。
――観測範囲450キロメートル。
――現在日本で最も高い位置にある長野県車山レーダーの観測範囲。
ゴンドラの淵に手を置いて、見下ろす子爵領。いつもの実験室が親指サイズ。
なんだかとても懐かしい。きらめいている小川は、初めてやってきたサニーが着水したもの。
あそこで、アルバートと出会う。
(いろんなこと、ありましたね……)
百葉箱を作ったこと。嵐の中を駆けたこと。特許もとったし、レーダーも作った。
セシルや、リタ、ハロルド子爵にノーラ夫人、ベアトリスや素材屋。
大切な過去が、今を思い出させる。
(ああ、そうか)
サニーは、恩返しがしたいのだ。
観測範囲を気球で広げれば、やがて海まで見える。目的は、警報の精度を上げるため。
そもそも発生した嵐は来るのか、来ないのか。そのエリアは、警報を出す範囲と一致しているか。逸れる可能性はないか。
サニーとしては、そうした検証をしてから、初回の暴風警報を出したい。
なぜなら、人は警報を信じない。
まだ雨が降っていないのに、『警報だ!』と言われても、肌感覚が伴わなければ油断してしまう。この世界に来た初日、サニーが『雨です』といっても多くの農夫は真に受けなかったが、あれが嵐で起こるだろう。
前例のない、広域への暴風警報。
初回を当てるか外すかで、今後の警報が信じられるか、変わる。
カンニングのようでちょっとズルいが――発令する前に、警報が合っているか人工衛星サニー1が確認する。危険は免れないため、最初で最後となる、お手本だ。
(あ……)
高度が上がり、天気図がさらに広がる。アルバートの声が遠い。
子爵領を中心とした、広く海の先まで捉えるエリア。嵐のものと思われる降雨帯、アウターレインバンドを観測。
――観測範囲800キロメートル。
――かつて存在した富士山レーダーの観測範囲(1999年運用終了)
体が熱いのは、華奢なエナメル線に高圧電流を流すようなものだから。
意識が遠ざかるくせに、天気図は鮮明だ。
「アルバート様」
いつの間にか、サニーは若様に支えられていた。
収穫祭のことを思い出す。若様との間で愛を知り、天気予報も劇的に進んだ。
この人と一緒にいたい。お役に立ちたいのは、愛しているから。
「サニー……」
覗き込むアルバートは苦渋に満ちた顔をしていた。
「『身体強化』で抑え込んでいるが、これ以上は――!」
「いいえ、若様。これで、最後です。もう無理はしませんから」
けじめのようなものだ。
高空は風も強くて、ゴンドラも揺れる。
気球の上昇も止まり、これ以上、探知距離が伸びる余地はない。嵐の外周は観測できたため、すでに目的は果たしたが。
若様の声がおぼろげに聞こえた。
「雲が――晴れていく……?」
朝が来た、と感じた。
全身に光が当たる。存在しない太陽光パネルの代わりに、手足が日光を受け止めた。
太陽光発電。
天気図が――まるでヴェールが取り払われていくように、周辺部の範囲を広げていく。陸地。そして、海。
天気図が広大な大陸と、南に広がる海を捉える。半時計周りに渦巻く嵐が、周囲に雲を呼びつつ今も成長していた。
――観測範囲、半径2000キロメートル超。
かつて宇宙にあって、今は異世界に生きている――人工衛星サニー1が見た景色だ。
これでもまだ、前世の全観測範囲の半分以下だが。
(奇跡……?)
観測波が、惑星の丸みに沿うようにうまく湾曲したのかもしれない。高空の雲や、さらに上にある電離層が稀にそのような働きをする。
奇跡というより、『奇跡的な偶然』というべきか。
ミッションを見つけたサニー1に、神様がおまけしてくれた――それは、優しすぎる解釈だろうか。
「見えました」
下を見ると、子爵領はとても小さくなっている。海抜高度はおそらく2000メートル近い。
子爵領の標高が高い場所から昇ったとはいえ――改めて考えると、とんでもない技術だ。
「あ、嵐は北上、3日後に上陸します! 予報円では、暴風圏は明後日以降に陸地にかかります」
アルバートは目を閉じ、言葉の一つ一つを刻み込むようにうなずいた。力強い腕に、労いと感謝がこもる。
「感謝しよう、サニー。暴風警報に君の情報を足せば、多くの人が救われよう! ――掴まれっ」
若様は気球を操作。上にあるバルブをひねって、浮遊ガスを放出。
山からの安定した南風によって、平地にゆっくりと流されていく。
大空の冒険はわずか30分程だが、何時間も高空にいた気がした。どっと疲れて、ゴンドラの壁に背を預ける。
「……サニー。今、一瞬、不思議なものが見えた。暗い、夜空のような場所に、巨大な――箱のようなものが」
ふふ、とサニーは火照った体で笑う。
「それ、秘密ですよ? って、わっ!?」
「降りる時の方が揺れる」
「さ、先に言ってくださいっ」
やがて若様は見事な操作で、穏やかに気球を着地させる。鳥の声や、夏の木々の匂いでずいぶん安心した。
アルバートは、サニーがゴンドラから這い出すのに手を貸してくれる。
なぜか、そのまま抱きとめられた。
「……若様?」
「危ないところだった」
美しい顔が近い。囁きに、こんな時でもドキリとする。
もう離さないとでもいうように、ぎゅっと抱きしめられた。
「――高空で君の力を使うのは、これが最後だ。次はどうなるかわからん」
「わかってます。今回が、特別です」
暴風警報を成功させるため、無理をした。偶然も味方したし、もう同じことはできない。というより、したくない。
――気球は、やはり相当に冒険的だ。
若様は、ほっと頬を緩めた。
「とはいえ、ひと段落、だな。後はここで、迎えを待てばいい」
見回すと、そこは山の麓にある花畑だった。どちらともなく、2人でそっと腰を下ろす。
ガス気球は、少ししぼんだもののまだ立ち上がったままだし、いい目印だ。待っていれば誰かが馬を連れて来るだろう。
2人で分厚い防寒着や帽子を脱いで、いつもの青ワンピース、そしてシャツ姿に戻った。
「海沿いからの観測結果も、じきに揃う。すでにいくつか速報が届いていたが、沿岸の等圧線に、嵐の方向――どれも警報を支持している」
座ったまま、若様は空を見上げた。
「これがどういうことかわかるか? 君による観測結果と、私達が――魔科アンサンブル予報で出す結果が、一致すると確かめられた。今後も、確度の高い警報を出すことができる」
魔科アンサンブル予報は、嵐の発生方向という情報と、沿岸気圧の観測によって警報を出す。日本の初期の暴風警報と同じだが、やはり空振りや、嵐が予想より早く到達したり、進路を変えて別の街を襲う可能性はある。
そのため、サニーの観測範囲を広げることで、精度を検証したのだった。
結果的に、魔科アンサンブル予報の精度もまた十分だったわけだが。
空を見る若様は、昔を思い出しているのかもしれない。
「父と母に、これで顔向けができるな……」
「若様――」
ふっとサニーは微笑んだ。
「お疲れ様です」
「君こそ」
「でも、沿岸の街は大変です。嵐が来てしまいます」
幸い、クライン子爵領に来るまでには大分弱まりそうだが。それでも7日間ほどは警戒が要る。
「仕方がない。抗えないのも、天気だ」
今、サニー達にできるのは事前に知らせて、備えを促すことだけ。
「――まだ完全ではないが、一つ、大きな仕事が片付いたな」
夏の優しい風が渡っていく。金髪と銀髪が、揺れた。
「……以前、言っていたことを覚えているかね?」
サニーはちょっと頬を染めて、こくりと頷く。
魔科アンサンブル予報の機器が完成したら――。
アルバートと2人で、チラチラ周囲を確認する。まだ、誰も来ていない。座ったまま、2人は顔を近づけ、そっと遠慮がちにキスをした。
この2人、律儀に1年間待っていた。
物足りずに、もう1回。
エメラルドの目が潤んだ。
「君を愛している。私と結婚してくれるか、サニー」
魔科アンサンブル予報は、気象レーダーも警報の仕組みも軌道に乗った。
「想いを告げてから、待たせてすまない。君の身分を固めたり、研究だったり――」
「わかってますよ」
同じく青い瞳を濡らして、くすりと笑う。
想いを告げ合うのは、結婚を意識することに等しい。若様と子爵様が動いて、ここ一年でサニーの身分はしっかりと保証された。
子爵様だけでなく、アルバートの師匠も身元証明してくれることになったのだ。
「――いかんな、私は言い訳が多いな」
「じゃあ、手足で教えてください」
アルバートは、サニーを強く抱きしめる。気持ちよ伝われと言わんばかり。
胸がいっぱいになる。涙がこぼれた。
「嬉しいです! 私も愛してます、アルバート様!」
遠くで、教会の朝鐘が鳴っている。
強く抱きしめ返しながら、こんなに幸せなことなんだ、とサニーは思った。本当に、世界には知らないことばかりだ。
ほどなく、子爵領の沿岸の3都市から伝書鳩で正式な『暴風警報の要請文』が届く。
3都市の情報――嵐を感知した方角、おおまかな距離、市街の気圧――を統合すると、やはりサニーの観測とまったく同じ結果が得られた。
――魔力探知器と、沿岸の気圧による暴風警報は、実用に耐えうる。
人工衛星のお墨付き。
その確信を胸に、夫婦となる2人は警報を発する。
沿岸の街は流されそうな小型船を引き揚げ、大型船は出航を取りやめる。気象レーダーが置かれた3つの街を中心に、能う限りに警報は周知され、事前避難を成功させた村もあった。
避難、対策がすべてうまくいったわけではない。
それでも実験的な初めての『暴風警報』は、大勢の命を救った。




