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【6.5】想いに応えられるように


 エオさんに会った。

 告白された。


 たぶん、きっと、俺の自惚れじゃなければだけど。

 突然すぎて答えは出てこなくて、適当に濁すしかできなかった。

 けど、そう言ってくれたおかげで、エオさん本人だなと理解できた気がする。

 あんまりにもこれまでのエオさんの行動と同じだったから、すんなり受け入れることができた。


(まんまエオさんだったもんなあ)


 初対面の感想はまさにこれだった。

 彼女の性格や行動を現したような真っ直ぐな黒髪。きりっとした黒目の、文字通り大和撫子を形にした容姿。そんな純和風美人と評される見た目には意表を突かれたけれど、言動ですべて納得してしまった。


(俺のことをよく知ってた)


 本当はあの場で問いただしたかった。

 なんで、俺のことをそんなに知っているんだろう。

 なんで、日本のことを知っているんだろう。

 どうして、なんの目的で。


 ジュジェたちは魔女なのだから過去読みも出来なくはないだろうって言っていたけど、本当だろうか。

 一緒にいる仲間のことは信頼したい。

 だけど、本当に?

 疑念がじわじわと生まれる。

 ここに無理やり召喚されて、成り行きで役目を渡されて。俺のことを心から理解してくれる人はいない。それは仕方ないことだ。

 でも、そのせいもあって、俺は疑いを捨てきれない。

 もしかしたら、俺はていよく働かされているだけで。

 ジュジェたちは捨て駒で、生贄みたいなもので。

 利用されてあとは捨てられるだけの存在になるんじゃないかって。


(……やめよう。そうだとしても、やるって決めたんだ)


 一緒に旅に出てから、そりゃあ衝突もあった。それからちょっとずつ互いのことを知った。少なくとも他の人よりは、信じられる。

 世界が浄化されるのに不都合だと、俺たちの命が狙われることもあった。そのたびに助けてくれたのは間違いなく彼らだし、俺と同じ辛酸も舐めてきた。

 仲間たちのためにも、やれることはやろう。その気持ちに嘘はないし変わりはない。


 いけない。悪く考えすぎた。

 ひとまず、さておこう。


「はあ」


 溜息が出てしまう。

 エオさんによる俺の情報は、本当になんだったんだろう。

 もしあの時、二人だけだったなら縋りついて「日本を知ってるのか?」「なんで?」と問いただしていたかもしれない。ジュジェたちがいた手前、我慢していた。

 いや、告白されて動揺していたせいもあるんだけども。


(そりゃ、好かれると、驚くし気になるっていうか……悪い気がしないものだし)


 何より美人だ。

 ルッキズムといわれれば言い返せない。それだけ目を惹く人だったし、熱烈に俺を好きだと言ってこられたら気にならない方がむしろおかしいのでは。


(エオさん、行くってどこに行ったんだろ)


 てっきり合流したら一緒についてきてくれるものかと思っていた。

 俺の傍には相変わらず、ふよふよ浮かぶ光球がある。エオさんが置いていった魔法だ。


「エオさん」


 なんとはなしに声をかけて見ても、エオさんからの反応は乏しい。

 いや、乏しいというより変形はしている。光の点に分かれて散ったかと思えば、素早く動き出す。

 見覚えがあるお辞儀らしき絵が空中に現れて、簡潔な文章がつづられていく。


『只今、修行中につき不在です。御用があればご遠慮なくどうぞ』


(日本の知識があるようにしか思えないんだよな……)


 何度か試してみたところ、ぜんぶ同じことが起こった。

 魔法ってなんでもありなんだろうか。つくづく俺には使えないのが残念でならない。

 ジュジェやトムさんが言うには、使える方が珍しいそうだけど、少なからずあこがれはある。


「あ」


 ぼんやりと眺めていたら、さらに文字が変わった。


『天根くん、無理しないでね。体調に気をつけて、元気に過ごしてね』


 俺のことを思った文章だった。

 懐かしい文字が目の前に踊って、それからしばらくしてまたいつもの光球の姿に戻っていく。


(エオさんと会ってから、向こうが恋しくなる一方だ)


 嬉しいのに、悲しいような、ないまぜの気持ちだ。

 また息をつけば、思った以上の大きなため息が出た。






***





 今日も野営だ。

 もう慣れたもので、町中よりも外で寝たほうが気楽だ。なにせ、旅に出てから安全なベッドに泊まれたことはあんまりない。

 窃盗や襲撃にあって以来、どちらかというと澱みがあるところで寝っ転がる方が人的被害はないなと思うようになってしまった。

 俺の体は、ここの世界の人と違って澱みの影響をほぼ受けないというのが大きい。といっても、澱みが生物の形を作って物理的に害してくると話は別だけど。

 今夜は何も出ないといいと、設営が終わった焚火の周りを眺めてみる。エオさんの光球が、くるくると回っている。


 斥候はエオさんが助けてくれるようになってから、負担が減った。この光球が怪しいものを照射してくれたり、警戒してくれる。

 もし、今後エオさんが仲間になりたいと言ってくれたら、俺は賛成するつもりだ。きっと、一番苦い顔をしているジュジェも受け入れるだろう。それくらいの恩恵がある。

 そんなエオさんは、まだ修行中らしい。

 呼びかけるたびに、あの保留メッセージのようなものと俺を案ずる言葉がつらつらと出てくる。しかも毎日、確認するたびに違う。

 いつのまにか、それを楽しく思っている自分がいた。

 反応がないのは残念だけど、こうした文字だけでも勇気づけられている。


 それだけじゃない。

 俺の精神面でのサポートだけじゃなくって、道中で危なくなったときには、自動的に光球が動いて加勢してくれる。

 なんでもできるようなエオさんは、これ以上何を強くするんだろう……。



「ヨシ、すこしいいかな」


 いつの間にか、焚火の向こう側にトムさんが腰かけている。

 ゲームや映画に出てくるみたいな、いかにもな魔法使いの恰好をしているトムさんは、小柄な体型もあって浮世離れして見える。

 つばの広い三角帽子をとって膝に置くと手にした短い杖で帽子の縁を軽く叩いた。

 すると、包装紙にくるまれた飴玉が飛び出した。

 にこにこと好々爺の笑顔で俺に渡して自分も口に入れると、うかがうようにウインクしてくる。断る理由もないので、素直に飴玉を口に入れてうなずく。

 レモンの味がする。違う世界だけど似たような食べ物はある。ここで過ごしてわかったことだ。


「私に聞きたいことがあるのではないかと思ってね」

「聞きたいこと……」


 なんのことかと思ったが、この間のハイメさんとのやりとりを思い出した。

 エオさん、もとい魔女や魔法使いについてだ。

 もしかすると、遠回りやそういうことを嫌がるハイメさんが手っ取り早いようにと言ってくれたのかもしれない。


「トムさんは、エオさんのことを知っていましたか」


 おそらくハイメさんの気遣いだと仮定して、内心で感謝をしながら聞いてみる。

 白ひげを撫でたトムさんは、小さく首を横に振った。


「いいや、残念ながら。私の知るどの魔法使いや魔女たちにも、エオ殿のような魔法を使う者はいないよ。あれほど強大で枠にはまらぬ者ならば、もっと話題にもあがっていただろう」


 トムさんは考えるように言っているが、どこか少し楽しそうな風に見える。


「ヨシ、この世界の魔法使いの総数が多くないことは話したね」

「はい。ジュジェやハイメさんからも聞いてます」

「うん、それはこの国だけでなく他国でも同様だ。だからこそ魔力の流れを感知できる者、将来の魔法使いになれる者は歓迎され何らかの組織に所属するものだ。よほどの生まれでなければ」

「じゃあ、エオさんは」


 孤児や町中で育てられなかったわけありだってことだろうか。

 俺が考えていることをお見通しなのか、トムさんは「いいや」と否定した。


「彼女は確かな環境で育った者だろう。そうでないと、あの振る舞いは難しいはずだ。だから、もしかしたらの夢想を私はするのだが」

「それは?」


 楽しそう、ではなく、もう見るからに楽しそうに橙色の目を細めてトムさんは言った。


「かつての伝説のように……彼女はこの世界に来た存在ではないかな」


 それは俺と同じということか。

 目を瞬かせてトムさんを見るだけの俺に、なおも弾んだ声が続く。


「ヨシ、私はね、年甲斐もなく夢見たことがあったのだよ。私の家名であるアシューカーは、かつての伝説からいただいたんだ。異界から召喚する儀式が成り立ったとされる起源さ」

「俺の前の、初代勇者っていう人でしたっけ」

「そうとも。勇者アシューカーが実在したかは今ではわからないが、君という召喚実績が出来た以上、本当になかったともいえなくなった。だからこそ、エオ殿もまたそうでないかという可能性も捨てきれないのだよ」


 もっとも、公に言えばひんしゅくを買うだろうがね。と続けて、トムさんがまた杖を振った。帽子の中から飲み物が入ったマグカップが出てくる。

 飲まなくてもわかる。入っているのはホットワインにジャムを入れたような、トムさんお気に入りの甘い飲み物だ。


「さあ、夜は冷える。飲むといい」

「ありがとうございます」


 甘ったるい味に落ち着きながら、ゆっくりと飲み込む。

 その間も、にこにことトムさんは話を続けた。


「さて。かつてのアシューカーは光に包まれて帰還したという。不可思議な力をもって、魔を祓い偉業をなしとげた。そんな君も、同じように帰還の望みがないわけではないと思うのだ」

「……それは、本当に夢のある話ですね」

「だろう? 不可思議な力を持つエオ殿が、君と同郷なのだとしたらさらに希望は持てないかな?」

「ううん……そうだと、いいって思います」

「君の望みをこの世界で一番はじめに聞いた私が約束しよう。もし駄目でも、叶わなくても、私は君の便宜を計ろう。望む限り、君に協力して研究をしよう」


 俺の身元保証人であるトムさんは、いい人だ。

 この世界に召喚されたとき、日本に戻ることが絶望的だと真摯に話してくれた。憎まれることを承知で、取り乱す俺に根気強く話しかけ続けてくれた。

 だから、本気で言ってくれているのだとわかる。


「老人のたわごと程度に聞いてくれてかまわないが、ひとまずエオ殿と話す機会を持つといい。なに、エオ殿はヨシのことをずいぶんと好意的に見ているようだ。むげにはされないだろう」

「はは、そうですね」


 それは間違いないだろう。

 エオさんに好かれていると、俺だけでなく周りも認知しているくらいだ。


「なにより、少なくとも私が見たこともない、枠にはまらない魔法を使う方だ。きっと君の力になってくれる」

「もう随分助けられてますし……俺のことをよく知っているみたいだから。そうだトムさん、過去の情報を知ることができる魔法もあるんですか?」


 俺がエオさんから言われたことを説明すれば、トムさんは困ったような顔をした。


「理論上では可能かもしれない。誰かの意識や知恵を覗き見ることはできなくはない……が、大がかりな儀式がいるはずだ」


 できなくはないが、難しいのでは、といったような反応だ。

 ますますエオさんの存在が謎になった。


 というより、単純に同郷の可能性があるのかもしれない。なんて、都合のいい考えも浮かんでしまう。俺がいた日本に魔女や魔法使いがいないとわかっていてもだ。


 結局その後は、なごやかに甘い飲み物を飲んで他愛ない話をして終わった。

 エオさんのことは、すごい魔女なんだな、くらいにしかわからなかった。




 数日、またさらに日が経って。

 いつものように最前線からそれたところで地道に大型の澱みを引き起こす核を浄化する。

 それが勇者一行のお仕事で、いつもどおりやって終わるんだろうなというところでエオさんは急にやってきた。


 流れ星のように飛んできて、きらきらと輝きながら堂々と俺への好意を叫びながら魔法を使う。

 あまりにも当然だというように主張するから、呆気に取られてそのまま受け取るしかできない。

 俺たちが見ているなかで、あたり一帯の澱みを消し去ったエオさんが、ピカピカの笑顔で俺を見てくる。

 相変わらずすごい力だ。残念ながら澱みの核は俺でないと浄化できないので、根本的解決にはならないけれど、それでもすごい。


 俺のためにがんばるという言葉は、やっぱり本当みたいだ。毎日のメッセージからも薄々わかってたけど、エオさんは本気だった。

 力になりたいと真面目に取り組んで、見事にパワーアップしてきた。


 いったい俺の何が彼女にそこまで好かれたのか、まったく見当もつかない。

 だけど、故郷を思わせる容姿の人が、俺を仰ぎ見てくる姿に、胸がくすぶる。

 嬉しくて照れくさいのはもちろん。でもそれだけではない。


 俺は、こんなすごい人に好かれるようなやつなんだろうか。ふと思えてしまう。

 まだまだ、そんな見合うようなやつではない。弱音を吐いて、あっちが恋しくなってぐずぐずしているようなやつだ。

 エオさんよりもすごい力はなくって、見た目だって頭の良さだって普通の俺に、そんな価値があるのだろうか。


 それが無性に恥ずかしくて、くやしくなった。

 その好意に恥じない自分になりたくなった。


「エオさんすごいな。俺も負けてられないや」


 ぽつりとこぼれた感想は、思った以上に俺の頭に居座った。

 もっとがんばろう。

 エオさんに好かれるだけの、努力を惜しまないようにしよう。


 そうしたらもっと、きっと、堂々とエオさんに向き合える気がしたんだ。





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