【5】たゆまず毎日
強力な協力者を得ることができてから、早幾日。
あれから私は、希望を胸にエビネ大先輩の導きに従った。
エビネ大先輩のお家では上にもおかずの扱いをされた。かなりの好待遇である。とくに魔女を輸送がわりにするのだからと衣食住の便宜を図ってくれ、数日にわたって常識と一般教養を教えてくれたことは大いに助かった。
なんてありがたい。成し遂げたエビネ大先輩、さすが格が違う。
天根くんたち勇者一行とやり取りする補給部隊への連絡も終わり、あとは合流するだけ。
そうこうして、いよいよもってご対面と荷物を魔法で移動させながら勇者一行と渡りをつけた。驚くほどスムーズに顔合わせが叶った。
というわけで。
現在、私は勇者一行の前に堂々といます。
持つべきものはやはり、金、権力、行動力。これよ。
ちょっとひらけた街道のキャンプ地らしきところ。今回の合流地点はここらしい。
補給部隊から「こちらです」と丁寧に案内されて、そわそわと足を進めて、いざ面通り。
「あ……」
声がうわずりそう。
目の前にいる。生きてる。私を見てる。
「これからおまえが補給を担う? はあ、まあ……身軽に動ける上に魔法を使えるおまえは適任だろうが」
じろじろと見てくる優男、ジュジェなんて眼中にない。
むしろぼやけている。ぼやっぼやだ。
「えっと、君が」
――天根くん!!
天根くん、天根くん、天根くん!
あ、やだ、息が荒くなってないかな。見た目は……衣装に化粧は、エビネ大先輩に見てもらったし、なんならこの街に戻る前に何度も見直したし。
「エオさん?」
「っはい!」
天根くんが私に声をかけてくれた! 呼びかけてくれた!
「お祝いしなきゃ。今日が天根由記念日……」
「エオだな、こいつ」
感動にうち震えていたら呆れた声で確認された。
ハイメが、これまた声とおんなじ呆れた目で私と天根くんの間に割って入ってきた。
あと、私がエオってことも割とすんなり理解されている。
どうやら、エビネ大先輩による計らいで伝えられていたみたいだ。ハイメの手元にある手紙がそうなんだろう。
「はじめまして、魔女エオ殿。改めての紹介は必要かな」
トムディムお爺様の気配りにより、姿勢を正す。
「いいえ、でも私の方は必要だと思います」
「ふむ」
自分なりのよい笑顔を浮かべて答えると、トムディムお爺様は軽くうなずいた。それでもって、隣に居た天根くんをそっと前に押し出す。
天根くん緊張しているのかしら。
ちょっと目元がぴりっとしている。思わずじっと見つめてしまっていたら、困ったように眉尻が下がった。可愛い。ソーキュート。
「私は、エオ。あなたの……天根由くんのための魔女です」
「……俺の?」
ぽかんとした顔も、またいい。
表情筋もゆるゆるしちゃう。うんうん、と何度もうなずいて肯定してみれば、ますますわからないという顔をして、隣のトムディムお爺様に「そうなの?」っていうような視線で縋っていた。
「勇者様じゃなくたって、あなたの味方です」
「えっと、なんで」
「天根くんが好きだから」
言っちゃった。
大胆な乙女の告白に、天根くんも面食らっているようだ。
でも、そこで引いてはいけない。エビネ大先輩による薫陶を受けた私に、引く概念は消えさったのだ。
「天根くん」
一歩、近寄る。
警戒されるのは悲しいけれど、彼のこれまでの旅路を考えると警戒心があるのはきっといいことだ。
隣のジュジェが何か言いそうなのはさておき、トムディムお爺様やハイメが放置しているのでこれ幸いと、また一歩進む。
そうしてこっそりと呟く。
「人文学科の心理学コース、江間津ゼミの天根由くん」
「え」
「好きなバンドはアドイップス。ここに来る前にライブへ行ってきたくらい」
「なん」
掴みばっちりでは?
天根くんの視線が私にくぎづけなんて、最高じゃない。
ついつい、気が高じて離れながらにっこにこで私の知っている可愛くって格好よくって素敵な天根くん情報が口から出てくる。
「よく学食で頼んでいたのは、温玉のせのざるうどん。冬でも学食にあるといいなって独り言いうくらいにははまってて……美味しいよね、私も好き。あと構内カフェの気まぐれメニューでコーヒーと紅茶を混ぜたやつ。甘ったるいのってなんだか癖になるもんね」
「おい、ヨシ。大丈夫か。やはり付きまといじゃないのか」
おだまりジュジェ。
ぎっと睨むついでに、胸にハートマークを作ってビームを一つ。もちろんジュっとしすぎない程度で。私とて、天根くんの仲間が減るのはさすがにまずいとわかる。
「ラブ、天根くん!」
こう唱えると発射までスムーズなのだ。愛の力以下略。
「まぶっ……っヨシ! ぜったいまともじゃないぞ、この魔女! 身を守るのを考えろ!」
「ええと、まあ、うん」
まぶしいまぶしいと騒ぐジュジェに、天根くんが困ったように頬をかいている。追加発射しとこ。
「くっそ、無駄な魔法を使って!」
「エオ殿は珍しい魔法を使うのですな」
あら、存外真面目な様子でトムディムお爺様に問いかけられた。
私にとっての魔法は、私以外のものを知らないのでなんともいえない。ただこれだけは言える。
「天根くんのための愛の魔法なので」
「おや、そうですか。ヨシ、まあ悪いものではないよ」
トムディムお爺様のお墨付きをもらって、天根くんはほっとしたのだろう。
しばらく私のほうを見ていると、何やら困ったような顔からちょっと照れたなみたいなそんな顔にかわる。それからジュジェへ言った。
「なんかわかんないけど、俺、すごい魔女に好かれたっぽいな」
「お前……ヨシ、お前……! 危機感を! 育め!」
「でも、俺、心理学とか人相学とかそういうこと学んできたんだよ。まあ、末席の末席くらいで、ぜんぜんなんだけど。それでもさ」
じっと天根くんと見合ってしまった。
私の好きなあの柔らかいへにゃっとした笑顔で、こんな私を受け入れてくれたあの何気ない顔で。
「俺、エオさんのことまだよくわかんないけど、気持ちは嘘じゃないって思うんだ」
天根くん!!
ここが人目を触れなければ、大地に五体投地して天根くんの御名を高らかに叫びながら、「カァーッ! 尊い!」と転がりまわっていたところだ。
なんだかぐらぐらと視界が回るなと思えば、自分の手足が微振動していた。
「ありがとう天根くん! 好きです!」
「あっ、はい……どうも、ありがとう」
世界! 祝福して! 私の天根くんすごい優しい! 心広い!
「やはり世界に天根由教が救いをもたらす」
「ヨシ考え直せ、遅くないから」
いまだに文句を言い続けるジュジェへ、胸を張ってマウントをとっておこう。細かなことを気にしないおおらかさも素敵な天根くんは、少々のことには動じないのだ。
正直、私もここまでゆるっと存在を認めてもらえるとは思ってなかったので、今後の天根くんのわきの甘さは私が補助しようそうしよう。
しかし、これからもわあわあ言われるのは面倒だ。
どうしようかと考えていると、今まで我関せずとしていたハイメから思わぬ援護射撃がきた。
「そこまでヨシの肩を持つなら、害になる行動はそうはせんだろ。勝手に余計なことをしなけりゃ俺は、ヨシの助けにちょうどいいと思うがね」
「な、なんだと、ハイメ。お前」
「ジュジェ坊ちゃんこそよぉく考えるこった。ヨシが倒れりゃ、こちらの行動もぜーんぶ無駄になりかねねえんだ。守りや利便を計ってやってよお、負担を減らせていけりゃあ、それだけ助かるんだぜ」
「それは、そうだが」
「ぐだぐだ話す時間さえ無駄だぜ。これ以上面倒な言い合いはやめてくれや」
そう言うだけ言うと、ハイメは天根くんに「いいな」と聞いた。天根くんがこくりとうなずく。
「用が終わったなら、俺ァ休もうかね」
「あっ、待って」
ハイメが天幕に戻ろうとしたのを慌てて止める。
エビネ大先輩から頼まれた返信の依頼がある。
「エビネからの手紙の返事を今書いて」
「あ?」
ガラ悪く見られたが、ハイメは少し考えた後に受け取った手紙の裏側をめくった。トムディムお爺様に「かくもん」とねだってペンを受け取ると、その場で書き出した。
数秒もたたずに返信が出来上がった。
「じゃ、運送頼むわ」
「ええ、もちろん」
「ん」
ペンをトムディムお爺様、紙を私に渡すと、さっさとハイメは天幕に戻って行った。
天幕はこっちの補給部隊がくるときに、少しでも休めるようにと設営されたもので、ハイメとしては早く休みたいんだろう。
「では、私も休もうかね。何かあれば声をかけなさい」
トムディムお爺様もそれを見届けると、天根くんにそう言って歩いていった。
あとには、納得いかないけどしないわけにはいかない、を顔面にかいたようなジュジェと、天根くん。
まあ、ジュジェの許しがあろうがなかろうが関係ない。ただ天根くんが気にするかもなのは心配だ。
「ジュジェ、いいかな」
「まあ……ヨシがいいならだけど、僕は忠告したからね」
「うん、ありがとうジュジェ」
おい。
おい、ジュジェ。私を差し置いてヒロインムーブするなよ。天根くんのヒーローポジションもヒロインポジションも譲ってたまるものか。
「ラブ!」
短縮呪文で目くらまし光線を放つ。避けられた。
ならばホーミング機能を搭載してやれば……!
「エオさん」
天根くんにたしなめられた。
おのれ、ジュジェ。
でも、ダメだよって天根くんに言われる実績解除したので今日のところは見逃してやろう。
「チッ!」
「おい、今、舌打ち」
「天根くんへの愛の投げキッスよ」
「なお悪い。ヨシ、大人しくするんだ。解毒魔法をかける」
明日以降の私は、ジュジェを許さないことにした。今決めた。