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【3】全力全霊をもって


 さて、幾日ぶりの肉眼での天根くんを堪能した。

 そこですぐさよなら……せずに、さらに欲張ることにした。

 ちょっとくらい、頑張ってきた自分にご褒美がほしいと思うのは人の(さが)。まったくもって、健全に真っ当な欲求だ。



 人混みと道に並ぶ露店街の品々に紛れていれば、もっと近くにいける。前の世界でも役立っていた隠密技術と魔法が、ここでもこうして役立つなんて。

 やはり、日々の研鑽は大事だ。今後も励まねば。

 変な恰好はしてないかをぱぱっと確認して、さらに数歩。

 服装は、この世界で普及しているらしい服を手に入れたので、それを。無計画に襲ってきた無法者からかっぱらって加工したものだ。

 だから見た目は問題ないはず。浮いてない。よし!


 大学講義の近くの席に座るくらいの距離までとはいかないけれど、じわじわと近寄って、大股で数歩いけば届きそうなくらいの距離になった。

 ああ、どきどきしてきた。


 天根くんのクリアな声を聞きもらさないように耳を澄ませる。

 今、天根くんは食料品店で楽しそうに買出し中のようだ。研ぎ澄ませ私の聴力。


「へえ、思ったより酸っぱい」

「煮込むとより甘くなるのさ。干し肉と水と入れてスープにするといい」

「そんな料理があるんですね。肉はどんなものでも?」

「肉質が硬いほど繊維がほぐれて旨くなる。まとめて買ってくれるなら、おまけもつけるよ」


 天根くん、元の世界より料理に興味を持つようになったみたい。

 何度か魔法ごしに見ていたけれど、思っているより楽しそう。

 それに、料理男子、イイと思う! とても素敵だ。

 天根くんのエプロン姿が脳裏に浮かぶ。

 ほんわかとした雰囲気にシンプルなエプロンは良く似合うかも。いや、ギャルソンもありか。おさんどんもありだわ。

 悔やむべくは、私がそのご相伴に預かれないことだ。


 ま、まあ、今は。今は、だ。


 そのうち二人っきりで食事もできる予定だもの。将来を思えば、臥薪嘗胆よ。



「……ん?」


 せめて天根くんの買出し姿だけでも目に焼き付けておこうと見ていたら、違和感に気づいた。

 私がつけている小さな光球たちとは別に、いかにもなおどろおどろしい色合いの紐が天根くんの肩についている。

 それは蜘蛛糸みたいにゆるくたわんで、空中に続いている。どこへかはわからない。

 その糸の先を目で追うことが難しいほど遠くに伸びていた。


 怪しい。

 それに、マーキングみたいで気に食わない。


 天根くんは気づいていないみたいだ。

 さらにいえば他の誰もが、気にしていない。空に続く紐があったなら、誰か気づいてもいいはずなのに。

 ということは、魔法的なあれそれに違いない。

 天根くんは魔法の素養があんまりないみたいなので、私を始めとした魔法使いの視界では当たり前のものも見えにくいのだ。なお、世界の澱みとはこれはまた別物。


 いつからくっついていたのかわからないものの、放っておいてあわや大惨事はご遠慮したい。

 今、天根くんの保護者でもあるトムディムお爺様もいないし。あと、頼りたくはまったくないけど、神官のジュジェもいない。

 もう一人戦士の男がいるけれど、天根くんと同じで魔法素養はない奴だ。


 真面目に買い物をしている天根くんを見つめて、遠隔魔法にさらに気合注入しておく。

 私の思いが天根くんを守るのだ。

 気持ちをこめすぎて、ちょっと光球が臨界点みたいにちかちかしているけれど、これくらいしておかないと不安が残る。

 万が一、天根くんが襲われても熱線照射で有機物は蒸発させられるはずだ。


 あとは、と辺りを見回して適当な長物を探す。

 空を飛ぶには長柄だと飛ぶ効率が良いのだ。

 ここに来た時みたいな丸太だと、パワーもスピードも安定感もあるのだけど。無い物ねだりしてもしょうがない。

 様々な物を売り出す露店街でよかった。すこし探せば簡単に見つけられた。

 いい感じのいかにもな箒がある。見た目は完璧な魔女の箒だ。

 暇そうにしていた露天主に近寄って声をかける。


「この箒いくら?」

「銀三枚だ」

「つりは結構。もらいまーす」


 やりくりしてきたお金を懐から取り出して、露店主に渡す。

 それから奪うように店先の長柄の箒をひとつひっつかむと、来た道を駆け戻った。





 町中を駆け抜け、外に出る。

 人目がなくなったのを確認して、すぐに箒を投げ飛ばして飛び乗った。

 柄を叩いて糸の先を睨む。まだ見える。

 前傾姿勢に変えて、少しでも早くなるよう空気を割いて箒を飛ばす。


 長い。

 執念すら感じるほど絶え間なく続く紐糸は、頼りない細さのはずなのに決して切れそうだと感じさせない。


 飛び出した町が見えなくなって、一山ふた山超えたあたり。

 また川沿いにある町の御屋敷へと紐の先は落ちていた。


「あれは」


 見覚えがある。

 そう、あれは、忘れもしない天根くんのお披露目パレードのとき。

 私がここに来てすぐに見た光景の、お城らしき建物がある町だった。

 たしか、天根くんたちが助けたとかいうポッと出の御令嬢がいたような……。

 まさか、その御令嬢が天根くんを?

 そうだとするならば、私も相応の対処をとらねば。ぴかっと魔法で光らせて吹き飛ばしたら、記憶は飛ぶのかの実験をしていたらよかった。


 仕方なしにイメトレをしつつ、糸の先を追いかける。

 案の定、伸びた前は大きな城の中だった。

 凝った装飾つきの出窓をうかがえば、ベッドに腰かける人影を確認できた。使用人が部屋にいるのかもしれないが、ここからではよく見えない。

 よし。おびきだそう。


 窓を指先で弾いて軽く音を何度か鳴らす。ついで適当な鳥の鳴き真似をする。

 唸れ、天根くんを楽しませるために覚えた、鳥の鳴き真似技術!

 渾身の春を告げる美声を天根くんに一番に届けられず、残念極まりないがしかたない。


 部屋の中から物音が聞こえたのを確認して、そのまま上空に待機する。


「……お嬢様」

「羽休めにきた渡り鳥でしょう。わたくしも気分を変えたいわ」


 か細い女の声。

 それから、ゆっくりと窓が開いて、声の主が外をのぞきこんだ。


 なるほど。

 これぞお嬢様という風貌。

 緩く巻いたブルネットの長い髪が揺れる。常人より白い肌なのは、病気がちなのかもしれない。つんとした小鼻に甘い印象を与える柔らかな目元。

 とくに印象的なのは桃色の光彩を持つ瞳だった。

 怪しさもあるのに目の離せない魅力のある、可愛らしいタイプ。


 いくら私が元祖和風美人だとしても、それとはまた系統の違う美人なのだ。ほんの少し見ほれたりもする。

 なお、私の外見自負は客観的な評価込みなので異論は認めない。大学のミスコンでも、そのアオリ文句で出場して優勝をかっさらったのだから概ね事実。


「はぁ……」


 なにやら思いつめた溜息をこぼすお嬢様は絵になる。

 しかし、いつまでも見てはいられない。

 なにせ、その指にはあの紐糸があった。つまり容疑者はこの女。

 こちらにはまだ気づいた様子はないから、このまま魔法で……。


「ああ、ハイメ様」


 続けざまの言葉に慌てて魔法をかきけす。

 容赦なくぶっ飛ばそうと思ったけれど、何か私と似た気配がする。


「ハイメ様、ハイメ様、ハイメ様ぁ……」


 そう、恋する乙女の気配だ。

 となれば、話はしやすいかもしれない。天根くんを害する気持ちがないなら、穏便にすますこともやぶさかではない。


 こほん、とわざとらしく咳払いをする。

 それから上空から彼女の近くまで箒を下ろして、こっそりと声をかけた。


「もし、そこのお嬢様」

「……は、えっ? え、貴女……えっ?」


 きょろとあたりをみて、大きく口を開けようとした彼女の口元に指先をあてる。

 さすがに大騒ぎは面倒だ。


「私は通りすがりの愛に生きる魔女。私の愛に余計な物がついていたからこちらを訪ねてきました」


 この世界では魔法があるのだから、魔法使いや魔女は当然に存在する。ただし、どうやら総数は多くはないみたいで、普通に使っていると驚かれる。

 例にもれず、彼女も私の言葉に呆気にとられた顔をした。でも、そこはさすが貴族。すぐに表情を取り繕って、遠くを眺めるふりをして小声で返してきた。


「……勇者殿と関係がおありなのですね。わたくしはエビネ。キャプレ家の娘でございます」


 おや、なんだか敬われた口調。

 もしかすると、魔女って希少価値な存在で、尊敬される者なのかもしれない。私の修行最中に遭う賊徒どもは、そんなこと関係なくヒャッハーしてくるから新鮮な反応だ。


「貴女の御用である、余計な物とはこちらのことでしょう」

「ええ」


 紐のついた中指が窓枠から離れると、くっついている紐も緩く揺れる。


「我が一族家伝のまじないですわ。居場所の把握をしているのです」

「把握? 貴女が天根くんの?」

「ええ。我が家が主に勇者様方の物資を担っていますので。場所がわかればどこでも物資を補給できますでしょう」

「それは最初から?」

「そうですわね……わたくしが助け出されてから、一族総出でお礼をする運びでいたしましたの」


 なるほど。

 あの口ぶりだと前からつけていたのか。

 そして、あの紐が見えているだろうトムディムお爺様も何も言わないで放置していたということだ。


「本当なら、ハイメ様におつけしたかったのですが……いえ、私情でございました」

「奇遇ね。私も天根くんじゃなくて、ほかの人につけてほしいと思っていたの」


 思わず、と出た言葉を反省するエビネお嬢様に、私もすかさず同意した。

 さっきの独り言からして、天根くん一行の戦士に思いを寄せているということは容易に想像できた。そうそう、戦士の名前はハイメだった。



「……ねえ、私たち、良いお友だちになれると思うのだけど」


 にこやかに声をかければ、ちょっとの間をおいて花のような笑顔が返ってきた。




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