【2.5】俺がここにいるわけは
この世界は滅びの危機に瀕している。
澱みが環境を蝕み、人々は恐れおののきながら日々を暮らしている。
俺がこの世界に来て、簡単な挨拶のあとに教えられたことだ。
なんで俺がとか、こんな漫画みたいなことあるかよだとか、混乱する俺に根気強く説明を繰り返した人たちの顔は今でもよく覚えている。
憎いとか恨めしいもあるけれど、それを吹き飛ばすくらいの暗さ。気の毒なほど草臥れてひどい顔だった。
澱みを退けることはできても、別世界の者でないと決定的に澱みをなくすことができない。そのためなら、どんなことでもしますと、ぞっとするほど暗い瞳で言われた。
最初は保身のため。
幸いといえばいいのか、俺はそこそこ優秀だったらしく、澱みを消すことも死ぬほど苦ではなかった。
消すというか、澱みが溜まった地点や核となるところへアンプルを差すみたいに、専用の剣で祈りながら刺す作業だ。まあ、それを邪魔するモンスターみたいなものもいるので、全く気楽なことじゃない。
がむしゃらに手探りでやってきて、行動を共にする人たちとも打ち解け始めた。そのくらいからは、この人たちのためくらいなら頑張ってもいいかなって思うようになった。
救世の勇者様なんて柄じゃないし、友人連中にだって笑われるだろうけどさ。
「ヨシ、前線部隊の奮闘ぶりは君も聞いたろう。少し休んでは」
「トムさん。そうは言っても、予定では」
「寄る年波には辛くてなあ」
「トムさん……」
道すがら町村に寄りながら、澱みの元となる土地浄化。町や村が離れているから、移動距離はかなりのものだ。
さすがに息も弾むし疲れもそれなりに溜まる。宿を取って、朝食をとりながらあくびを一つ。
それを見かねて声をかけようと思ったのかもしれない。
俺に話しかけてきたトムさんこと、トムディムさん。
浄化別働部隊……通称、救世の勇者一行の頼れる高齢の魔法使い。みんなの知恵袋。
一番最初に俺に手を差し伸べてくれた、恩人でもある。澱みのせいで亡くなった子どもと俺を重ねてくれているのか、いろいろ便宜をはかってくれる。
「俺ァ、もっと急ぐべきだと思うがな」
「いいや、僕はトムディム殿の意見に賛成だね。誰もがキミのような筋肉だけの奴じゃないことを忘れないでくれ」
「ジュジェ坊ちゃんは、かよわいなァ?」
口を挟んで、文句を飛ばしあっているのはいつものことでいっそ気が抜ける。
急ぐべきと主張するのは、元前線部隊で大暴れしていた腕利きの戦士だったハイメさん。
ハイメさんの気持ちもわかる。澱みのせいで大力の才能が芽生えた代償に寿命が短いそうだ。
それもハイメさんだけでなく、ハイメさんの一族全員が短命。そんな周りの環境も影響して、せっかちな性分になったと話してくれた。
ハイメさん本人は、本当に気にしている風でもなく、驚くくらい好き勝手にする人だ。享楽主義ってこういうことなんだな、とハイメさんを見て俺は学んだ。
「はん。繊細なたちなのでね。そもそもこの部隊の生命線を握っているのは僕だ。つまり、わきまえたまえ。ヨシもそう思うだろう」
そこで俺に振るなよジュジェ。曖昧に笑って返しておこう。
神官服の汚れをはらったジュジェは態度や言い方からすれば高慢ちきの嫌味っぽい男で……事実そうだが、悪い奴じゃない。
怪我や体調不良には目ざとくて、口うるさく文句を言いながら注意されるけども。
最初こそ、絶対仲良くなれないと思ったけど、案外上手くやっている。ハイメさんもジュジェをからかって遊んでいるだけだと今ではわかるし。
浄化役の俺、魔法使いのトムさん、戦士のハイメさん、神官のジュジェ。
同じテーブルで朝ごはんを食べる旅の仲間。
見事に男ばかりのむさくるしさ。でも腕前は折り紙付きで、今ではもう慣れたし安心感すらある。
ああいや、まだ一人いる。
「あー……と、そういえばエオさんはどうなんだろう」
「ああ、エオか」
話を振れば、ジュジェがあたりを見回した。
俺たち救世の勇者一行には見えない仲間がいる。
トムさん曰く、強大な魔法使い。
ハイメさん曰く、いかれた強者。
ジュジェ曰く、俺につきまとう奇人。
あるとき突然に現れた、俺たちの旅をサポートしてくれる存在。
困ったときや危ないときに助けてくれる謎の人。
虚空から謎の光で辺りを照らしてくれたり、不意をついて襲ってきた化け物を光線で薙ぎ払ったりしてくれた。
たぶん、人だと思う。
一番勘が鋭いハイメさんが「人の気配」と言っていたから。たぶん。
言葉もかわしたこともなければ姿も一切見ない。どう交流するかと考えあぐねた末、俺は適当に名づけをした。
便宜上、困った時にきてくれるから、SOSからとって、エオさん。
空に光の梯子をかけて、ミラーボールはったフロアみたいに回転させていたので喜んでくれたんだと、思う。
あと少なからず好かれているとも思う。仲間たちの中で俺を一番助けてくれているといってもいいくらいに、俺に都合がいいことをしてくれる。
まるで、すぐそばで見ていてくれるかのような気さえする。
今も「エオさん」と言葉に出したら、すぐに反応があった。
ちかちかと明滅する小さな光球が現れた。
「本当にどこで見てるんだか」
茶化したハイメさんにかまわず、光球から照射された光線が俺の髪に当たる。
「うわ……魔法で寝ぐせを直すなんて、無駄に高い無駄な技術を」
ジュジェが唸る。
というか、寝ぐせあったのか。慌てて頭を触ると、もう跡もない。どうやったんだ。
「ありがとう、エオさん」
いいえと言わんばかりに光球は分裂してVサインの形を作った。それを見てさらにジュジェが顔をしかめた。
「いい加減、付きまとわず堂々と姿を見せればいいものを。おい、やめろ、僕の目を狙うな!」
「どうだっていいだろ。役に立って裏切らないならな」
両目を庇って机に伏せるジュジェを執拗に襲う光。それを横目に食事を続けるハイメさん。こういう光景はもはやおなじみだ。
元々、一言二言多いジュジェとエオさんはどうも相性が悪いみたいだ。よくジュジェが言うたびにこうなる。
トムさんは慣れたもので、契約している魔法生物との戯れだと宿の人に説明していた。もっともらしくいうと大抵の人は納得してくれる。
この世界は本当に俺が住んでいたところとは大違いで未だにちょっと戸惑う。
眺めていたら、目の前にあったかいお茶らしきものが音を立てて現れた。きっとこれもエオさんがしたのだろう。見るからに光り輝く液体だからすぐわかった。
ジュジェを襲う一方で、俺に労わるみたいにカップがひとりでに寄ってきている。
きらきら発光していることを除けば、普通のお茶だ。苦々しく調べたジュジェのお墨付きだから、安心して口にできる。さすがに何回もあったことなので慣れてきた。
「えっと、ありがとう。そんな、いいのに」
「甲斐甲斐しいこって」
ハイメさんの言葉にうなずいてしまう。
姿も見えない、言葉もない。そんなエオさんだけれど、一定の信頼がみんなから得られているのは、こういうことをし続けてきたからだ。
「あ、花びら」
「眠気覚ましの薬花だね」
「へえ……」
トムさんが説明から戻ってきて、教えてくれた。輝くお茶の中に浮かぶオレンジの花びらにそんな効能が。
もしかしなくても、眠そうに見えたのか。
なんとなく目元を擦る。
それからもう一度エオさんにお礼を言ってからカップを手に取って一口飲む。
お茶の味なんてよくわからないし、おしゃれに映えるものなんて飲む生活を送ってこなかったけど、美味しい。
エオさんがくれるものはこういった感じのものが多い。なんというか、おしゃれでセンスがいい。女の子が好きそうなやつ。
……エオさん、女の子なんだろうか。
いや、姿がない種族、なのかも。
いろんな形の生き物がいるし、人間とは限らないんだけど。もしそうだったら、ちょっとテンション上がるなあと思うのだ。
俺だけを見てくれる女子とか、夢見たって。
まあ、現実は男だらけのパーティーで決死の任務遂行中なのでそんな余裕は一切ない。感謝はされるし、女性と近づくこともあるにはあるから出会いがないわけじゃない。
ないけど、大体、顔が良いジュジェに行くし。
なんなら、前にたまたま出会って助けた高貴な女性はハイメさんしか目に入ってなかったし。
こうも考えられるくらい余裕ができたのは、いいことだと思えばいいんだけどな。
けどけどだってを呟いても考えても仕方ない。
「それじゃ……今日は少し休んでから進みましょうか。必要な道具も補充できたらと思うんです」
お茶を飲み干して、そう提案する。
俺がそう言えば、賛成とばかりに真っ先にエオさんが光のシャワーを浴びせてくれた。
肯定されているみたいで、ほっとする。
あとのメンバーも、ハイメさんはちょっと渋ったけど了承してくれた。
「薬はジュジェ、魔道具はトムさん、武具備品はハイメさん、俺は食料で」
それからエオさんは、と見上げると光球は平べったくなって地図を作っていた。
日本語で、食料品店のルートが書かれている。今日はセール中で安いとか、おすすめとかの注釈付きだ。
都合が良すぎる。
面くらいそうになりながら、最早慣れ始めた光景に、俺は小さく礼を言うばかりだった。
なんでエオさんは日本語がわかるのだろう。
前に見たとき、驚いて聞いたものの、答えは俺のためにという簡潔な答えだった。
物知りのトムさんでもまだ理解できていない言葉なのに。
なんでこんなによくしてくれるのかは、未だにわからない。
それでも大いに助けられている。かけがえのない仲間……といってもいいのか。言ったらエオさんなら、喜んでくれそうだ。
光るマップを眺めて、ぼんやりと思う。
甲斐甲斐しくあれこれと浮かぶ情報に、俺は再び感謝をささげるばかりだった。




