【2】今日も今日とて私のために
両手の指先に力を籠め、中指と人差し指を曲げる。
その曲げた両指の第一関節をくっつけて親指の腹を合わせる。
「コォオオオ……」
呼吸は緩く。
絶え間なく吐き続けて、腹の底から力をふり絞る。
こんこんと湧き出でる水のような奔流。合わせた指と指の空間から放出させるイメージ。
「ふんぬっ!」
右足を下げて軽く曲げ、踏ん張る態勢。中腰になって衝撃に備える。
「届けっ! 愛! ラブ! 天根くん!!」
瞬間。
私の愛の光線は、ハートマークを形作った手先から飛び出し、空の彼方へ飛んで行った。
明るい空の向こうがちかっと瞬いて光線は消える。それを見届けて、私は額の汗をぬぐった。
そしておもむろに天根くん一行を覗く魔法を展開させる。
「はぁ……天根くん……」
マイフェイバリットラバー天根くん。
今日もとってもとってもとーっても素敵だ。
これまでも素敵だったのだからオールウェイズエブリデイ素晴らしいのはわかっていたけど、やっぱり素敵。さすが私の愛する人。
様子を覗き見たところ、私の愛の光線は無事に届いたみたいだ。
光球が天根くんの傍に行って、寝ぐせを直している。よしよし、今日の私の愛の魔法は絶好調である。
天根くんのキューティクルとツーブロックなマッシュヘアスタイルは、私が守ってみせる。我ながら今回もいい仕事をしてしまった。
私がこっちの世界に天根くんを追いかけて、しばらく。
修行の傍ら、どうしても天根くんのお役に立ちたい私は遠隔操作魔法を習熟させた。愛の力でできたので、私の成長は天根くんのおかげだ。間違いない。
だが、まだまだ天根くんと二人きりになるというのは難しい。
勇者一行というのはどこでも注目の的で、簡単に新参者とは面会できないようだった。
なので、怪しまれないようにどうにか接点をもとうと思って、行動に移したのだ。
天根くんたちは危ない目に遭うことも少なくない。咄嗟に気の塊を飛ばしたらなんとかなったのが始めだったっけ。
まあいい、そんなことより。
「んへへぇ……天根くんが今日も私を呼んでくれた」
遠隔魔法を飛ばして補助をすることをし始めてしばらく。
なんと、天根くんは私の存在を認識してくれた。
さらに付け加えると、愛称をつけてくれたのだ。
――その名も、エオ。
SOSの最初だけもじって、短く呼びやすいように、エオ。
異世界にきて、名前もあっちでの経歴も全部捨てちゃった私だけれど、なんて素敵な贈り物をもらってしまったのだろう。
「好き! 天根くん、いっぱい好き!」
気持ちが声にまで出てしまう。
でも平気。ここには私しかいない。
むしろこんな嬉しすぎる現状に、にやけもときめきもあふれ出るのは仕方ない。ならないほうがおかしい。
そして私が天根くんにキュンキュンどころかギュンギュンと好きの気持ちが高まるたびに、魔法の力もどんどこ出てくる。
遠隔魔法であんなことこんなことが出来て、天根くんに貢献できて、感謝されてもっと色んなことができる好循環。
いつのまにか半永久機関が完成してしまった。
おまけの余力で勇者の仲間である神官の男、ジュジェに腹いせをすることだって簡単だ。
なぜって?
「天根くんの友人ポジに運よく居られる上に、ところどころ女々しいムーブするんじゃないわよ!」
男だらけパーティーでも私は油断しない。
天根くんの良さが伝わることは喜ばしいが、私の恋の障害になりうる輩はいつだって監視対象である。
ジュジェ。
喉から手が出るほど羨ましいことをしてきた男。
転んで抱き留められることも、励まし励まされの夜の会話もした。さらには、天根くんの異世界初料理を最初に味見した男。
下手なヒロインよりもヒロインムーブをやってきた奴である。油断ならない。
もっとも、天根くんはもちろんジュジェにもそんな気がないとは理解している。
だけど! 羨ましいものは羨ましい。
あと普通に一言多いのも腹が立つ。
念入りに目を狙って害のない光線をあてておこう。ほほほ、もっと嫌がるといいわ。
「回復、回復さえ使えたら、私だって……!」
つもりにつもった私怨は深いのだ。
まあ、実力行使で排除なんてことはしないけども。
大多数のなかから選ばれて、勇者一行に加えさせられるくらい、ジュジェは若いながら優秀な回復役だ。
この世界で三本の指に入るくらいの実力だとか。
不足しているのは、実地知識や経験くらい。でもそれも、天根くんのこちらでの保護者たるトムディムお爺様がフォローしている。
なので、知識と経験のフォローが入った才能は、私も素直に認めざるを得ない。
ちなみにトムディムお爺様は、勇者一行の凄腕魔法使い。
修行を終えた暁には、こちらでのご家族代わりとしてご挨拶する予定の尊重すべき御方である。
回復魔法さえ使えたなら、天根くんとトムディムお爺様とご一緒できたのに。無念極まりない。
悲しいことに、私には回復魔法の才能がなかった。
生き物を回復させるには、人体の詳細な機能や位置、個々に合わせた調整がいるみたいなのだ。
愛に任せた魔法の力をぶっぱなすことが私の得意なことなのだけど、それだけじゃ回復はできないのである。
せいぜい天根くんを守る壁だとかバリアだとか先手必勝の攻撃だとかそういう感じの補助ができるくらい。
それに、どんなに修行をしたって、天根くんが出来る浄化も私にはできないようだった。力任せに消し飛ばしても根本の汚れが残ってるような感じ。
「ごめんね天根くん……! せいぜい、できることをするから」
天根くんの更なる役に立つためにも、もっと修行をして自分磨きをしなくては。
そうこうしているうちに、天根くんたちはいったん休憩をしてから買出しに行くことにしたらしい。
ふむふむ? みんなバラけるのか。
それならば、もちろん私は天根くんのためにすぐに行動しよう。
事前調査しておいた地図情報を気合を入れて送り込む。愛の力があれば、掛け声一つで離れた空中にマップ書き込みだってできるのだ。
『あっ、エオさん。ありがとう』
「いいえぇ! いくらでもするから!」
即座にされたお礼に、顔がにやけてしまう。言葉ひとつでここまで私をとろけさせるのは天根くんだけだ。
このまま天根くんにつきっきりでいたいのも事実だけども……問題がある。
現状、私の暫定ライバルとして上げるジュジェ。
この男、何故かヒロインポジションが陥るようなトラブルをよく誘発させるのだ。
気のりはまったくしないが、目を離したすきに何かに巻き込まれるかも。万が一、億が一、天根くんとのラブハプニングがおきてはたまったものではない。
「んー……ううぅぐうぅう!」
思い出すだけでも腹立たしい。
過去、天根くんだけを見守れればいいと無視したことがあった。まだ回復の大切さや、ジュジェの脅威を見誤っていたのだ。
あれはたしか、野盗に襲われてジュジェだけ追い込まれたとき。
ジュジェは危機一髪現れた天根くんに助けられた……だけでない!
怪我をしているからと気遣われ、挙げ句の果てには抱えられるという、羨ましすぎることをされていた。
許せるだろうか。
私はあのときの放っておいた私を許せない。怒りの魔法乱射も辞さなかった。
「ぐぎぎ……!」
そのときに、ついでに別に知りたくもない事情も学んだ。
色素の薄い中性的な美人は、男だらけの軍隊や戒律の厳しい組織では格好の餌食になりやすいみたいだ。
この世界でも女性が表立って戦闘に駆り出されることはあまりない。魔法があっても月のものがある限り現実は厳しい模様。まあ、精神面も作用するもの、納得。
従軍に娼婦は連れられることもあるみたいだけど、それでも激戦区ともなれば数は減る。
そうなったら、どこに欲が行くかといえば……まあそういうこと。
お察しの通り、ジュジェはそういう需要を満たすらしく、私が天根くんたちを見るようになってからも何度かそういったピンチを目撃した。
なお、天根くんはどうかというと、そういう目を向けた輩はもれなく私が闇討ちしてきているので、今のところ大丈夫だ。
「なにかあったら回復役が抜ける……ひいては天根くんが迷惑を被る……あと天根くんが察知して奴のピンチを助けてしまう……だめだ、なんとかしないと」
天根くんのためとはいえ、一時でも天根くんから目をそらすなんて気乗りしない。
しかしそうは言っていられないので、自分に言い聞かせるためにあえて口に出す。
ひとまず天根くんが食事を終わるのを見守ってから、私も立ち上がった。
周囲の森の、そのなかから細めの木を適当に見つける。
それから、ハートマークを指先で作って魔法を飛ばして幹ごと折る。
幹を持ち上げて、軽く助走をつける。
「……シッ」
上空斜めにあたりをつけて投げ飛ばす。魔法の力をのせた木は、空中に浮かんでキラキラと光る。
よおし。あとは、私が乗るだけ。
愛の力さえあれば、木の幹にのって空を飛ぶことだってできるのだ。魔女だもの。
「目標、天根くんのいる町の目立たないところ!」
声に出せば、すいすいと空を泳いで幹が進む。
臨時魔女の箒だ。箒というよりほぼまるごと木だけども、細かいことは気にしない。
今日も愛のため、えんやこらとがんばるのだ。
ぽん、と幹を手のひらで叩けば、ぐんぐんスピードが出る。調子に乗りすぎると発火するので、程ほどがポイントである。
*
ややもすれば、陰気な雰囲気の町が見えた。
そして、案の定。
私が到着したときには、かなり強引なナンパにあっていたジュジェを発見した。
なにをどうやったら、神聖でゴージャスな教会の広間で明らかに違法な薬使って神官掴まえようとするのだ。
天窓からやってきたはいいものの、あまりの様子にちょっと戸惑ってしまったじゃないの。
もうちょっと遅く、かつ、ジュジェの力が及ばなかったら目も当てられない光景になっていた。
まったく。
こんな場面を天根くんが見て、心を痛めるなどあってはならない。
魔法でちょちょいのちょいと、後光を背負って、全身発光させつつ上から降臨して適当に声をかけておこう。
「おやめなさい……かようなことはおやめなさい……」
エコーもかけて、なんか厳かに聞こえる鐘も鳴らしておくか。
あとは余計なことを言わずに、下手人へ手を向けて魔法をぽいっとな。
「み゜っ」
おっと勢いが強すぎた。
下手人が聞いたことのない悲鳴を上げちゃった。
天根くんに早く合流したい気持ちが、つい飛び出てしまった。いけないいいけない。
私なりの浄化光線(仮)が下手人たちを焼き切る前に適当に切り上げる。軽い電気ショックで放心してしまったけど、まあ、悪は滅びるのが必定ということでいいだろう。
よーし、この町まで来たから、ちょっと天根くんに近づいて様子を見てこーよう!
あっなんかドキドキしてきた。
「あ、なん、おまえ」
ジュジェがなんか言って見上げている。
この男に構っている暇はない。時は金なり。一瞬の天根くんの輝きも見逃せない。
まあ、場を取り繕うために適当に言ってやってもいいか。
ここは教会……。
それなら、私が聖句を適当にこさえてもいいのでは。天音くんを持ち上げる的な言葉とか。
ついでに万民が天根くんを讃え敬ってくれるかもしれない。悪くない。
そうと決まれば、両手を組んで慈愛たっぷりに言っておこう。
「万事恙なく天根由」
盛大に鐘でもならそう。光も舞わせて、ミラーボールみたいなパリピ空間になったけれどまあよし!
上空に飛び上がって、私は勢いよく町外へ向かった。急がねば。私には天根くんに近づいて様子を見ると言う大事な使命がある。
待ってて天根くん! あなたのエオが今行きます!
浮き立つ気持ちで、文字通り空を浮かび蹴って進む。
愛の力さえあれば、短距離なら空も飛べる。これもまた天根くんの御業よ。
やがて見つけた愛しの天根くんの背中。
ああ、目にするだけでとても満たされた気持ちになる。
良いことしたし、近くで天根くんもみれるし、今日は素晴らしい日だわ。間違いない。
真剣な瞳で食料を選ぶ天根くんに、これがおすすめだよ、と魔法で光の文字を作る。
私の魔法に気づいた天根くんが、空を見上げてからあたりを見回して、ふにゃっと笑ってくれる。
それだけで、やっぱりどんどん力が湧いてくる。
やっぱり天根くんは私の聖域だ。改めてそう確信するのだった。