伝えたい言葉
時は少し遡り。
セルジュとモートンにあとを任せてアリアを追うリーたちは、昨日降りてきたばかりの山の麓を西へと進んでいた。
緩い傾斜には自然に任せたにしては整然と木々が並んでいた跡がある。山林が多い地域では林業組合が舵を取り計画的に伐採を行っているというが、この付近はごっそりと木が切られ、切り株が続く見晴らしのいい景色となっていた。
アリアの気配はこのもう少し先を山中に入ったところで止まった。地図と見比べたところ、どうやらラジャートという村があるらしい。
継続できる限りの早さを保ち、夜目の利くフェイに先導してもらいながら先を急いでいたのだが。
切り株地帯から山中へ入って暫く。
「待ってろって言ったのに……!」
突然移動を始めたアリアの気配にそう声を洩らし、リーはフェイを急かして歩調を上げる。しかしすぐに、今度はフェイが眉を顰めた。
「龍に戻ったな」
聞こえた言葉に慌ててフェイに駆け寄ると、魔力の流れが変わったのだと言われる。
「ユーディラルだ。アリアと離れた」
「それって……」
何かあったのだとしか思えない状況。
気持ちは焦るが、できることはひとつしかない。
「急ぐぞ!」
変わらずこちらへ向かうアリアの気配に向かって、リーは走り出した。
皆がちゃんとついてきているかを気にしながら、アリアは木々の間を進んでいた。
一番幼い男の子は、ほかの子どもたちが代わる代わる手を引いたり抱えたりしてくれていた。殿を務めてくれた男の子が一瞬足を止めたことには気付いていたが、その子も自分も何も言わなかった。
ライルがあの場に残ったことも、龍へと戻ったこともわかってはいたが、同時に自分が何をすべきなのかも知っていた。
振り返ることも立ち止まることもできず、アリアはただリーの下へとひた走る。
ユーディラルは無事だとわかっている。
このまま行けばもうすぐリーに会えることもわかっている。
心配することなど何もない。自分はただまっすぐにリーを目指すだけだ。
自分たちを逃がすために残ってくれた兄の代わりに、自分が子どもたちを守るのだと。それだけを思い、アリアは進む。
走るといっても子どもの足、灯りすらない中、しかも疲れ果てた子どもたちを気遣ってのもの、そうそう早いものではない。
リーもこちらの動きに気付いてくれたのだろう、明らかに進む早さが増した。
もう、すぐそこにリーがいる。
龍に戻って飛んでいきたいくらいの気持ちで、しかしそれでも子どもたちに早さを合わせ、アリアは緩い傾斜を下っていく。
もうすぐ。
もうすぐ、そこに――。
木々の向こう、揺れる光が目に入った。
「アリアっ!!」
今まで見たことがないくらい心配そうな顔をして、息を切らせたその姿。
会いたかった、己の片割れ。
見えた姿を、聞こえた声を、疑う必要などない。
名を呼びたくて口を開くが、声が出ない。
代わりに溢れる涙のままに、アリアはリーに飛びついた。
姿のわりに軽いその身体を抱き止め、リーはそのまま強く抱きしめる。
「無事でよかった」
自然と零れた呟きに応えるように、アリアがぎゅうっとしがみつく。
頑張らないと。しっかりしないと。そんなアリアの気持ちの奥底にずっとあった不安をリーは感じ取っていた。
ライルと離れてから増していくそれに、気付いていた。
だからこそ。
「頑張ったな」
言わなければいけないことも、言いたいことも、本当はたくさんあるのだが。
今は無事を喜び、苦労を労い。
「ソリッドも無事だから。あとは俺に任せろ」
もう大丈夫だと、伝えたかった。
涙が止まらなかった。
胸の中がぐちゃぐちゃだった。
何も言葉にできないから、アリアはただリーにしがみつく。
何でもできると信じていた己の愚かさも。
何もできなかった己の無力さも。
崩折れるだけだった己の弱さも。
ただ涙となって流れていく。
ごめんなさい。
ありがとう。
そんな己を支え守ってくれた片割れに、伝えたい言葉はいくらでもあるのに。
どうしても言葉にできなくて、ただその温かさに身を寄せる。
いつになく強い腕の力と優しく力強いその声音に、心配をかけていたことがひしひしと伝わり。
加えてソリッドの無事を知らされて。
嬉しくも申し訳なく、また涙の量が増した。
アリアのうしろからついてきた子どもたちが次々と足を止めた。
今まで気丈に振る舞ってきたアリアの変わり様に戸惑いを見せながらも、その警戒のない様子にじわじわと安堵が広がっていく。
へたり込む子どもたちに気付き、リーはアリアに声をかけてその身体を降ろした。
涙を拭ったアリアが、精一杯の笑みを浮かべて振り返る。
「皆。もう大丈夫だよ」
「俺はリー。アリアの知り合いの請負人だ。保安員と一緒に皆を探してたんだ」
保安員という言葉が出たことに子どもたちの表情が明るくなる。そんな中、ひとりだけはっと顔色を変えた。
「ライルがまだっ」
ずっとうしろを気にしていた男の子が声を上げた。不安気なその顔に、わかっていると頷いて。
「俺が行く。保安員がこっちに向かってくれてるから、ここでフェイ……こいつと待っててくれるか?」
ずっとリーとともに子どもたちを追っていたフェイ。さすがにここで妙なことを言いはせずに、ただ任せろと頷いてくれた。
「アリアも。もう少し頑張れるな?」
「うん。大丈夫」
少しは落ち着いたらしく、見上げるアリアの表情に先程までの揺らぎはなく。しっかりと応えてくれたアリアの頭を撫で、フェイにいくつか指示を出したあと、リーはラジャートへ向かった。
リーを見送ったアリアが吐息をつき、フェイを見上げた。
「ありがとう、フェイ」
龍すべてに伝わると知りつつ、それでも自分たちだけへの言葉を伝えてくれたフェイ。あの時フェイが声をかけてくれなければ、自分は立ち直ることができなかった。
「ごめんね……」
「気にするな。それより手伝ってくれ」
子どもたちを休ませるための準備をすることを頼まれているフェイは、置いていったリーの荷物から食料や野営道具を取り出し始める。
全く気にした様子もないフェイを嬉しそうに見返してから、アリアは子どもたちのところへと駆け寄った。
ひとりずつ様子を見るが、安心したせいもあるのだろう、張り詰めていたものが緩み始めた代わりに疲労の色が濃くなってきた。
フェイと一緒に十分ではないものの休める場所を整える。
そんな中、いつも自分たちを気遣ってくれていたあの男の子が何か言いたげに自分を見ていることに気付いた。
「レックス、どうしたの?」
近寄り尋ねると、レックスはうん、と小さく頷く。
レックスが何を気にして何を言おうとしているのか、アリアにもわかっていた。
「……アリアは……」
見つめる瞳の奥に迷いは見えるものの、こちらへ向けられる感情は初めと何ら変化はない。
害意はもちろん、恐怖もなく。感じるのはただ心配と感謝。
「……なんでもない。手伝うよ」
言おうとした言葉ではなかったのであろうが、それでも笑ってそう言ってくれたレックスに、アリアは微笑む。
「ありがとう」
返された言葉に笑ってから、レックスは吹っ切るように息をついた。
「ライル、大丈夫かな……」
「リーが行ってくれたから大丈夫だよ!」
これだけは自信を持って答えてから、アリアはレックスとともに野営の準備を進めるフェイの下へと戻った。




