龍にできることと請負人にできること
がくりとその場に崩折れてうずくまるシエスタ。その下に小さな血溜まりができつつある。
「シエスタさんっ!」
周りの男たちが青ざめ駆け寄った。
ユーディラルの牽制弾の軌道上に、予想以上に踏み込んだシエスタの足が重なった。
足首の少し上を貫通した水弾はほんの小さなものではあるが。
呻き声を洩らすシエスタの足から滴る赤を、ユーディラルは呆然と見ていた。
ここに連れてこられる前に、一度は人を犠牲にする覚悟もしていたはずなのに。
これ以上のものを、背負う覚悟をしたはずなのに。
それでも目の前の光景に心が揺らぐ。
一度難を逃れたからか。
今そのつもりはなかったからか。
――自分の覚悟が甘かったからか。
男たちに止血をされながらも、シエスタは顔を上げて自分を睨みつけている。その瞳に浮かぶのは変わらぬ憎悪。
パタタッとユーディラルの周りの水弾が地に落ちていく。
こちらを見るシエスタ。人であるはずのその姿は生み出される影に呑まれ染まり、周りの男たちまでその触手を伸ばすように絡め取る。
それはただひとりから生み出された悪意であるはずだった。
それは自分たちに比べれば脆弱な人であるはずだった。
伸びゆく悪意がひたりと体に触れる。
自分は今。
一体何と向き合っているのだろうか――。
助けを求めるように周りを意識したところで、ユーディラルはようやくアリアとフェイが一緒にいることに気がついた。
そして同時に、こちらへ来るリーの気配も。
それが何を意味するのか。
(よかった……!!)
理解したユーディラルは全身から力が抜けそうなほどの安堵とともに、どうにか己を立て直す。
アリアと子どもたちがフェイの下にいるならば、もう何も心配することはない。足止めの役目は果たしたのだから、あとはここを去ればいいだけなのだが。
気取られぬよう深く息を吐き、ユーディラルは改めてシエスタたちを見据える。
目の前にいる、人であるはずのもの。
悪意を生み、周りを絡め染めていくもの。
絡むそれを取り込み、己の影へとしたもの。
取り巻く影に染まり、身を堕としたもの。
目の前にあるのは、この先も広がる連鎖。
今のこんな自分にも、まだ、できることがある。
――逃げ出したい気持ちが、ないわけではないが。
それでも、と、纏う水から再び水弾を生成する。ほんの数滴の大きさのそれと、子どもの掌程の塊と。ランタンの灯りを映し込み、ゆらり揺らめく。
自分よりもその身は弱く儚い人の子たちがあれほど健気に立ち続けたのだ。
せめてもの労いに、彼らの強さに応えたい。
自分の強さはただ単なる体の強さ。傷つけられることがないという、ただそれだけのものだけれど。
思い知った己の弱さを嘆くのはあとでいい。
今はただ、目の前の連鎖を断ち切るために――。
ラジャート村へ駆け込んだリーが見たものは、足を怪我した若い女とその傍らに立ち尽くす九人の男たち、そして村の住人だろう、生気なくへたり込む数人の中年の男の姿だった。
人々を囲むように地面には無数の小さな穴が空き、背後には一部崩れた家が見えた。
何かが暴れたようなその場にユーディラルの姿はない。
突然現れたリーに、シエスタと男たちが我に返った。肩越しに見える剣の柄に一瞬身構える。
「請負人だ。何があった?」
制服姿ではないが、保安員かと思っていたのだろう。先に口を開いたリーに、シエスタたちの警戒が少し解けた。
「ちょうどよかった! さっきまでここで龍が暴れてて!」
座ったままのシエスタが血の滲む布が巻かれた己の足に手を添える。怯えるように少し瞳を伏せてから、ぱっと顔を上げて上目遣いにリーを見つめた。
「私も襲われて……。それに行方がわからない人が――」
「龍は理由なく人を襲ったりしないし、もちろん食ったりもしない」
己の容姿をよくわかっていてのシエスタの行動を冷ややかな目で見下ろして、リーがきっぱり言い切る。
「お前らがそうされるだけのことをしたってだけだ」
「そんなこと!」
「悪いけど。茶番に付き合うつもりはねぇよ」
続く言葉を口にされる前に、リーは強い口調で終わりを告げる。
子どもたちを拐った者の顔を自分は知らない。
しかし、ユーディラルに何かされたというのなら、自分にとっては何よりも明らかな証拠となる。
取り付く島のないリーの返答に、シエスタが表情を変えた。媚びるような笑みを消してキッと睨み上げる。
「請負人は魔物を殺すのが仕事でしょう!!」
「少なくともこっちにまともな理由があればな」
たじろぎもせずそれを見返し、吐き捨てるリー。
「子どもを拐うとか。騙して引きずり込んどいて挙げ句に邪魔になりゃ殺そうとするとか。まともな理由なわけねぇだろ」
シエスタ以外の者たちに奔る動揺に、ここにいる全員が関わっているのだと確信する。
望んでの行動か、やむを得ずか。それは自分には関係ない。
「俺にはお前らの方がよっぽど魔物に見える」
追い詰められていたアリアの様子。怪我を負わされ殺されかけたソリッド。憔悴しきった子どもたち。『暴れた』ユーディラル。
正直、腹に据えかねていた。
「何を――」
シエスタの言葉の途中でリーが男たちに突っ込んだ。向かって右手、四人固まる中へと飛び込み、右前側のひとりを裏拳で外側へと飛ばし、左側のひとりは胸ぐらを引いて体勢を崩させ、無防備に晒されたうしろ首を打つ。空いた右手でそのままうしろのひとりの喉元を掴んで足を払い背中から勢いよく地面に叩きつけ、屈みがてら最後のひとりの腹部に拳を入れる。
一対九。ひとりひとりに負けるつもりはないが、全員に一度に囲まれることは避けたかった。
なので不意をつき、数を減らす。
最初に飛ばしたひとりは起き上がってくるだろうが、あとの三人は落とした。
次いでシエスタのうしろにいた男をほかの男に向けて蹴り飛ばす。ぶつかられてよろけるひとりの頬を殴り、返す手でも一撃を加えたところへ最初に飛ばした男がうしろから殴りかかってきたので、身を躱しながら背後へ回り、その背を蹴ってまた男たちへと突っ込ませた。
ばらけたところを端のひとりの腕を掴み、引き寄せながら腹を打ち、屈んだ頭を押さえて手前へと引き倒す。
半数以上をあっさり落とされたところで、男たちは一旦距離を取った。動けないシエスタを真ん中に挟んでこちらを窺うその様子に対し、構えもせず突っ立つリーはわざとらしく息をついた。
「あぁ、さっき言ったの訂正しとく。魔物だったらもう少し手応えあるな」
「っの……!!」
安い挑発に乗って殴りかかってきた男の腕を払い、身体が開いた瞬間腹へと右拳を入れた。
くぐもった呻き声とともに膝をついた男の横を抜け、残る三人に突っ込む。
胸元を取ろうと伸ばされた手。その手首を掴み下へと引きながら腹部に膝を入れる。その手を男ごとうしろへ投げ捨てる間に別の男に肩を掴まれたが、外側へと腕を払って振り解き、反対からの拳をもう一方の手で止める。足を引き思い切り腹を蹴り、吹っ飛ばされた男について前へと抜けた。
両手が塞がっているうちにと思ったのだろう、ななめうしろからの拳を避けながら足を払うためにしゃがみかけたが、背に突っかかるものを感じて前傾で体勢を落とす。
抜く気はないのだからフェイに預けてくるべきだったと今更ちらりと思いながら、リーはそのまま男の足を払わず横から蹴り抜いた。倒れ込んでくる男を避けうしろ首に手を当てそのまま地面へと勢いをつけてやる。
僅かに身体が跳ね上がってから、最後の男が倒れ伏した。
暫く待ち、全員が起き上がってこないことを確かめてから、リーはシエスタの前に立つ。
さすがに顔色を変えたシエスタがリーを見上げた。
「……あ……」
「殴られたくなきゃ黙ってろ」
男たちを見るよりも冷めた目で見下ろし、そう告げてから。
へたり込んだままの住人たちにも動かぬように言い、リーは深く息をついた。
おまけの没案。
「龍は理由なく人を襲ったりしないし、もちろん食ったりもしない」
(誰かさんには問答無用で攻撃されたけどな…)
言いつつ浮かんだ姿を追い払い、リーは冷めた目でシエスタを見下ろした。
内心では絶対に思っていたでしょうけど。流れが悪くなるので書くのはやめました。




