八つ星冒険者 (side イルニカ)
「……いない?」
「はい、申し訳御座いません! 只今、収納持ちが出払っておりまして!」
困った。
困ったが、居ないものは仕方ない。
目の前で必死に頭を下げるギルド職員は別に悪くないのだから頭は下げなくていい。
「……いい。貴方は悪くない」
「いえ! イルニカ様の御要望にお応えするのはギルドとしても当然ですので!」
こういうのが私は嫌いだ。
私は確かに冒険者としてはそこそこ成功しているが、一冒険者なのだから、ギルドが贔屓をすると言うのが酷く鬱陶しい。
思わず疲れたため息を漏らしそうになって、それを飲み込む。
私がため息を吐くと機嫌を損ねたと勘違いする風潮はどうにかならないものか。
「ちなみに、ですが、猶予はいかほどでしょうか?」
「竜種はそうそう腐りはしない。けれど、他の魔物がそれを放置する訳はない。早い方がいい。が、居ないものは仕方ない。持ち切れない分は諦める」
「そんな……あ」
「ん?」
「そこの冒険者! こちらに来なさい!」
「……僕ですか?」
「そうだ! 早く!」
職員の男が入ってきた子供の冒険者を呼び寄せた。
嫌な予感しかしない。
呼びつけられているにも関わらず、嫌な顔もせずに寄ってきた子供を見て目眩を覚えた。
空気が読めないにも程がある。
どう見ても厄介事なのにそれを分かっていないのか。
「キミ、確か貴族の落ちこぼれだろう? その割にポーター適正はあるらしいじゃないか! 新人にとってはこれは願ってもない事だよ! 世界にその人ありと謳われたイルニカ様のポーターを務めなさい。今すぐだ」
「えっと……」
「断り───」
「まさか、断りはしないだろう? 大丈夫、危険なことなどありはしない! ちょっと荷物持ちをするだけでいい稼ぎになる!」
私の声を遮って話をする職員に苛立ちを覚えた。
コイツは竜種の素材が欲しいだけだと。
あの気弱な様子では断り切れずに受けてしまうだろうが、仕方ない。
私の荷物持ちをしたと言うことにしてサッサと終わらせよう。
「すみません。拘束時間はどのくらいでしょうか?」
「は? キミはまさか断ろうと言うのか!?」
「僕にも予定があるので、何日もかかるようだと困ります」
「そんな予定よりも大事なことなんだよ! 分かるだろう!?」
「ええっと……」
「信用を失う事が冒険者にとって大事なことでない理由がない。職員のしていい発言には思えない」
「ぐっ……しかし、物事には優先すべきこともあるのです!」
「一度だけ。それだけ」
「………………分かり、ました……。チッ、キミ、イルニカ様が一度と仰せだ。荷物持ち頑張りたまえよ!」
「はぁ……済まない。拘束時間はさほど必要ないから一度だけキミの手を借りていいかな」
「それなら、はい」
困ったように笑うその子に手を差し出して、軽く握手をする。
それから、憤懣やるかたないといった表情をするギルド職員に釘をさしておく。
「この事はキチンと報告させて頂く」
「えぇ! そこの生意気な冒険者にはギルドとして正式に評価させて頂きます!」
「勘違いするな。お前だ」
「……は?」
「冒険者はギルドの飼い犬ではない。それを理解しない職員は冒険者を使い潰す。八つ星冒険者の一人として許容出来ない。沙汰を待て」
「そんな……!? 私は! ギルドの為を思って……!」
「───サイレントギアス」
「──っ! ───っ!?」
「そこの職員」
「ひゃい!」
「この男を八つ星冒険者が一人、イルニカの名において処罰対象とした。対処は任せる」
「ひゃい! かしこまりましたぁっ!」
まぁこれで大丈夫だろう。
ピンクヘアの緊張感のなさそうな職員だが、仮にもギルド職員であるなら、問題はないと頷き一つをして、それから少年を手招きする。
「行こう」
「は、はい」
一般解放されていないエリアを先導し、地下に降りて、さほど広くない個室に招けば、おっかなびっくりとした様子で入ってきた。
椅子を勧めて私も座る。
「とって食いはしない。少しだけ説明をさせて欲しい」
「はい……えっと、イルニカ、さん?」
「あぁ、そうだ。私はイルニカ。八つ星の冒険者だ。今回は巻き込んでしまって済まない」
「僕は一つ星冒険者のユウトです。いえ、その、ちょっとまだ混乱しててよく分かってないんですけど、イルニカさんの荷物持ちのお手伝い、ですか?」
「そういうことになっているが、ユウトは収納系の恩恵は持っているか?」
「あ、はい。【収納棚】があります」
「そうか……それなら、多少は役に立てる、か」
容量にもよるが、手に持てるだけということもないのであれば多少の詫びにはなるだろう。
なので、このユウトという少年に私の置かれている状況を説明していく。
聞いた上で断っても構わないと。
私は、山岳地帯であるダハルオッドで、ある希少な薬草を探していた。
依頼であるからユウトには詳しくは言えないが、面倒な依頼ではあった。
その過程で、山岳竜に遭遇して倒したまでは良かったが、生憎と私はソロなので、すぐに持ち帰れない。
早い方がいいと座標を記録して、転移して戻ってきたが、ポーターが居なくて困っていた。
私が何度も足を運べるなら良かったのだが、私にはそれほどの魔力は残ってない。
後一往復もすれば疲れきってしまうだろう。
なので、一度だけで終わりにすると言った。
「えっと、危なくはないんですよね?」
「派手に暴れたから暫くは問題ない」
「……質問良いですか?」
「あぁ、構わない」
「僕は【座標転移陣】があるんですけど、これは使えないですか?」
これは驚いた!
しかし、ダメだ。
「座標転移陣にはいくつもの制約があるのは知っているか?」
「えっと、一人だけでしか使えないのと、どこにでも行けるわけじゃない事、ですか?」
「そう。今回はユウトを私が担いで行くから、まぁルールのスキをついてって感じだけど行ける。問題は二つ目と三つ目の制約」
「三つ目?」
「そう。まず、二つ目。指定座標は、あらかじめ決めていなければいけない。このあらかじめ、は他の転移では更新されない。つまり、自分で行った場所しか指定できない」
「えっと、イルニカさんに連れてってもらっても指定できないから僕は使えないってことですね」
「そうなる。そして三つ目。帰還地点以外の転移座標は使い切り、かつ、再設定には丸一日かかる」
「つまり、向こうで一日待たないといけなくなると」
「もしくは、こちらで魔力の回復を待つか、だが、そうすれば他の厄介なものが集まってきてしまう。だから、出来るだけ早めに一度だけで運べるだけ運ぶ。一日の猶予を魔物の生息地に与えれば危険極まりないからな」
「………………」
「どうする。今であれば危険はないと思うが、絶対ではない」
どうする、と問いかけはしたが、瞳を輝かせて飛び込むような奴ならここまで話してはいない。
先程も予想に反して職員に質問をしたことからも理知的ではある。
今の感じであれば半々よりはこちらに傾いていると見て良いだろうか。
それとも緊急避難の術が使えないとなればしり込みしてしまうだろうか。
「時間はどのくらいですか?」
「さほどかからない。希少な部位を優先的に切り取ってくるだけだからな。すべて解体するなら3時間は欲しいところだが、1時間かかるかどうかと見ている」
「僕は一つ星なんですけど、それでも大丈夫ですか?」
「構わない。回収ポーターだからな。その代わり手取りは一割と少ない。モノがモノだけにそこまで酷い稼ぎにはならないが」
ふむ、と少し考えている様子のユウトを見て、不思議な子だと思う。
冒険者をしているなら、自慢ではないが私の名前くらいは聞いた事があるだろうに、特に反応はしない。
いやこれは、私の驕りだろうか。
そして、竜種と聞いても、見てみたいとせがむでもないし、恐ろしいとしり込みするでもない。
多少興味はあるようで瞳を煌めかせはしたが、それで邪魔をしてしまわないかを考えたように見えた。
山岳竜なのがいけなかっただろうか。
見た目は確かに大きなトカゲみたいなものだから。
この際、収納系の恩恵があり、盗み出してやろうと考えていないなら誰でも良かったと思い引っ張ってきたのが不味かったろうか。
「危ないことは、その、ないんですよね?」
「あぁ。万が一があっても山岳竜以上に危険な種はいないから問題ない。山岳竜は群れないから他の山岳竜と鉢合わせる心配も要らない。それに今は相棒が見張っててくれているからな」
「相棒?」
「狼のな。狼のくせに臆病で狩りの一つも満足にこなせないが図体はデカくてな、威圧感だけは一人前だ」
「……分かりました。よろしくお願いします」
「いいのか? 私は助かるが、無理はしなくていいぞ?」
「いえ、実は僕もお金は必要ですし。それに外を見るいい機会だと思いますから」
貴族なのだったか。
それで経験を積みたいと。
金が必要とは、あまり家は裕福では無いのだろうか。
その割には仕立ては良いが、いや、詮索するものではないな。
握手を一つして奥の部屋に入る。
「……何もないんですね」
「一人が飛ぶだけの部屋だからな。どこからでもいいのだが、座標は一応秘匿情報にあたる」
さあこいと招いて小脇に抱えて指定座標を諳んじる。
先程、秘匿情報と言ったからか両手で耳を抑えて聞かないようにしているのに微笑ましいものを感じながら座標の指定を完了する。
「指定(46286456122482434)アクセスポイント……クリア、行くぞ」
「…………」
「ふふ、【座標転移陣】ポータルアクティベート」
私を囲うようにくるりと光る線が螺旋を描いて現れ、私達の周りを踊るようにくるりくるりと廻る。
キラキラとした光の粒を足元に零しながらほうき星のように尾を引いて廻る。
そしてその光にごっそりと私の魔力が吸われる馴染んだ感覚に辟易としながら、十分に吸われたことを確認して、足元に散らばった光の欠片を爪先でタン! と踏みつければ、光は弾けて、そして次の瞬間には、峻険な山々に囲まれたダハルオッドの地に足をつけていた。
「ユウト、着いたぞ」
「…………」
「ユウト?」
「…………」
どうやら目もつぶっていて気づいてもいないらしい。
しかしこのまま放すわけにもいかないと、頭をポンを軽く叩けば、ようやく顔を上げて、感嘆のため息をついた。
ごろりとした大きな岩がそこかしこにある緑の少ないダハルオッド。
私にとってはただ殺伐とした寂寥感すら感じる山地ではあるが、ユウトにはどう映っていることか。
自らの足で立ってもらい、私も改めて周囲を目でも確認する。
山岳竜の遺骸がある他は、特に何も動くものはない。
何もいなかった、何故か。
「あの……相棒さんは……」
「言うな」
何故かなんて分かりきってて情けなくなるが仕方ない。
「ウーフ!」
「クゥ〜……」
咎めるような響きを乗せて声をあげれば、岩の積み重なった中から申し訳なさそうな相棒の声がする。
そして、のそりと出てきた相棒は私の隣にいる子供に毛を逆立てると、尻尾を股の間に挟みながら、こそこそと私の後ろに隠れた。
相棒の巨体は全く隠れていないが。
「ワフ……」
「ワフ、じゃない。お前はいつになったら挨拶の一つも出来るようになるのかね、全く。狼の血が泣くぞ?」
ポンポンと頭を叩いて見張りを労いつつ、グリグリと私の左手に頭を擦り付ける相棒に仕方ないとため息をつく。
じっとその灰色の瞳を見れば言いたいことは分かる。
「送還……するか?」
「ワフ!」
早く引きこもりたいと瞳を煌めかせる相棒にやれやれと思いながら左手のバングルについたダイアルをカチリと回せば、相棒は尻尾を振りながらスゥと消えていった。
きっとすぐにでも寝床に引きこもって寝るのだろう。
狼とはなんなのかと思った。
「さて仕事をしようか」
「あ、はい……」
「すまないが、時間もあまりない。質問疑問は受け付けていない。分かるね?」
「わ、分かりました」
素直ないい子は好きだよ私は。
私はシャイニング〜シリーズとかのカッコイイ狼好きですけどね!
あれはライカンスロープ的なアレですけど。
二つ星や三つ星はいないのにガンガンインフレしていく冒険者ランクですが、そろそろそこら辺にもスポット当てたいところですね。