命の涙
次の日、里美をいつもの様に仕事に送って行った。ここ最近は洗濯物や掃除とか、時間がある私が率先してやる様にしている。私が里美に恩返し出来る事はこれぐらいしかないから。いつもの様にお昼ご飯を温めて食べようと思った時に、携帯がなった。登録していない番号だった。何だろう?もしかしたら求人の折り返しかな?と思い一息つき、電話に出た。私は「もしもし、北沢ですが」と出ると「もしもし、優希くん?里美の母です。里美がさっき職場で倒れて病院に運ばれたの。すぐ行ける?私達もすぐ行くから」と言われた。私は頭が真っ白になった。とにかく病院の住所を聞いて急いで向かった。
何があったのか、とにかく無事でいてほしいその事だけ祈り続けていた。
病院に着くとお父さんとお母さんが病室の前にいた。私は無言のお父さんとお母さんを横に病室に入った。
そのには里美が笑顔で「パパごめんね。ちょっとお腹痛くなってそのまま、立てなくなって。」とベッドの上から話した。私は「よかった。無事で。よかった。心配したよ。よかった。」とほっとして言葉をかえた。しかし、里美はにこにこしながら急に涙を流した。声を震えながら、一生懸命声を出そうとしていた。私は「どうした?」と聞いた。するとした里美は「ご、ごめん、ごめんね。本当にごめん…さない。あ…赤ちゃん、お腹の赤ちゃん、流産しちゃった。」そのまま里美はベッドのシーツを強く握りしめ、たくさんの涙が溢れていた。私は里美に何も言えないまま、ただ拳を強く握りしめていた。
しばらく声をかけれないでいた私を見て里美は「みんなにいっぱい迷惑かけちゃったね。私なんかが子供授かるなんて駄目なんだよね。ごめん。パパ。ごめんね」と最後のごめんねの時にお腹に向かって謝っていた。里美は「産んであげられなくてごめんね。」と語りかけていた。
その日は病院での処置も終わり、里美に命の危険は特にないとの為、退院した。帰りの車の中で里美は私に、赤ちゃんのエコー写真を見せてくれた。「この子、男の子だったかな?女の子だったかな?」と里美は聞いてきた。私は「なんか男の子な気がする。なんかね」となぜその時は男の子だった言ったのかは理由はわからなかった。でも、前に里美が赤ちゃんのよだれ掛けを見ている時、象さんのよだれ掛けを見ていた時にお腹が動いたと聞いたのを何となく思い出したからだった。
梨花を迎えに行った。梨花は元気に先生にさようならをしていた。梨花は今日、里美の実家でクリスマスパーティーをやるのを楽しみにしていた。
一度家に戻り服を着替えて、里美の実家に向かった。その日は梨花がメインで楽しくパーティーをした。里美はいつもの笑顔でいたが、誰よりも辛かったはずだ。
もう年末になり、結局仕事が見つからないまま年を終えてしまった。現実的に、とてもまずい状況だった。借金は増えていた。払えない分は父に何とか理由を作っては借りていた。父は少し不満そうだったが、私がつい強く言い返してしまう為、父も黙ってお金を振り込んでいた。そして銀行からお金を引き出すたびに何をやってるんだ。いい歳こいてと思っていた。
里美は職場である事が問題になっていた。それはこの前の流産だった。職場には結婚相手がいる事や、お腹に子供がいる事を隠していた。入社する際にシングルマザーだから、お金が必要と言ってなるべく仕事を多くやり、土日も休みを極力もらっていた。だが、結婚相手がいるなら話が変わってしまう。
結局、里美は施設の一番偉い運営している女社長から叱られる事になった。ただ叱られるならまだしも、どうやらシングルマザーの貴方が中途半端に妊娠して、流産。迷惑な話だと言われたらしい。その他でも色々と言われたくない事や家族の事を言われたらしい。職場でも一気に空気は悪くなったそうだ。
それを私は里美から聞いた。その頃からだった。里美の人格が変わってしまったのは。里美は死んだ様な目で「怖い」と口癖になっていた。仕事に行こうとすると震えが止まらず、動けなくなっていた。施設での出来事が色々な形で里美の心を壊してしまったんだと思った。私は里美をギュッと抱きしめ「もう、仕事辞めていいよ。少し休もう。」と言った。里美は「ごめんなさい。」と私の胸で下向き謝り泣いていた。
里美から仕事を辞めたいと親には話せないでいたので、私はお母さんに連絡をした。するとお母さんはすぐにそんな職場辞めなさいと言ってくれた。
里美の退職手続きは里美のお母さんと私で行った。里美はもう施設に顔を出したくないと拒絶していたからだ。里美の勤め先に行く前、私と里美のお母さんに、里美は何度も頭を下げていた。
退職の手続きに話を聞いていた女社長がきた。今回の件について、妊娠中だった事を知らせなかった事について向こう側は少し怒っている様子だった。それについて、私と里美のお母さんは頭を下げた。向こうもそれ以上は何も言わず、退職届けを出し、里美の荷物を受け取りその場を後にした。
私は早く里美が元気になってほしいと願った。
その日の夜だった。里美のお父さんから里美に連絡があった。すぐに家に来なさいとの事だった。私達はその日すぐ里美の実家に向かった。
家に着いてお母さんに家の中に入るように言われたが、昼間のお母さんとは様子が違ったのだった。リビングには厳しい表情で座っているお父さんがいた。お父さんは「わりいな。遅くに呼び出して。とりあえず、座ってくれ。」と言った。私達は座った。梨花はお母さんと他の部屋に行った。しばらくして、お父さんが静かに「里美、仕事辞めたんだな。さっき聞いたぞ。それも代わりに優希くんとお母さんに会社に行って退職手続きしたそうだな。」と聞いてきた。里美は「うん」と答えた。お父さんは「優希くんも里美が自分から行く様には言わなかったのか?」と聞かれて、私は里美が職場での出来事や状況、また家での里美の心理状況を伝えた。するとお父さんは「甘いな。里美、お前何甘えた事言ってんだ。」と言った。里美は「お父さんにはわからないよ」と言った。その後お母さんが戻ってきた。梨花が寝たみたいだった。お父さんは「お前も少し、里美に甘いぞ!」とお母さんに言う。里美はすかさず「お母さんや優希さんには関係ないから。私がいけないの。私がお願いしたの。」と言った。するとお父さんは「理由はなんだ。辞めた理由は?聞いた話だと流産が関係してるみたいだが、流産ぐらいで…」と流産ぐらいでの言葉が出た瞬間、私は今まで見たことのない里美の姿を見た。里美は「流産ぐらいって何?あなたにとって流産の辛さなんてわかるの⁉︎私だって乗り越えようと思ったけど、未だ無理なの!それなのに、それなのに流産ぐらいでって。職場でも家でもこんな風言われたくないよ!」と取り乱し、大声をあげ泣きながらお父さんに反論していた。お父さんもおそらく、生まれて初めて娘にここまで言われ、こんな姿を見たんだろうと思う。お父さんは予想以上に傷を負っている娘の姿を見てそれ以上何も言わなかった。その間、私はとても胸が苦しかった。私が仕事をしっかりしていれば、里美に無理に仕事させる必要はなかった。しかも借金まである。なのに里美は私を信じ、一生懸命働いていた。その結果がこれか。私は苦しく本当に私の様な存在はいなくなればいいと思ってしまうほどだった。幸せにしたいと思っていた気持ちだけで、甘く考えてた自分が今になって周りを不幸にしてるんじゃないかと思い始めた。
その日は会話もなく私と里美は家に帰った。この日から私達の歯車はズレ始めていた。
次の日になった。静かな朝だった。今日12月28日だった。
世の中の会社は仕事納めで、サービス業だけが忙しくなる時期。里美はいつもの様に早く起きて洗濯物をしている。私が「おはよう」と声をかける。里美は少し笑顔で「おはよう」と返してくれたが、目を合わせずせっせと洗濯物を干している。明らかに様子が違った。梨花は里美の実家に泊まっている。
いつもなら里美は私に色々話しかけるか、笑顔で笑ってたりするのだが、昨日の今日でまだ消化しきれていないのか、 いつもと違っていた。だが、私に対してこんなにも態度が違うのもまた初めてだった。
里美は洗濯物の終わらせて、洗い物を済ませると私に「パパ、大事な話があるんだけど、いいかな?」と言われた。私は「何?」と聞いた。里美は少し深呼吸を繰り返した後に「私達、今仕事してないから、ここに住む事が今後出来ないと思う。もし仕事が見つかってもお互いこんな風にやってきたから、長続きできないかもしれない。だから私、実家帰ろうと思う。パパには悪いんだけど、お母さんに私達の状況話した。お母さんはパパが病院に来た時に仕事じゃないのかなって思ってたみたい。それは多分お父さんも感じてるけど、うちの父も母そういうところはあえて聞かないからさ。でも、このままだと梨花の事もあるし、生活優先しないと。私はまだ未婚だから手当もあったりでなんとか梨花の保育園は通わせる事は出来る。後は親に頭を下げてしばらく生活しようと思う。だから辛いけど、パパも実家に戻ってほしい。また仕事落ち着いたら会おう。結婚も少し考えてからでいいかな。ごめんね。昨日ずっと寝ないで考えてたの。」と言われた。私はいつかこうなるかもしれないと恐れていた事が今起きたのだとわかった瞬間胸が本当に苦しかった。嫌だとも言えない理由だったし、どうして、一緒いたいと思っても言えない状況だった。しかも里美は昨日色々とずっと寝ないで考えていたのに、私はいつもの様に寝ていた。昨日一人でずっと考えてた里美を思うと私は最低だ。きっとそんな姿もみて、里美は実家に帰ろうと思ったんだと思うと。本当は私にもっと頑張ってよ!って言いたいはずなのに言えなくて、それをいいことに私は甘えていた。
呆然としていた私に里美が「パパ、今までありがとう。落ち着いたらまた連絡するね。」と言った。意志が固まった里美はもう泣く様子は無かった。私は「引っ越すのいつ?手伝うよ」と言った。
里美は「ごめん、お父さんとお母さんが引っ越し屋さん頼んでてそれでやるから、大丈夫。パパは自分の物、忘れない様にね。一応、朝パパの荷物はまとめておいたから、間違いないかだけ見てほしい。あと、お昼にお母さんが迎えに来て、梨花の所にいくから、ごめん。お昼前にはバイバイしないと。」と言った。あと30分しか無かった。私は里美に「俺、必ず必ず里美を迎えに行くから。待っててほしい」と伝えた。里美はその言葉を聞いて涙目になりながら「うん、ありがとう」と言った。
その日、約二年間の里美と梨花との生活が終わったのだった。
私は車に乗り里美をルームミラーで確認した。窓を開けてまた連絡すると言って車を走らせた。ルームミラー越しで後ろを確認すると、ずっと里美は動かず私の車をずっと見つめていた。
その姿に私は涙が止まらなかった。
絶対に迎えに行くからな、里美、梨花。
私はしばらく実家にいた。
実家は酷く汚れていた。父一人というのもあり、キッチンは黒ずみ、使えるコンロ部分は一箇所となっていた。トイレも壊れかけ、部屋も至る所にボロボロになっていた。人が生活する様な環境ではなくなっていた。まぁ、そもそも私が小さい頃、誰も家の掃除をきちっとしてこなかったからある意味こうなるのは仕方なかったし、父も今更という感じだった。
今だけだから我慢しようと思った。
里美とも連絡はしていた。会いたいがそんな事を繰り返していれば、もっと不安になるだろうと思い、就活をしていた。その時。偶然にも里美の実家に近くに大型家電量販店が出来るとCMをやっていた。従業員も募集している様だった。私はすぐに連絡して面接をお願いした。そして5日後、内定が出た。あくまでも契約社員だったが嬉しかった。
それを里美に伝えるととても喜んでくれた。里美がたまには実家でご飯食べに寄れるかな?とまで言ってくれた。すごく嬉しかった。
あれから一年が経った。里美との関係は少しずつ前に進んでいたが、借金はあまり減っていなかった。私はこの時はなんとか返していけばいいと思っていたのだが、この借金が後々大きな問題だったのだった。
ある日里美から、仕事の帰りに実家でご飯食べていかないか誘われた。私はもちろん行くと伝えた。
仕事を終えてすぐに向かった。その日は里美と梨花とお母さんだけだった。お父さんは伊豆の方に昔に買った別荘があるそうでそこに行ってる様だった。そんな別荘なんてある事は知らなかった。ちょっと、というかかなり驚いた。その話を聞いてお父さんお母さんの仕事は稼いでるんですねとやんわり聞くと、お母さんがここ数年でもう全然だめとのことだった。それは近年100円ショップや300円ショップ、また海外の雑誌店などの出店によりお父さんお母さんの仕事は減ってきているそうだ。雑貨品は輸入関係が多いのだが、今はネットでも大体手に入る時代になってしまった。そう、ネット社会が拡大した事によりよりお店にも行かない人達が増えて来たとの事だった。それは私のやっている家電量販店もそうだった。なんだか話を聞いて行くともう、別荘も手放して行かなければやっていけない様な話だった。私はそれ以上聞くのを止めた。
その日は久しぶりに里美と得意料理のオムライスを食べた。おいしかった。
私はそろそろ、里美にプロポーズをしようと思っていた。
仕事が休みの日、里美の実家に迎えに行って、二人でデートをした。お昼ご飯回るお寿司を食べた。里美は嬉しそうに大好きな海老とサーモンを食べていた。可愛かった。今日こそプロポーズと何度も心に言い聞かせていた。
お昼ご飯を終えて、車に乗りしばらく走る。着いた先は有名なテーマパークの敷地内。というかその横に併設されているショッピングモールに行った。しばらくウィンドウショッピングを楽しんで人がい少ない広場で里美に「里美、俺と結婚して下さい。これからずっと一緒にいて下さい」と伝えた。今までの事は色々あったがプロポーズはシンプルに伝えたかった。
里美は「うん。でも、でも結婚したら家出ないとだけど大丈夫かな?」と言った。確かに保育園の関係もあるし、遠く今行くのもなーっと思った。その時、ダメで元々で里美に聞いた。「里美の実家に俺が行くのは駄目かな?」
里美はびっくりしていたが、「お父さん、お母さんがいいって言えば私は全然いいけど」と言ってくれた。
私はその日すぐに里美の実家に行った。里美のお母さんには結婚の許しをもう一度もらい、一緒に住まわせて頂けないか聞いた。するとお母さんは全然いいよと言ってくれた。
後はお父さんだった。お父さんが帰ってくる日を待っていた。
お父さんが帰ってきた日、私は里美の実家に急いで向かった。お父さんに話しをしようと家に着き、家の中に入った。お父さんは部屋にいて、二人で話そうという事でお父さんの部屋に行った。私は緊張しながらお父さんに話を切り出す。するとお父さんは「結婚して一緒に住む事はわかった。だが一緒に住むのは反対だ。結婚するなら、ちゃんと家を出ないと」との事だった。もっともだと言えばもっともだった。ダメかと諦めていた瞬間お父さんから「梨花が保育園終わるまで、後は一年ないぐらいか。その間はいい。その後は家を出る約束なら。あと、優希くんのお父さんに挨拶したい。その後はちゃんと話ができたら入籍してほしい」と言ってくれた。私は嬉しくて「ありがとうございます!」と言った。
これから家族二世帯の生活が始まる。
私達は里美の実家で生活をする前、里美のお父さんからの約束でうちの父との挨拶があった。里美の実家に父が挨拶に来た。父はかなり緊張していたが、梨花が意外にも懐いたおかげですぐ緊張が取れた。その後親同士挨拶をすませ、父は二人力合わせて頑張ってと言って帰って行った。
その後市役所に行き、婚姻届を出した。梨花は養子縁組をし、晴れて私の子供になった。