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悪逆大名 梟は炎の中で嗤う  作者: 浦賀やまみち


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第02話 親父には内緒だ




「この臭いっ……。いい! いいな!

 これで寝てしまうのが惜しいくらいだ!」



 東大寺大仏殿が焼け落ちた翌朝。

 空気はまだ、焦げ臭かった。


 夜明けと同時に、陣へ一騎の早馬が駆け込んでくる。



「若様! 急報にございます!」

「あん?」



 馬上の武士は息を切らし、顔色を失っていた。



「三好っ……。三好三人衆が、動きました」



 その一言で、周囲の空気が凍りついた。


 誰もが知っている名だ。

 三好長逸、三好政康、岩成友通。

 かつて畿内を牛耳り、将軍をも操った実力者たち。


 そして、今は松永を。

 いや、親父を最も憎む者たち。



「……面白い」



 俺はニヤリと笑った。


 大仏殿焼失。

 この狂気を、三好が見逃すはずがない。


 なにしろ、天下万民が松永を討てと叫ぶ大義名分だ。



「兵の数は?」

「およそ、八千! 摂津方面より南下!

 明確に、我らを討つ構えかと!」



 家臣たちがざわつく。



「正面から来るか……。」

「数が違いすぎる……。」



 俺は黙って、地図を広げた。


 三好三人衆は老獪だ。

 激情で動く連中じゃない。


 なら、狙いは別にある。



「……正面じゃないな」

「若様?」

「八千も出すなら、威圧だ。

 本命は……。ここだ」



 俺は地図の一点を指で叩いた。



「我らの兵糧庫を?」

「そうだ。

 三好は戦を『長く』見る。

 燃やせば勝てる親父とは、発想が違う」



 家臣が息を呑む。



「つまり……。」

「俺たちを飢えさせる気だ」



 沈黙が広がる。

 だが、俺の胸は恐怖より先に、静かに熱を帯びた。


 素晴らしい。

 仏敵である我らを餓鬼地獄に落とそうとするセンスが、実にいい。



「若様、どうされますか?」



 しかし、地獄を作るのは俺だ。


 地図から顔を上げると、家臣たちの視線が、一斉に集まった。

 誰もが、同じ答えを思い描いている。



「迎撃はしない」



 一拍、間が落ちた。


「なっ!?」


 声を上げたのは一人だけだった。


 だが、驚きは全員の顔に同じように浮かんでいた。


 八千の兵。

 焼き落とされた大仏殿。

 世論も、信仰も、すべてが敵に回る状況。


 常識で考えれば、ここで退く選択肢など、最初から存在しない。



「兵を割く。

 目立つ部隊を一つ、わざと動かせ」



 ざわりと空気が揺れた。



「囮……。ですか?」



 慎重に選ばれた問いだった。



「そうだ。

 三好は必ず食いつく。

 あいつらは、『確実な勝ち』しか踏まない」



 俺は地図の上を、ゆっくりとなぞる。


 予想される敵の進路。

 家臣たちの視線が、その指の動きに吸い寄せられた。


 敵が陣を築くとされる川の手前。

 そこから少し戻した、山間を抜けた場所。


 ここで、全員が気づいた。

 俺は指を止め、視線を上げる。



「くっくっ……。」



 誰も、次の言葉を促さなかった。


 沈黙。


 地図の上の一点と、俺の目とを、家臣たちの視線が行き来する。

 誰かが喉を鳴らし、誰かが、無意識に息を止めた。



「……まさか」



 誰ともなく、かすれた声が漏れた。


 そこは、街道から外れ、川にも近く、山に囲まれ、兵を置くには不向き。

 しかし、兵糧を隠すには、これ以上ない場所だった。


 俺は、口角をわずかに上げる。



「そうだ。

 そこだ」



 理解が、一気に広がった。



「……兵糧庫」

「三好の……?」



 言葉が重なり、場がざわつく。

 俺は、そのざわめきを切り裂くように、静かに言った。



「向こうが長期戦を考えているなら……。

 兵糧庫は、もう決まっている」



 地図を、指で軽く叩く。



「八千も兵を動かせば、隠しきれない。

 見れば分かる。

 気づけば……。奪える」



 そして、声を落とした。



「……奪ってやるぞ」



 一瞬。

 言葉の意味が、場に追いつかなかった。


 次の瞬間、何人かの顔色が、はっきりと変わった。


 怒りではない。

 恐怖でもない。


 それは、『やれる』と理解してしまった者の顔だ。



「夜襲だ」



 短く、言い切る。



「火は使うな。

 静かに……。確実に……。」



 家臣たちは、一瞬だけ目を見開き、ゆっくりと頷いた。

 もう、誰も反対しなかった。



「では、殿にご報告を……。」

「要らん」

「えっ!?」

「言ったばかりだろ? 静かに……。だ」

「し、しかし……。」

「親父に知られたら……。燃やすに決まってるだろ?」



 家臣は、言葉を失った。



「奪って、売って、丸儲け。

 こんな役得、分ける理由があるか?

 お前、年頃の娘がいたよな? 

 いい着物、買ってやれるぞ?」

「い、いや……。で、ですが……。」

「それも黙っていれば、分からない。

 家族を守るためだ。……みんなで幸せになろうぜ?」



 家臣は、しばらく俯いたまま動かなかった。

 握った拳が、かすかに震えている。


 忠義か、恐怖か、それとも生活か。

 そのどれともつかぬ感情が、胸の内でせめぎ合っているのが分かった。


 俺は決断を促すように黙って見据える。



「……御意にございます」



 声は低く、掠れていた。


 顔を上げたその目から、迷いは消えている。

 残っていたのは、覚悟だ。



「この件、他言は致しませぬ。

 敵の兵糧庫の探りも、独自に調べさせます」



 そう言って、深く頭を下げた。

 膝が地につくほど、深く。


 完全に、折れた。



「なら、今夜も宴だ。

 わくわくして眠れそうにないが、ちゃんと寝とけよ?」



 俺は肩を震わせて嗤った。




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