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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第二章:市場独占と組織のデバッグ

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第054話:西の覇者と、未知なる兵站(サプライチェーン)への渇望

 


 1.梅田地下の暴力と実利


 二〇二四年、五月某日。

 新興クラン『レギュレーター』による渋谷・代々木地区の完全買収が完了し、関東の探索者市場が未知のシステムによって塗り替えられようとしていた頃。

 東京から直線距離で四百キロ離れた西の巨大市場――大阪。その心臓部である『梅田地下大迷宮』では、関東のそれとは全く異なる、血と泥に塗れた実力主義の経済が回っていた。


 関東のギルド本部が、血統や建前という名の「レガシー(旧態依然とした規律)」で市場を縛ってきたのに対し、関西エリアは古くから「実利」と「結果」のみが全ての価値を決定する、弱肉強食の完全自由市場フリー・マーケットだった。

 その西の巨大市場を力と資本で牛耳っているのが、歴史ある財閥系でありながら裏社会の冷酷さを併せ持つ、西日本最大派閥のクラン『芦屋あしやシンジケート』である。


「――オラァッ! 足が止まっとるぞ! その程度の出力パワーで、ウチのシマをうろつくなや!」


 梅田地下ダンジョンの深層。

 巨大な戦斧を軽々と振り回し、Aランク魔物『地底の暴食獣アース・グラトニー』の強固な甲殻を、力任せに、しかし極めて効率的な角度で粉砕していく若者がいた。

 芦屋 龍牙あしや・りゅうが

 芦屋シンジケートの次期総帥にして、西日本最強と謳われる高校生探索者。レベル49。獅子王凱のように華麗な剣技や血統を誇るわけではない。彼の強さは、無駄を省いた純粋な「暴力の最適化」にあった。


 ドガァァァン!

 戦斧の重烈な一撃が魔物のコアを叩き割り、洞窟内に魔石が散らばる。

「……ふぅ。今日のノルマはこんなもんか」

 龍牙は戦斧を肩に担ぎ、汗を拭いながら傍らに控える黒服の部下たちを顎でしゃくった。

「ササッと回収ピックせぇ。関東じゃ学生の大会で『黄金株』がバラ撒かれるってんで、相場が荒れとる。今のうちに在庫を確保して、高値で売り抜くで」

「はっ! 直ちに!」

 手際よく魔石を回収する部下たちを見下ろしながら、龍牙はポケットのスマートフォンを取り出した。画面には、関東を騒がせている『レギュレーター』の動画――沈黙の騎士団と、極彩色の死神の映像が繰り返し再生されている。


「……佐藤通、か。関東のボンボンどもは『兵器やハッキングのフェイクや』言うて現実逃避しとるらしいが……アホくさ。こいつらの動き、実戦タッパを踏んでる本物の動きやないか」

 龍牙の眼光が、野性の肉食獣のように鋭く細められた。


 2.関東の狂騒を冷笑する西の円卓


 同時刻。大阪・中之島に聳える芦屋シンジケートの本社ビル、最上階の総帥執務室。

 豪奢というよりは重厚な要塞を思わせるその部屋で、総帥・芦屋 宗右衛門あしや・そうえもんは、分厚い葉巻の煙を燻らせていた。

 顔に刻まれた深い皺と、鋭い鷹のような眼差し。彼は西日本のダンジョン利権を長年にわたりコントロールし、ギルド本部すら手出しできない独自の経済圏エコシステムを築き上げた怪物である。


 執務室のドアが開き、ダンジョンから戻ったばかりの龍牙が、土足のまま遠慮なく足を踏み入れた。

「親父。関東のギルド本部のジジイども、とうとうトチ狂ったらしいな。『全国高校生探索者大会』の優勝賞品に、ギルドの意思決定権(黄金株)を出すやと?」

「ああ。御堂島のタヌキめ、自分の首を絞めるロープをわざわざ金箔で編みおったわ」

 宗右衛門は、ホログラムモニターに映し出された関東の市場データを見つめながら、低い声で冷笑した。


「獅子王の若造と結託し、あからさまな不当ルール(デッドゾーン配置)で『レギュレーター』を公開処刑するつもりらしい。奴らは、佐藤通の力をアーク・フュージョンの最新兵器だと確信しておる」

「ホンマ、関東の連中は頭が固いわ。自分たちの物差し(レギュレーション)で測れんモンは、全部『不正』扱いや。……親父、俺らもあの大会、特別枠で出るんやろ?」

 龍牙が戦斧を壁に立てかけ、ソファにドカリと腰を下ろす。


「当然だ。ギルド本部が自ら『黄金株』を市場マーケットに放り出したのだ。これを我々『芦屋』が掠め取れば、関東のダンジョン利権ごと日本全土を我々の傘下に収める(完全子会社化する)ことができる。……だがな、龍牙。我々の真のターゲットは、ギルドでも獅子王でもない」

 宗右衛門が指を鳴らすと、部屋の奥から一人の男が進み出た。

 芦屋シンジケートの情報分析部門トップ、水無月みずなきだ。彼は関東のアナリストたちとは異なり、確証バイアスを排した冷徹なデータ分析を信条としていた。


「若様。我々が注目すべきは、佐藤通の『個の暴力』ではありません」

 水無月がモニターを切り替える。そこに映し出されたのは、『沈黙の騎士団』の戦闘映像の、極めてマニアックな分析データだった。

「関東の連中は派手な雷光や大鎌に目を奪われていますが……我々の解析AIは、彼らの『継戦能力サステナビリティ』に異常な数値を検出しました。阿部大輝ら実行部隊の魔力回復速度、および心拍の安定率が、市販の最高級ポーションを使用した場合の数倍の数値を叩き出しています。さらに、佐藤通本人のコンディション……これが常に『ピーク(最高値)』で固定されているのです」


 龍牙が眉をひそめる。

「……どういうこっちゃ? どんなバケモノでも、魔力を使えば疲労する。それは物理法則やろ」

「ええ。だからこそ、我々は一つの仮説ロジックを立てました」

 水無月は眼鏡を押し上げ、静かに告げた。

「彼らは、未知の『超高効率な兵站ロジスティクス』――すなわち、既存のポーションを遥かに凌駕する【特級のバフアイテム】を独自に製造・供給するシステム、あるいは【規格外の調合師(生産職)】を囲い込んでいる可能性が極めて高いのです」


 宗右衛門が、葉巻の灰をゆっくりと落とした。

「……いかに最新鋭の兵器や強力な探索者であろうと、燃料バフがなければいずれショートする。関東のバカどもが大会で佐藤通と正面衝突して互いに削り合っている間に……我々はその『兵站の要(サプライチェーンの心臓)』を特定する」

 宗右衛門の瞳に、貪欲な商人の光が宿った。

「それを我が芦屋の圧倒的な資本力で引き抜くか……あるいは強引に買収(奪取)する。佐藤通の力が尽きたところを、龍牙、お前が物理的に蹂躙し、黄金株を頂く。……完璧な事業計画ビジネスモデルだ」

「カカッ! ええな、それ。関東の連中が青ざめる顔が目に浮かぶわ」

 龍牙は獰猛な笑みを浮かべ、両の拳を打ち鳴らした。


 西の覇者たちは、関東の旧体制のように佐藤通を侮ってはいなかった。

 だが、彼らもまた一つの「致命的な誤認」をしていた。

 彼らが血眼になって探そうとしている『規格外の調合師』であり『兵站の要』が――ただ一途に愛する男のためにキッチンに立つ、健気で無自覚な一人の女子高生メイン・ベンダーであるという事実に。


 3.未知なる兵站サプライチェーンの仕込み


 その頃、東京・渋谷。

 完成を目前に控えた『レギュレーター・タワー』の居住区画に併設された、プロの厨房顔負けの最新鋭キッチン設備。

 そこは今、芳醇な出汁の香りと、甘い調味料の匂い、そして並々ならぬ「情念」に満ちていた。


「……違う。これじゃダメ。お肉の柔らかさは完璧だけど、ソースに込める魔力の波長が、トールくんの『雷』の波形とコンマ数秒ズレてる……!」

 神崎有栖かんざき・ありすは、額に滲む汗を拭うことも忘れ、真剣な眼差しで鍋の中のソースをかき混ぜていた。

 彼女の背後には、広報兵站部長の三木怜と、栄養管理担当の工藤遥が、タブレット片手にサポート(監視)に入っている。


「有栖さん、焦らないで。全国大会での特別ルール――『デッドゾーン』によるマナの希薄化を想定して、お弁当の素材自体に通常の三倍の高密度魔力を定着させる必要があるわ。……工藤、カロリーと魔力含有量の推移は?」

「現在、規定値の150%を突破。……有栖さんの感情エネルギー(愛情)がソースに溶け込むたびに、食材の基本ステータスがバグみたいな速度で上昇しているわ。これ、普通の探索者が食べたら魔力酔いで倒れるレベルよ……」

 工藤遥が、信じられないものを見るような目で計測器の数値を読み上げる。


「大丈夫! トールくんなら、これくらい絶対に受け止めてくれるもん!」

 有栖は、トールから贈られた『銀翼のヘアクリップ』を揺らしながら、さらにソースに集中した。

 全国大会。それはトールにとって、ギルド本部という巨大な組織を「敵対的買収」するための重要なビジネスの場だ。そして有栖にとっては、彼が最も過酷な環境で戦う時に、彼を「最高値ピーク」に繋ぎ止めるための、絶対に負けられない戦場だった。


「……トールくんが、どんなに理不尽なハンデを背負わされても。私が作るお弁当これを食べれば、絶対に疲れたりしないように……。私の全部を、このお重に詰め込むんだから……!」


 彼女は全く無自覚だった。

 自分がただ「好きな人のために最高のお弁当を作りたい」という純粋な想いで煮詰めているこの料理が、関西の巨大クランが国家予算を投じてでも手に入れようとしている『特級のバフアイテム』そのものであることに。

 そして、彼女の存在自体が、やがてレギュレーターを巡る次なる巨大な「企業戦争(M&Aバトル)」の火種になろうとしていることに。


「……よし! 今日の試作、完成! 三木さん、遥ちゃん、味見お願いできるかな?」

 有栖がパッと花が咲いたような笑顔で、小皿に取り分けた料理を差し出す。

「え、ええ。いただくわ……」

 三木怜が恐る恐る一口含んだ瞬間。

「――っ!?」

 怜の瞳孔が開き、レベルの低い彼女の身体から、一瞬にして尋常ではない量の魔力オーラが噴出した。

「な、何これ……! 体の底からエネルギーが爆発しそう……! 今なら私、一人でCランクダンジョンを素手で制圧デバッグできる気がするわ……!」

「怜さん、落ち着いて! 早く魔力を循環させないと鼻血が出るわよ!」

 大慌てで工藤が怜の背中をさする中、有栖は小首を傾げた。


「うーん……やっぱり、トールくん用だから、普通の人には少し味が濃すぎたかな?」


 平和で、愛に溢れた、無自覚な兵站サプライチェーンの聖域。

 全国大会という名の公開買収(TOB)の舞台が迫る中、関東のレガシー企業、西の覇者、そして最強の帰還者が率いる新興クラン。

 三つの勢力の思惑が交差する東京ドーム特設ダンジョンに向けて、それぞれの「決算」の準備が、静かに、だが確実に整いつつあった。




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