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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第一章:統制者の創業と、渋谷ダンジョンのデフラグメンテーション

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第002話:定時退社と過剰スペック

 


 1. 絶体絶命の職場復帰


「……レベル、130、か」


 鼓膜の奥で、無機質なシステム音が警報のように鳴り響いている。

 視界の端を埋め尽くすのは、デバッグモードのごとき速度で流れ続ける、情報の濁流。

 佐藤通さとう・とおる――その肉体に宿った三十代の元サラリーマンの魂は、べっとりと赤黒い液体に塗れた己の手を見つめ、肺の底から重く、熱い溜息を吐き出した。


 異世界という名のブラック企業で、数十年の歳月を「世界の攻略」という過酷な業務に捧げ、ようやく掴み取った帰還の切符。

 だが、辿り着いた先は、同姓同名の少年が左目を射抜かれ、地獄の真っ只中に放り出されたパラレルワールド。

 しかも、週末の浮かれた熱気が冷めやらぬ金曜日の夜。前世の理不尽な上司すら絶句するような、血腥い職場復帰だった。


「ぎ、……ギギッ……!」


 十数メートル先。

 群れの指揮官イービルアイを失い、一瞬の困惑に包まれていたゴブリンたちが、再び飢えた本能を剥き出しにしてこちらを包囲し始める。

 公園の入り口付近には、週末を謳歌していたであろう若者たちの無残な骸が転がり、アスファルトの裂け目からは異界の植物が、獲物の血を吸って急速に蔓延っていた。


 通は、ズキズキと疼く左目に指先を触れた。

 そこには、本来なら空洞であるはずの眼窩を埋める、未知の質感が存在していた。

 矢とともに引き抜き、咀嚼し、飲み下した「イービルアイ(亜種)」。

 その残骸が、通の視神経と無理やり癒着し、新たな『左目』として、冷徹な視覚情報を脳へ直接叩き込んでいる。


(個体名:佐藤通。魂の適合率、100%を維持。演算ユニット『イービルアイ・カスタム』を起動します)


 脳内に響くのは、捕食対象の断末魔ではない。

 知性だけを抽出され、人格を完全に剥離された純粋な「OS(処理装置)」の、感情を排した合成音声だ。


(敵対個体:ゴブリン×14。推定レベル:3〜5。……極めて脆弱。排除に要する推奨時間は0.8秒です)


「0.8秒、か。残業代も出ない環境で、そんなに急かすなよ」


 通は、足元に転がっていた工事用の鉄パイプを拾い上げた。

 長さ一メートル強。錆びつき、所々に乾燥したコンクリートがこびりついたその棒きれは、レベル130という暴力的なステータスと、異世界で磨き上げられた「殺しの技術」を介した瞬間、神話の魔剣をも凌駕する、死神の鎌へと変貌を遂げる。


「さて。まずは現状把握のための『サンプル』を回収させてもらう」


 2. 0.8秒の業務遂行


 通が一歩、地を蹴る。

 その瞬間、金曜夜のネオンが滲む世界から音が消え、景色が粘着質な静止画へと変わった。

 静止したのは世界ではない。通の敏捷値が、周囲の因果を遥か後方に置き去りにしたのだ。


 ――ドォォン!


 空気が遅れて爆ぜる音が、蹂躙の開始を告げる。

 先頭にいたゴブリンは、己の首がなぜ宙を舞っているのかさえ理解できぬまま、意識を断絶させた。

 通は独楽こまのように鋭く回転し、鉄パイプを水平に一閃させる。


 一振りで三体。

 二振りで五体。

 コンクリートを叩く硬質な打撃音と、肉が潰れ、骨が砕ける湿った破壊音が交互にリズムを刻む。


「ギ……!?」


 最後の一体が、仲間の死体が地面に接地するよりも早く、本能的な死の恐怖に身を震わせた。

 だが、その喉元を、通の指先が容赦なく貫通する。


「……静かにしろ。ヒアリングの時間だ」


 少年の幼い顔立ちに、幾千の死線を超えてきた老練な戦士の瞳。

 その歪なアンバランスさが、魔物であるゴブリンにすら根源的な恐怖を刻みつけた。

 左目の「モノクル」――魔力が結像させた半透明の情報の円環が、ゴブリンの胸元をスキャンするように透過する。

 そこには、怪しく脈打つ緑色の結晶体が埋まっていた。


『――鑑定完了。魔石:グレードE。含有魔力量:12CF。推定市場価格:14,800円』


「……ほう。やっぱり、金になるのか。この世界でも」


 通の記憶にある「日本」とは決定的に異なる、このパラレルワールドの理。

 六年前に発生した『大発生グランド・エマージェンス』。

 世界各地に口を開けたダンジョンと、そこから産出される「魔石」。

 それが次世代エネルギー「クリスタルフュージョン(CF)」として産業を塗り替え、今や石油に代わる、国家の心臓部を動かす基動エネルギーとなっている。

 エネルギー自給率100%を達成し、不況を過去のものにした、文字通りの魔法の石。


「なるほどな。魔物はもはや『災害』じゃない。歩く『ドル箱』というわけだ」


 通は無造作にゴブリンの胸を裂き、魔石を抉り出した。

 手のひらから伝わるのは、ぬるりとした温熱。だが、そこから溢れ出すエネルギーの脈動は、かつての異世界のそれよりも、遥かに純度が高いように感じられた。


 3. 週末の終わりと、月曜への備え


(警告:周囲200メートル以内に強力な魔力反応。防衛省・探索者ギルドの初動部隊が急接近中。推定接触まで、180秒)


 左目のOSが、冷静にタイムリミットを告げる。


「……三分か。今の俺の身なりで彼らに会うのは、合理的とは言えないな」


 通は、己の姿を顧みた。

 返り血で赤黒く染まった制服。抉れたはずの眼窩を覆う、魔力のレンズ。

 そして、この世界のトップランナー(レベル50前後)を二倍以上上回る、レベル130という異常数値。

 今ここで「救世主」として名乗りを上げれば、待っているのは賞賛ではない。

 国家という名の巨大な組織に縛り付けられ、研究施設という名の「檻」で飼い殺される、終わりのない終身雇用だ。


「三十二年間、組織の歯車として使い潰されたんだ。二度目の人生くらい、自分の裁量で働かせてもらう」


 通は、もはや役目を終えた鉄パイプを無造作に捨て、茂みへと姿を消した。

 異次元の脚力でビルの隙間を縫い、喧騒の渦中へと紛れ込む。

 通りすがりの自動販売機のガラスに、ふと己の姿が映った。

 そこには、左目の不気味な魔光を隠蔽するように、魔力がレンズ状に固定された『モノクル』を装着した、どこか浮世離れした美少年の姿があった。


「……中々、悪くないな。この『眼鏡』」


 通は、しっくりと馴染むモノクルの位置を直す。

 左目の演算装置は、すでに街を歩く人々を自動的に解析し、その頭上に「レベル」や「潜在的な購買意欲」といった生々しい数値を浮き上がらせていた。


「よし、現状把握は概ね完了だ。とりあえず……」


 通は、パトカーのサイレンが遠く響く渋谷の街を背に、夜の帳へと歩き出した。


「まずは、このうるさい血の匂いを落として、月曜からの『高校生活』とやらの準備をするとしよう。土日は、社会人の休息と市場調査に充てたいからな。定時退社は、基本だ」


 数分後、公園の入り口に、重武装した探索者たちの車両が到着する。

 彼らが目にしたのは、正体不明の「何か」によって、あまりにも事務的に、そして完璧に清掃された、死体すら残らぬゴブリンたちの跡地だけだった。


 渋谷の亡霊――その伝説が、土日のネットの海を熱狂させるまで、あと数時間。


【現在の佐藤通:レベル130。保有魔石:1個。当面の目標:月曜日からの健全な高校生活の確保】

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