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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第一章:統制者の創業と、渋谷ダンジョンのデフラグメンテーション

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第010話:放課後の労働紛争と、恐怖の福利厚生

 


 4月10日水曜日


「――佐藤通。ちょっとツラ貸せよ」


 放課後、帰宅部としての「定時」を迎えた通を待ち受けていたのは、一通の呼び出し状(果たし状)ではなく、物理的な包囲網だった。


 場所は、校舎の裏手。普段は人気のない資材置き場の前だ。そこには、1年B組の男子生徒のほぼ全員――約十五名が、示威行為のように腕を組んで立ち塞がっていた。


 中心に立つのは、クラスの男子の中でも一際体格が良く、探索者志望を公言している阿部あべだ。彼の足元には、練習用の木刀が転がっている。


(個体名:阿部大輝、他十四名。……分析:集団心理による攻撃性の増幅。主訴:『機会損失』への不満。……これは、典型的な労働組合によるストライキ、あるいは不当解雇への抗議活動に近似しています)


 左目のモノクルが、赤色の警告色を帯びたデータを網膜に投影する。


「やれやれ。今日の『業務』はまだ終わっていなかったか」


 通は、カバンを無造作に地面に置いた。

 三十二歳の魂を持つ彼にとって、この光景は懐かしい「春闘」や「団体交渉」のデジャヴでしかない。


「阿部くん。あいにく俺は残業代が出ない仕事はしない主義なんだが。用件を簡潔に(アジェンダ通りに)話してくれないか」


「……テメェ、その余裕が癪に障るんだよ!」


 阿部が一歩踏み出し、通の胸ぐらを掴もうとした。

 だが、その手が届く寸前。通のモノクルの奥、虹彩が七色に脈動した。


(――微弱魔力を放出。威圧プレッシャー出力:0.01%。ターゲットの自律神経を直接ハックします)


「ひっ……!?」


 阿部の指先が、触れる直前で凍りついた。

 彼の目には今、目の前の少年の背後に、空を覆い尽くすほどの巨大な『眼球』と、数千の死体を踏み越えてきた亡霊の幻影が見えていた。


「な、……なんだよ、今の……」


「話を聞こう。君たちの要求は何だ? 『女子全員が俺に弁当を持ってくる状況が、市場の自由競争を阻害している』……そんなところか?」


 通の冷徹な、しかしどこか諭すような声に、後ろに控えていた男子たちも気圧され、たじろいだ。


「そ、そうだ! お前一人が目立って、俺たちの居場所がねぇんだよ! 悲劇の生存者かなんか知らねぇが、お前が来てからクラスの均衡バランスがめちゃくちゃなんだ!」

「そうだ! 女子たちがみんなお前の方ばっかり見て……俺たちがどれだけ努力しても、空気扱いなんだよ!」


 口々に飛び出すのは、切実な「格差」への嘆きだった。

 通はそれを聞きながら、かつて前世で、優秀すぎる中途採用者に居場所を奪われ、不満を爆発させていた古参社員たちの姿を重ねていた。


「なるほど。君たちは『既得権益』を守りたいわけではなく、単純に『成果(好感度)』が出ないことへの焦燥を感じているわけだ。……いわば、戦略の不在による業績不振だな」


「難しい言葉で誤魔化すな! 結局、お前が邪魔なんだよ!」


 阿部が再び吠える。

 通は、モノクルの位置を直すと、薄く笑った。


「いいだろう。ならば、『和解案』を提示する」


「……あ?」


「君たちが俺をここで排除したところで、女子たちの評価が君たちに向くことはない。むしろ、『憧れの彼を傷つけた加害者』という永久的なレッテルを貼られ、君たちの市場価値は底を打つ(ストップ安になる)だろう」


 通の言葉は、ナイフのように正確に、彼らの痛いところを突いた。


「その代わりに、俺が君たちに『福利厚生』を提供してやる。……ダンジョンでの『効率的な稼ぎ方』と、女子の目を引くための『自己研鑽のノウハウ』だ」


 静まり返る資材置き場。

 通は、足元に落ちていた阿部の木刀を、指先一つで拾い上げた。


「阿部くん。君の剣筋は悪くないが、無駄が多い。今のままでは、一生かかってもCランクが限界だ。……見ていろ。これが『プロの仕事』だ」


 通が木刀を、ただ「振った」。


 音はしなかった。

 ただ、阿部たちの背後にあった、廃棄予定の古い鉄筋コンクリートの壁に、一直線の「亀裂」が走った。

 コンマ数秒後、重厚な壁が自重に耐えかねたように、真っ二つに滑り落ちる。


「…………え?」


「……OS、衝撃波の余波を計算しろ。周囲に目撃者は?」


(確認。……無人です。……男子たちの精神状態:『戦意喪失』から『畏怖』へ。……『信仰』への転換ポイントまで残り3秒)


 通は木刀を阿部に返した。


「暴力で解決するのは、三流のマネジメントだ。……俺は君たちをクビにするつもりはない。むしろ、俺の『協力会社サポータ』として、共に成長しようじゃないか。……魔石を効率よく集め、金を稼ぎ、自分を磨く。……そうすれば、女子たちは勝手についてくる。……違うか?」


 阿部は、震える手で木刀を受け取った。

 彼の中にあった嫉妬は、今、圧倒的な「格」の差を見せつけられたことで、強烈な憧憬へと上書きされていた。


「……あ、あんた。……いや、佐藤さん。……俺たちに、教えてくれるのか? さっきの、壁を斬ったような力を……」


「ああ。もちろん、相応の労働サポートはしてもらうがね。……まずは、明日からの『自主練』のメニューを組んでやろう。……死ぬほどきついが、成果は保証する。……それが俺の『契約』だ」


(個体名:阿部大輝、他。好感度:ERROR……数数値が測定不能。……属性が『敵対』から『狂信』へと上書きされました)


「よし、団体交渉は成立だ。解散。……あ、それから」


 通はカバンを肩にかけ、立ち去り際に応えた。


「明日のランチだが。……君たちも、たまには神崎さんたちの弁当を褒めてやれ。……それが『社内融和』の第一歩だぞ」


 翌朝。

 1年B組の教室には、異様な光景が広がっていた。

 昨日まで通を睨みつけていた男子たちが、一列に並んで通の登校を待ち構え、彼が教室に入るなり、一斉に頭を下げたのだ。


「「「佐藤さん、お早うございます!!!」」」


「……何、これ……?」


 絶句する有栖や三木たち。

 通は、モノクルの奥で平然と頷くと、自分の席に着いた。


「お早う、諸君。……昨日の課題は、ちゃんとこなしたか?」


「はい! スクワット500回、完了しました!」

「魔力循環のイメージ、一晩中やってきました!」


 通を「ボス」と仰ぐ、男子生徒連合――通称『佐藤組』の誕生だった。

 女子たちの愛情だけでなく、男子たちの忠誠までもを掌握した通。

 もはや、このクラスに彼の支配が及ばない場所はなかった。


 三十二歳の元サラリーマン。

 彼は、ただ平穏に過ごしたいだけだった。

 だが、その圧倒的なマネジメント能力(暴力)は、彼を望まぬ『学園の王』へと押し上げていく。


【現在の佐藤通:レベル131。男子生徒連合(協力会社)を傘下に収める。学園内のパワーバランスを完全掌握。……次のターゲット:ギルド内部の腐敗】









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