2話(とある夢の話)
(あ、いた)
遠くに金色が見える。たんぽぽっていう花をこの前教えてもらったけど、まるでたんぽぽみたいだと思った。
あの子はいつも花畑の真ん中を陣取って昼寝をしているからてっきり今日もそうだと思ったのだが、どうやら起きているらしい。ふわふわ髪が揺れている。行儀良く仰向けで胸の前に手を組むその特徴的な寝姿を思い出し、くすくす笑う。
「わざわざ外に行かなくても、室内でみんなと一緒に寝ればいいのに」
と言ったこともあるのだが「ここで寝るの気持ちいいし。…その、起こしに来てくれるし」と結局あの子はそこを昼寝の定位置としている。
「おーい」
ふわふわの後頭部に話し掛ける。何か手に持っているらしかった。
「!」
ばっと手を後ろ手に隠された。隠し事をされたのが気に食わなくて自分はむっと口を尖らせる。
「何でかくすの」
「ちょっとまって」
わたしは右に左に動いてみるものの、その子がわたしの動きに合わせて背に隠したものを見えないようにしていた。
(せっかく迎えに来たのに)
頬を膨らませて本格的にすね始めたところで
「目、つむってよ」
「目ぇ?」
その子が一体何をしたいのか気になって、拗ねていた気持ちが萎んでいく。わくわくしながら言われた通りに目を瞑った。
「…?」
カサリ、と頭の上に何か載せられた気がする。反射的に上を向くと、頭の上の物が落ちそうになっているのを感じ慌てて手で支える。
「花冠?」
薄いピンクの花弁がいくつにも重なっている花が綺麗で、いい匂いがする。茎の部分が器用に織り込まれていた。
その子に目をやると、じっとこっちを見ていて目があった。
「つくってくれたの?」
「…うん」
その子がこくりと頷く。少し緊張しているのか、唇をきゅっと噤んでいた。
嬉しくなって、自分の頭に改めて花冠を載せて「ありがと!」とその子に抱き付いた。
一つに溶けてしまうくらいぎゅうぎゅうと頬をくっつける。
「え、あ」
存分にくっついた後、ぱっとその子から離れて話し掛ける。
「この前みんなで作った時は興味なさそうだったのに!!」
先日、子どもたちと先生とでこの花畑にきて花冠を作った。意外と難しくて夢中で作った頃にはその子は熟睡していて、子供達によるその子の上に作った花冠を次々に載せる遊びが始まった。
「うん。でも…あのあと先生が言ってたのが面白かったから」
「あの後……?」
何を言っていたっけ。花冠に溺れてうんうん魘されるその子は正直ちょっと面白かったけど、可哀想だから慌てて起こしたことは覚えている。
「花には花言葉があるんだよって」
「あー! 言ってた」
自分たちがその日作ったのは全部白詰草の花冠だったから「約束とか、幸運とか意味があるんだよ。その子は今幸運でいっぱいだね」と。確かに言っていた。幸運に包まれているというのがなんだか嬉しくなってその子に飛びついた気がする。
「幸運………やくそく」
その子が呟いて、珍しくそっと抱き返してくれた。
◇
目を瞑る。左手を擽る手をぎゅっと握りしめた。
「みんな準備はいい?………OK!! 目を開けてみんな自分を確認してねー」
先生の声が聞こえた。自分の背中に違和感を感じ、目を開けて自分の頭上を見る。天使の輪っかが浮いてる。背に生える羽も白い。わたしは天使の方だった。
「ねえ!」
これで大人の仲間入りだね!!と言葉を続けようとして、出来なかった。ずっと手を握っていた相手を見る。黒い羽、黒い尻尾。その子は、悪魔だった。
「……」
その子が呆然とこちらを見る。その瞳がこんなに揺れているのを、初めて見た。