▼1階・受付けロビー
▼1階・受付けロビー
舜平の足取りは重かった。階段を駆けのぼっていたときにあったメラメラ燃える激情は、すっかり火が吹き消された状態になっている。替わるように湧いてきているのは、胸を締め付けるような、頭がモヤがかったような、妙にやるせない気持ち。
階段下に居なかった正則を、受付けロビーの座椅子で見つけた。座っているのは正則ひとりだけで、カウンターには職員の姿もない。窓からは橙色をした陽の光が射し込んでいる。
背後から近づいた舜平が、スマホをいじって気づく気配のない正則の肩に手を置いた。
「肺結核だってよ」
「……え?」と、振り返った正則がきょとんとする。
「そんな病名、昔の小説くらいでしか聞いたことないよなァ」
「……え?」
舜平が鼻から小さく息をこぼして笑う。
「まさかババアじゃなくてクソガキの方だったなんて、してやられたぜ」
「……え?」
「よくよく考えればさァ、トミ子って婆さん、エレベーター降りたとき言ってたんだよなァ、〝あの若えのがよぉ、独り言をぶつくさ言って〟とかって」
「……ごめん、舜平くん。さっきから何言ってるのかぜんぜんわからない」
「いいんだよ、ただの独り言だ」
一部始終を語ると長い長い話になってしまう。言って聞かせて、隠れオカルト信者だった正則の反応を見るのも面白そうだけれど、怖がられてこの病院に入れなくなったりされては、かわいそうだ。知らぬが仏、言わぬが花である。
舜平が伸びをしながら正面玄関へ歩き出す。
「さァーて、帰るべ、帰るべ」
座椅子から立ち上がった正則が後を追う。
「そういえば、エレベーターはなんであんなに遅かったの?」
「悪ガキが居たんだよ。エレベーターダッシュして遊んでたんだ」
「……なにそれ?」
自動ドアが開く。
暖かな夏の夕風が吹き込む。




