第二十海路 2 奇襲作戦、開始!
演習開始と同時に、虚構の翼を発生させた八型改は空を飛び、空中からの奇襲戦法に出る。
「不本意だなんだ言っておきながらこの女、ちゃっかり頼っているではないか。どう思う、兄上」
例によって髪色と口調が変ったキルに対して、皆大体予想は出来ていたためあまり驚かなくなっている。
常識とは積み重ねられた偏見の類を綺麗に言葉でラッピングしたものであり、奇妙なことが続けば続くほどその常識は奇妙になる。
「どうもこうも、エリート様がお前の力を必要としてるって事だろ。喜んで協力してやれ」
「その上から目線、なんかムカつくわね」
喜んで、の部分に皮肉を孕んだ言い草に腹を立てたクリスタ。一方八型改はキルの操作により上昇を続ける。一定の高度まで到達したところで索敵を行い、目標に向けて一気に降下。被弾を避けながら攻撃をし上昇して敵射程外から逃れるといういわばゲリラのような戦いをすることが先ほど、クリスタの提案により決定された。
「にしても意外です。クリスタさんがこのような戦法を採るなんて」
「あら八型改、あまりアタシを見くびらない方がいいわよ」
勘違いされがちだが、クリスタはただただ堅実ということではない。前例や定石を完璧に把握し、それを忠実に再現している。そのためゲリラのような一見行き当たりばったりのような戦法でもそれが確立されていれば、クリスタがそれを行うことは不思議なことではない。
「それが由緒正しき決闘であろうが孫子の兵法であろうが、はたまたブービートラップであろうが、この教科書エリート様は教科書に載ってりゃなんでも出来るんだよ。厄介なことに」
「流石に孫子の兵法を鵜呑みに出来るほどの脳は持ち合わせていないわ。そもそもブービートラップなんて使う訳ないでしょ。どっかのバカじゃあるまいし」
孫子とは中国の神話に語られる天才策略家と言われている。彼が書き残したと言われている兵法の数々は、現代兵法には遠く及ばないものの、基本的な内容を抑えていた。
実際他の民間軍事企業では孫子の兵法を導入した戦略を採用していたが、数年前に業績が悪化。原因として成長能力のある人工知能への対処が遅れたことにあった。対人戦ならば通用していた定石も、人工知能の前に敗れることを業界全体が再認識するきっかけとなった。
「これは認識を改める必要がありそうですね……そろそろ指定座標です。索敵、開始します」
八型改の上昇が止まり、一時的な滑空を始める。その間にその白き機体は、探知を開始する。そのデータが鬼丸とクリスタの元へと送られる。実質的な索敵はこの二人の処理能力にかかっていることになる。
「……」
「……」
コックピット内に静寂が反響する。つい先ほどまで鬼丸とクリスタはお互いの足を引っかけるような発言をしていたため、この静寂は唐突に訪れた。
「索敵中に黙るの、クリスタだけじゃなかったのか……」
驚いた顔をしたコルセアの発言に、キルが質問を投げかける。
「隻眼よ、二つ質問だ。索敵中に何かしゃべることはあるのか?」
普段鬼丸以外とはあまり会話をしないキルからの質問に、また少し驚いた顔を見せるコルセアが答える。
「まあ人それぞれだな。ただ普段比較的喋ってるクリスタが黙り込むのが意外で、んでもって鬼丸もそれだったからってだけだ」
「成程な」
「んで、二つ目は?」
滑空に入ったタイミングから二人の仕事は激減し、束の間の休憩に入ったと言ってもよい。
休憩時間に声をかけられれば、誰だって少しは不機嫌になる。コルセアはそんな不機嫌を一応の仲間、キルに対して少し隠しながらぶっきらぼうに聞く。
「ああ、二つ目だな……」
そう言ったキルが、少し黙り込む。
「はて、一体何を聞こうとしていたのか? 二つ目の質問は、一体何を聞こうとしていかか。か?」
「知らねぇよお前の考えなんて。とにかくおしゃべりは終わりだ」
コルセアが話を中断したのには理由があった。鬼丸とクリスタによって三機と一隻の座標がマッピングされたため、攻勢に出る準備が必要になった。
「先にやるなら、うちの船にしておきな。あれの射角は限度があるからな」
「わかりました。では第一目標をパイレーツスパイトとします。鬼丸、打ち方用意!」
「了解! 八型改、アサルトライフルだ!」
その合図を受けた八型改は、自身の腕、足の関節部から一時的に装甲を開く。その中には件のアサルトライフルが分解されて格納されており、蒸気噴射によりそれを手元に集める。
順番に手元に飛んできたそれを手順通りに組み立てることによって、陸戦にとっては標準サイズの赤いアサルトライフルが完成した。
「ヴリュンヒルド八型改、アサルトモード!」
銃口を空に向け、左手で宙を切り右手でアサルトライフルを持つ八型改はその宣言によって攻撃準備の完了を告げる。
「……え何それは?」
「八型改アナタ……」
鬼丸とクリスタがその言葉に硬直する。声には出していないが他の二人も引いている。
「いいじゃないですかこれくらい! 変形がない以上少しくらいカッコつけさせてくださいよ! とにかく準備完了です」
「まあ好きにして。ともかく酒田、キル。目標に向かって急速降下」
クリスタの指示を受けて八型改は急降下を始める。翼を閉じ抵抗を減らし、目標点へと一直線に向かう姿は流星のようであった。
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