第三十六空路 離陸一週間前
「……ちょっと待て。とりあえず、話を纏めよう」
ユナに猛烈な勢いで引き留められた鬼丸とクリスタは、ユナの口から衝撃の事実を知らされた。
ネット掲示板に映っていた戦艦ワイルドハント。彼はここ数日、その所在座標を一人で調べていた。
「俺の乗っていた赤城の護衛に就いているはずって踏んで、赤城の航路やら船速やらを計算したんですが、それが意外にも当たってて。予想した場所に、分厚い雲があるんッスよ。何故かそこだけ」
ユナが指を指す方角を見ると、確かにそこに、不自然なまでに厚い雲があった。まるで何かを隠しているかのように。
その時、入り口の戸が開き、赤い髪を揺らしながらキル、いやヘルが入ってきた。その姿を見て、考え込むユナを尻目に奥へと進むと、先程印刷されたオーガの写真と、パソコン上に映ったワイルドハントの姿を見て、諦めとも不安ともとれない、よくわからない溜息を洩らした。そして流れるような所作でユナの首に当て身を行い気絶させると、すぐに雲の方向へと目を向けると、
「そうか、遂に、遂に始まるのだな」
と呟き、鬼丸の前へと立ちふさがった。
「ここが最後だ。この先は、人類にとって未知の戦争になるだろう。空前絶後なんて言葉で語れるのであれば、それは救いであると思うがいい」
「おい……ヘルお前」
あまりにも急であり、そして突拍子もなかった。鬼丸が困惑するのも、無理はない。そんな彼にヘルは、右手を伸ばす。
「今、再び問おう。罪を抱いて未来を変えることを、望むか? 潔白のまま真実に飲まれるのを望むか?」
それは、八型が初めて飛んだ日。陸戦が、陸を離れた日に問われた質問。そして次にヘルは、クリスタへ左手を伸ばす。
「相手は神と言っても差し支えない。それに我の計算なら、敵は大樹ユグドラシルだけではない。それでも、お前は戦うか?」
即答であった。相変わらず。
「生身の俺じゃあ何も出来ない。だけど今の俺には、戦う力がある。だったら神殺しの罪でも、世界の敵にでもなってやるさ」
「何度も言わせないで。天才を、舐めないでもらえるかしら」
その回答に、うっすらと笑みを浮かべたヘルは、手を引っ込めた。そして再び雲の裂け目に視線を移すと、淡々と語りだす。
「予想通り、あそこにはワイルドハントとその随伴艦、そして国際海軍えりすぐりの空中艦隊がある。といっても海軍の方はかなり削がれているがな」
「何のために……いえ、無粋ね」
「いや。改めて相手を再認識しておく必要がある」
そう言うと、ヘルの目が一瞬不自然に動いた。
「人口管理用超級AIユグドラシル。開発当時危険視されていた社会問題のうち、人口増加によって引き起こされる食糧問題を解決するための人工知能だ。世界の人口や天候を監視し、適切な食糧生産をアドバイスするヤツだ。定期連絡が途切れる日までは大きな問題や失敗もなく稼働していたのだが……」
「第三次世界大戦をきっかけに、他の超級と同様に沈黙。ユグドラシルを現代の神のように崇めていた当時の人達は、さぞ混乱したでしょうね」
「理由はどうあれ、俺達はそのユグナンタラを破壊すりゃいいわけだな」
拳を右手とぶつかり合わせ、音を立てる鬼丸の顔は、はつらつとしていた。その顔を薄ら笑いで認識したクリスタはすかさず、挑発する。
「あら、いつの間にそんな短絡的になったのかしら? それとも空中艦隊を動員しておきながらもそれが出来ていないヴァルハラと、国際海軍への挑戦?」
すると鬼丸は暫く考え込み、視線を上げた。
「その案はなかった」
「は?」
鋭く、低い声で漏らすクリスタ。眉間に皺が寄る。
「難しい事はクリスタ、お前に任せる。ただそれだけだったんだが……」
「思考放棄⁉ ハァ、呆れた。アタシ、今からでも向こう側につこうかしら」
無論、本心ではない。彼女がこの場から逃げ出せるほどバカではないことくらい、この場にいる誰もが知っている。
「俺には俺の得意分野があるからな。恥ずかしくもなんともない。それともなんだ? 勝ち馬に乗っておけば、天才ってのは名乗れるのか?」
淡々とした言動が、更に彼女のプライドを傷つける。しかしクリスタはそれを一切表情に出さない。
「ちょっとした冗談にも一々噛みつくなんて、相当噛み癖が悪いのね。首輪でもいる?」
「誰が犬だ」
そのやり取りを久しぶりに見たヘルは、戦慄した。なぜならその、口喧嘩ともとれる会話内で二人は、口調を強めることも、視線を合わせることもしなかったからだ。
「フフ、運命というのは数奇なものだな。貴様らもまた、視線を交わさず心を交わすか」
そう言い残し、部屋を後にするヘルは最後に、
「出発は一週間後だ。それまでに各々、別れを告げておけ」
と言い残した。この本当の意味を理解した時、鬼丸紅蓮という人間はこの世から姿を消していた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。この作品は毎週月、金、土曜日更新ですのでお楽しみに。




