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絶対常識マニュアル  作者: 宮沢弘
第三章: ソロモン王の指輪
12/14

3−3: 結社2

 二口ほど菓子を食べた時だった。

「それで、こちらからの要望はわざわざ説明する必要はないわけですが」

 紳士が話し始めた。

「そして、アイザック氏の返答も聞く必要もないわけですが」

「いや、それは……」

 アイザックは答えようとしたが、なにをどう説明すればいいのかと考えると、続く言葉が出てこなかった。結局のところ、アイザックは絶対常識マニュアルを誰にも渡したくないなどとは考えていないわけであり、正直に言えばその紳士に今すぐにでも持って行って欲しいくらいであった。

 もちろん、それが可能であればの話であり、そしてそれは不可能であることは祖母や母から聞いた話、アーヴィンから聞いたり読んだりした記録に加え、自身が体験したことからもはっきりしていた。そして、アイザックは知らないものの、アイザックはあの絶対常識マニュアルの正式な所有者となっていた。アイザックは知らないものの、所有者に関する絶対常識は、これまでよりも強いものが適用されているのだった。

「そちらにお渡しするとして、ではどのように使うつもりなのですか?」

「は?」

 アイザックの問いに、紳士は間の抜けた声で応えた。

「私の場合だと母から受け継いだわけですが、その際に、使うなという助言を受けています。ですから、すくなくとも役に立つような形では使っていません。ですので、仮にお渡しするにしても、どのように使うつもりなのかは聞いておきたいかなと思うわけですが」

「いやいや、使っておられるでしょう? そうでなければニアミスの説明がつかないと思いますが? その指輪で、こうなんやかんやできるわけでしょうし」

 紳士はフォークをソロモン王の指輪に向けた。

「いや、それは……」

 アイザックは腹をくくるしかないと思った。

「まず、絶対常識マニュアルは別の宇宙から来たことはご存知ですか?」

「別の宇宙ですか? その存在そのものは、私どもも最近になって理解したところですが。どのようにでしょうか?」

「どのように…… えぇと、それは…… マニュアルを読むか、別宇宙人に聞くかしないとわかりませんが」

「別宇宙人?」

「はい。別宇宙人」

「それはつまり、別の宇宙の知性体ということですか?」

「はい。そのとおりです」

「その別宇宙人はどうやってこの宇宙に?」

「どのように…… えぇと、それは…… マニュアルを読むか、別宇宙人に聞くかしないとわかりませんが」

「では、その別宇宙人の方は、今はどちらに?」

「なんでも、マニュアルを持って木星あたりだとか」

 紳士はしばらく口を開かなかった。

「ちょっとまとめさせていただいてよろしいですか?」

「はい」

「マニュアルは、今はここにはない」

「はい」

「別宇宙人はマニュアルを持って、木星あたりにいる」

「はい」

「ということは、アイザック氏がおっしゃったことを立証する方法は、今はなにもない」

「はい…… あ、いえ。指輪を使えば通信はできますが」

「それができたとしても、別宇宙人がマニュアルを持って木星あたりにいることを立証できるわけではありませんよね?」

「まぁ、それはそのとおりですが」

 アイザックはそこで気付いた。

「あ、いや、先日の強奪の結果あたりについてはどう考えておられますか?」

「こちらの単純な不手際と理解していますが」

「エアカーが突然引っくり返ったのが単純な不手際ですか?」

「ほかにどのような理解が?」

 紳士の答えを聞くと、アイザックは溜息を吐いた。それは別段紳士の理解不足に対してのものではなく、これからさらに面倒な話になりそうだと思ったからだった。

「そもそも、そちらがマニュアルの入手に成功していないとか、ニアミスはなぜ発生すると考えておられます?」

「それも単純な不手際と理解しています」

「マニュアルの記録を見る限り、数千年に亘って、あるいは数万年に亘ってですか?」

「いくら不自然に見えても、ほかに何か理由があるでしょうか?」

「理由があるとは考えていないわけですか?」

「もちろん、そのとおりですね」

「では、その理由を説明しましょう。どれだけ突飛に思えても理由があるんです。それにもしかしたら……」

「もしかしたら?」

「さきほど、『マニュアルを読むか、別宇宙人に聞くかしないとわかりませんが』と言いましたが、ということは」

「あぁ! 戻って来るかもしれないとお考えなわけですね。もっともマニュアルが戻って来ただけでは信じる理由にはなりませんが、別宇宙人の方も一緒となれば、こちらとしても検討の必要があるかもしれません」

「それで、戻って来る前にこれだけは知っておいて欲しいという事柄がありまして」

「なんでしょう?」

「絶対常識マニュアル効果というものがあるということです」

「は?」

「絶対常識マニュアル効果」

 アイザックはその名前だけを繰り返した。

「えぇと、それは……」

 紳士はアイザックに訊ねた。

「まず、マニュアルの名前は『絶対常識マニュアル』というのが正式なものです」

「なるほど」

「そして、そこに記載されている事柄は『絶対常識』なわけです」

「えぇと、絶対常識…… はぁ、なるほど」

 紳士は要領を得ないという表情をしていた。それはあたりまえだろうとアイザックは思った。

「絶対常識なわけですから、私が知る限り、すくなくともマニュアルに関しては、マニュアルに記載されている内容が絶対常識として効果を及ぼします」

「えぇと、つまりこれまでこちらが手に入れられないのは、その…… 絶対常識マニュアル効果によるものだと?」

「絶対常識マニュアル効果にはほかにもいろいろとありますが、その一例ですね」

 紳士はしばらく思案していた。単純な不手際で、数千年手に入れられていないというよりも、なにか理由はあるのだろうという点においては納得できるように思えた。とは言え、その理由が、アイザックが言った絶対常識マニュアル効果なるものだという点については、はたして納得できるだろうかとも考えた。

 その時、ドアホンがピンポンと鳴った。


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