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絶対常識マニュアル  作者: 宮沢弘
第三章: ソロモン王の指輪
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3−2: 結社1

 すこし、先日アイザック宅に押し入った連中について見てみることにしよう。

 連中、つまり結社なのだが、結果はともかく、今も絶対常識マニュアルをアイザックが持っていることは確認できていた。ただ、頭を悩ませていたのは、強奪犯のバンに起ったことだった。もちろん、それは歴史上に起った出来事と無関係ではないことはわかっていた。バンがバナナの皮で滑ったというのは不可解ではあったが、ともかくそういう状況ではそういう事柄が起こることは理解していたし、バンが引っくり返って、マニュアルが結局アイザックの元に戻ったことはわかっていた。ただ、アニュアルが今は木星に行っていることなどは知るはずもないのだが。


 結社にわかっているのはそのくらいだったのだが、問題は結社の目的だった。正確に言えば、目的がないことだった。どうやっても自分達の手元には来ないのだ。数千年前には目的もあったのだろうが、今はマニュアルを手に入れることが目的となっていた。マニュアルを手に入れてどうするのか? その本来の目的が失なわれていた。

 そしてつい先日、ともかく一時的にはアイザックから強奪に成功したのだ。これまでの失敗やニアミスに比べれば、目的の達成までにはあとほんの一歩だった。

 そのことが、結社の本来あるはずの目的をさらに忘れさせることに——もっとも、これ以上忘れようなどないのだが——なった。


 アイザックが左手からナックル——歴史上は指輪なのだが——を外し、テーブルに置き、これからどうしたものかと考えていた時だった。ドアホンがピンポンと鳴った。

 別宇宙人であるはずはない。かと言って来客の予定もない。通販の荷物がということもない。

 アイザックはソファーから立ち、窓辺へと近付いた。だが見たところ、いつもの連中がやって来ている様子もなかった。

 というわけで、アイザックは玄関へと向かい、ドアホンのディスプレイを見た。そこからは身なりのしっかりした紳士が一人映っていた。

 さて、これは誰なのかとアイザックは考えた。見知った人ではない。そう思案していた時だった。

「アイザック・マーフィー氏にお願いがあり、参りました。ともかくお話を伺ってはいただけないでしょうか」

 ドアホンから紳士の言葉が聞こえた。

「先日のことから、さらに不信感をお持ちであろうことは承知しております」

 あぁ、やっぱり連中なのかとアイザックは思った。

「ですが、正直なところ方針を変更いたしまして、あのようなことはもう起こらないと約束いたします」

 その言葉を信用する理由もなかった。しかし、窓辺からすこし見ただけでは、すくなくとも監視がいないとも言い切れなかった。ここで断わったらどうなるという確信もなかった。

 アイザックは思い切ってドアを開けた。

「いや、有り難い。それとも監視を警戒してでしょうか? ともかく、こちらが強硬な方法を取ってしまったことについて、まずは謝罪をさせていただきたいと思います」

 その紳士は、持っていた紙袋を差し出した。老舗のスイーツ店のものだった。

 アイザックはそれを受け取ると、中身を確認した。そうやって眺めた範囲では、紙箱に封がされ、それが剥された様子もないようだった。また、紅茶のペットボトルも二本入っていた。こちらも封を開けた様子はないようだった。毒を盛っているとか、なにかそういうことがないにしても、少なくとも先日の謝罪を菓子で済まそうとしているのだとしたら、何を考えているのかとも思った。

「いや、これだけで済まそうなどとは思っておりませんが。ともかくお話をと思いまして」

 アイザックの表情を読んだのだろうか、紳士が言った。

「まぁ、それではともかく入っていただくとしましょうか」

 アイザックが答えると、紳士は笑みを浮かべた。


 アイザックは紳士にソファーを勧めた。

「お手数をかけてしまうのもと思い、紅茶も持って来ましたが。どうです? 菓子も広げて、話に入ってもよろしいでしょうか?」

 紳士はそう言いながら、アイザックがテーブルに置いた紙袋に手を伸ばした。

 アイザックは他にどうするということもないと考え、頷いた。

「あぁ、それはもしかしたら」

 紳士は紙箱を広げ、アイザックにもペットボトルを渡しながら、テーブルの上にあったナックルを見た。

「えぇ。ソロモン王の指輪です」

 今更隠すこともできないまま、アイザックは答えた。

「なるほど、それもアイザックさんがお持ちだったんですね」

 紳士もまた頷いた。そして菓子へとスプーンを伸ばし、口へと運んだ。

「そう警戒なさらずに。なるほどなるほど。ニアミスもこれの影響だったわけだ」

 紳士は得心がいったというように、また頷いた。

「いや、これは……」

 果たして正直に言ったものかとアイザックは考えた。相手もなにかを知っているだろうとは言え、正直に言ったところで信じるだろうか? その点については、おそらく信じるだろうとも思えた。だが、わざわざ教えてやる必要があるだろうかとも考えた。

 紳士は菓子を頬張り、紅茶を飲みながら、部屋の中を見渡していた。

「それはそうと、マニュアルでよろしかったかな? そのマニュアルがないようですが」

 マニュアルが今は木星付近にあると答えたものだろうか? そう答えるなら、別宇宙人についても話す必要があるだろうし、先の強奪が失敗した原因にも触れる必要があるだろう。それに、ともかくマニュアルが必要な時に手元にやってくるだとか、これまでのニアミス——アイザックにわかっている範囲でだが——についても話す必要があるだろう。ただ一つ、現在の正式な所有者がアイザックになっていることは、アイザック自身も知らないことではあったが。

「マニュアルは、ちょっとばかり一人歩きしてまして」

 アイザックも菓子に手を伸ばし、答えた。

「なるほど、なるほど。マニュアルともなれば、そういうこともあるのでしょうな」

 紳士は、この程度の応えであれば納得したようだった。


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