No.71 ダンタリオン 2
諸君らは悪魔と聞いてどういう印象を抱いているだろうか?狡猾な存在?忌避すべき災厄?もしかすると我々を利用しようとする者にとっては偉大なる存在ということもあるかもしれない。
基本的にはその日その日を気ままに過ごす者もいるが、あくまで知性を持つ存在であれば、惑うこともある。
ーーー私だってそうだ。
ことのなりゆきはそう、異世界から帰還し、自分の館へと戻ろうとしていたところだった。
「ダンタリオン様ってさ、どれが本当の姿なんだろうね」
私は思わず足を止めてしまい、結果的に聞き耳を立ててしまった。
「ちょっと、やめなよ!どこで“ダンタリオン様が聞いているかわからないわよ?“」
それは人間達の間で言われている怪談、というか子供の躾に使われる話だ。
「悪戯をする悪い子供のところには両親に化けたダンタリオンがやってきて連れ去ってしまうぞ」
というのはとある世界ではよく知られている。
実際にそんなことをしたことはないのだが、意外と人間という奴は恐れ知らずなのだ。
話が逸れた。
“私が何者であるか“恐らく彼らは深く考えて発した問いではなかろう。
だが私にとって非常に難解な問題であった。
私は元々どんな存在であったのか。
どのように思考し、どのような行動をとり、どのような癖があったのか。まるでわからなくなってしまっていたのだ。
自身の能力の弊害であった。
多くの知識に触れ、考えに同意してきた結果、触れてきた思考・経験によって均されてしまったのだ。それを悪いとは言いきれない。だが、“自分“とは何なのか。
その質問に答えを返すことができない、それが問題であった。考え過ぎて眠れない夜が続いた。
そもそも睡眠の必要性はなかったな。
食事も喉を通らない。
そもそも感情を取り込むだけでよいのだった。
そんな不毛な日々を繰り返していたところにセーレ君が訪れてきた。彼は物を運ぶのが得意で、よく異世界へのお使いを頼んでいることもあって、それなりに面識があった。日頃の礼もある、相談にのってやるくらいはまんざらでもなかった。
彼の口から出たのは予想外の言葉であった。
“子供の衣服の作り方や教育について参考になる書籍を売っている世界を教えて欲しい“
全く事態は理解できなかったが、一つの世界を紹介して、ついでに今ハマっている漫画の最新巻をついでに買って来てもらった。その世界についてはセーレ君も気に入ってくれたようで、親交を深めるようになるのだが、それはまだ先の話だ。
自らの問いへの答えを見つけられないまま、日が過ぎた。久々に屋敷を出た私は魔神達が騒がしいことに気づき、首を傾げた。
「おお、ダンタリオンではないか、久しぶりだな。少しやつれたか?いや待てよ?調度いいところに現れた。少し話を聞いてくれ給え」
最っ高に嫌な予感しかしなかったが、強引に連れ出されてしまった。私はインドア派なのだ。
アスモダイのような男のちからづくには抵抗しがたい。
「そなたはいろいろな世界を回っており、博識であろう。姫様の教育をしてもらいたいのだ」
突然そんなことを言われる。魔神はプライドが高い者が多い。目の前の男もその例に漏れないはずだった。形だけとしても他の魔神に頭を下げることなどありえなかった。
「姫様とは誰だ?」
1番の疑問について尋ねると、余りにも意外そうな顔をして、
「なんだ御主、姫様のことをまだ知らんのか?家の中に閉じこってばかりだから周囲の変化に鈍するのだ」
ガハハと笑いながら肩を叩く。痛いわ馬鹿力め!
「ともかく、頼んだぞ」
肝心の姫様とやらのことを何も話さずに行きおって、どうしろと言うのだ。
それにしてもあの格好は何なのだ?
セーレ君が訪れて、アスモダイのことを謝りながら、もしよかったら頼めないか?と言ってくる。繰り返しにまるのだが、私はセーレ君には頭が上がらないのだ。あの国の“密林サービス“のように私を助けてくれるから。
姫様のことについて聞いた私は驚いた。その存在の未知さにだ。他の魔神たちのように心頭まではしていない。
つーか、何このカオス。
王位の魔神が姫様に必死になってるんけど。
あの国の紳士達ならYes!ロリータ、No!タッチとかそんな感じか?私をもまだあの文化を把握しきれていないが。
とりあえず言われたことだけをこなすことにしようと決め、決められた時間に姫様の元を訪れ色んな話をすると、時に目を見開いて嬉々とし、時につまらないようで必死に眠気を堪えている。
そんな日が繰り返されたある日のこと、
「だんたいおん、あそぼ。かくれんぼしお!」
と珍しく誘われる。恐らく話がつまらなかったのだろう。
さっさと終えてしまおうと思い遊びの誘いを受ける。聞いたルールなら私に有利だ。さっさと抜け出してしまおう。そう思い、大人げなく、後だしをして勝つと適当に距離をとったところで仮面を被るとそこにいたのはアスモダイだ。最も魔神には完璧に成り切ることは難しいが。
「おお、姫様。このようなところで何を?まだ授業中のはずですが?」
探しに来た姫様に取り繕って言う。
姫様は頬を膨らませて応える。
「だんたいおん(・・・・・・)、ちゃんとやっえ」
「え?」
言われたことが理解できなかった。
自棄になってあらゆる魔神になりすますも、全部看破され、姫様の怒りゲージが高まる。
「……降参です。姫様には私が分かるのですか?」
それは本気の降参だった。
姫様は首を傾げ、本当にわからなそうにしたあと、にぱぁっと笑う。
「よくわぁんないえど、だんたいおんはだんたいおんなの!」
その何気ない言葉が私の中にストンっと収まる。なるほど、私は誰かに私を見てもらいたかったのだ。たった一人私を理解してくれたなら。
その日から姫様を受け持つ時間が私にとって何よりの時間になる。どうすればわかりやすく、興味を持ってもらえるか。
以前より周りにあるものが楽しく思えるようになったのだから不思議なものだ。