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第11話 黒刃の収穫者

燃えていた。


森が。

木々が。

空気が。

世界の半分が赤かった。


アリアたちから見れば、それは幻のような再現映像だった。

だがルシェにとっては違う。

彼女はその中に立っている。


若い。今より少し幼い。

角もまだ短く、目つきも今ほど研がれていない。

その隣には、同じように黒い角を持つ魔物の戦士たち。

皆、必死の顔で炎を見ている。


「……これ」

アリアが小さく呟く。


モグの顔からも軽さが消えていた。


「記憶投影か」


幻の中のルシェは、誰かの声に振り返る。


「西の林へ行け! まだ子どもたちが残ってる!」


彼女は頷き、駆けた。

炎の間を走る。

倒木を越え、煙を裂いて進む。


その途中で、機械兵たちが見えた。

黒い量産機。森を焼くための兵器。

今のセブンとは違う、感情も判断もない“武器”そのもの。


若いルシェは迷わず斬りかかった。


速い。

そして鋭い。

今より荒いが、獣のような勢いがある。


機械兵を一体。

二体。

三体。


だが、奥から聞こえるのは子どもの泣き声ではなく、爆ぜる音と崩れる枝の音だけだった。


「まさか……」

アリアの喉が乾く。


若いルシェが辿り着いた先にあったのは、焼け落ちた避難所だった。


木で作られた簡易の洞。

その入口が崩れ、中は炎に包まれている。


その前に、ひとりの魔物が倒れていた。

女性だった。ルシェによく似た角の形をしている。


姉だ、とアリアはなぜか直感した。


若いルシェが膝をつく。

口が動く。

だがこちらには声が聞こえない。

代わりに、祈りの間の白い仮面がその意味を代弁するように問いかけた。


『お前は何を選んだ』


ルシェの顔色が変わる。

今の彼女が、幻を睨み返す。


「やめて」


『お前は何を選んだ』


幻の中で、若いルシェは倒れた姉を抱えようとする。

だが、奥からまた音がする。

まだ生きている誰かが、炎の向こうにいる。


姉を連れて逃げるか。

奥へ踏み込むか。


その一瞬の迷い。


そして若いルシェは、姉を置いて奥へ走った。


アリアの胸が痛む。


炎の中から、幼い魔物の子どもを二人、彼女は抱えて戻ってくる。

だがその時にはもう、入口脇に倒れていた姉の姿は炎に飲まれていた。


ルシェが目を閉じる。

表情は動かない。

けれど拳だけが白くなるほど強く握られていた。


『お前は守った』

仮面が言う。

『だが、全ては守れなかった』


「……分かってる」

ルシェの声は低い。


『その日からお前は、守れなかったものの数で自分を測っている』


幻が切り替わる。


今度は別の戦場。

雪の平原。倒れた魔物たち。

中央に立つルシェ。

黒い刃を振るい、機械兵も人間兵も容赦なく倒していく。


彼女の周りに、仲間たちが距離を取っていた。

畏れと尊敬が半々の目で。


『“黒刃の収穫者”』

仮面がその異名を告げる。

『お前は強くなった。守るために。二度と失わぬために』


幻のルシェは、敵を斬る。

斬る。

斬る。

そのたびに表情が少しずつ消えていく。


『だが、本当は知っている』

仮面の声が静かに落ちる。

『斬るだけでは守れないと』


ルシェは答えない。


アリアはたまらず一歩出た。


「……ルシェ」


「来ないで」

彼女が初めて、少しだけ震えた声で言った。


アリアは止まる。


ルシェは前を向いたまま、低く続ける。


「見られたくないのよ。こういうの」


「でも」


「私は、綺麗な理由だけで戦ってきたわけじゃない」


祈りの間にいるルシェの横顔は、いつものように鋭い。

けれど目だけが、ずっと遠い火を見ていた。


「守りたかった。だから殺した。

でも殺してるうちに、守るためなのか、奪われたくないだけなのか、分からなくなった。

気がついたら、仲間まで私を“使いやすい刃”みたいに見るようになった」


彼女は笑った。

笑いじゃない、痛みをごまかすための形だけのそれだった。


「おかしいでしょ。森を守りたいだけだったのに、私自身が誰より戦争向きになってた」


アリアの胸がぎゅっとなる。


ルシェはずっと強かった。

でも、その強さはきっと、ずっと傷でもあったのだ。


白い仮面が問う。


『ならば、今、お前は何を望む』


長い沈黙のあと、ルシェは言った。


「……分からない」


仮面は黙る。


「森を守りたいのは本当。

人間も機械も信じ切れないのも本当。

でも、それだけじゃ足りないって気づいてるのも本当。

この娘について来たのは、利用できると思ったから。旗があれば戦況が変わるかもしれないと思ったから」


アリアは息を止める。

それでも不思議と、傷ついた気はしなかった。

知っていた気がしたからだ。


ルシェは、ゆっくりアリアを見る。


「でも今は、それだけじゃない」


その一言は、とても小さかった。


「こいつは馬鹿で、無防備で、すぐ突っ込むし、信じるのが早すぎる。

見てると不安で、腹が立つ。

なのに……」


ルシェはそこで少し言葉を探した。

苦手なのだろう。こういうことを口にするのが。


「……なのに、隣にいたくなる」


アリアの目が丸くなる。


モグは小さく「おお」と声を漏らし、セブンは無言で記録したそうな明滅をした。


「だから私は、たぶん――」


ルシェは正面を向き直る。


「斬ることしかできない自分のままで終わりたくない」


祈りの間が静まり返る。


白い仮面はしばらく彼女を見つめ、やがて告げた。


『回答を受理』


光が弾ける。

燃える森の幻が消える。

雪原も、死体も、若いルシェも消えた。


残ったのは、今ここに立つルシェだけだった。


彼女は少しふらついたが、すぐに姿勢を戻す。

アリアが駆け寄る。


「ルシェ!」


「平気」

即答だった。だが声は少しかすれている。


「平気じゃない顔してる」


「見ないで」


「見ちゃうよ」


ルシェは本気で嫌そうな顔をした。

でも、アリアがそっと手を取ると、振りほどかなかった。


「……ありがと」


アリアのその一言に、ルシェはわずかに目を細める。


「何に対してよ」


「隣にいてくれるって言ってくれたこと」


「言ってない」


「言ったよ、ほぼ」


「ほぼ、で受け取るな」


『事実上の表明と解釈可能』


「セブン、今は黙って」


モグが肩をすくめる。


「いやあ、旅っぽくなってきたな」


「どこが!?」


『信頼形成イベントとして妥当』


「セブンまで旅っぽい判定するの!?」


アリアの大声で、少しだけ空気が軽くなった。


ルシェはため息をつく。

だが、その表情はさっきよりほんの少し柔らかかった。


白い仮面は、再びアリアの前へ戻った。


『盟旗保有者、および同行者の確認を終了』


「じゃあ通れるの?」

アリアが聞く。


『最終照会を行う』


「まだあるの!?」


『当然』


モグがぼそっと言う。


「古代施設って、だいたい最後に一番面倒なのが来るんだよ」


「知りたくなかった!」


仮面はアリアを見つめた。


『盟旗保有者。お前は、隣の者たちと異なる結末を受け入れられるか』


「異なる結末?」


『人間は人間の痛みを、魔物は魔物の痛みを、機械は機械の痛みを持つ。すべてが同じ救いに辿り着くとは限らない。それでもお前は、ひとつの正しさで全てを縛らずに進めるか』


アリアは黙った。


難しい。

母の言葉より、ずっと難しい問いだ。


世界平和。

それはみんな仲良く、笑って終わる話だと思いたかった。

でもたぶん、現実はもっとでこぼこで、きれいに揃わない。


彼女はルシェを見る。

セブンを見る。

モグを見る。

守衛機四号の青い目も、静かにこちらを向いていた。


「……受け入れたい」


『願望である』


「うん。まだ願望」


アリアは正直に頷く。


「でも、同じ結末じゃなきゃ駄目だって最初から決めるのは違うと思う。

悲しい別れもあるかもしれないし、戻れないものもあるかもしれない。

それでも、だから敵だって決めるのは嫌」


彼女は白旗を胸の前で握る。


「私は、同じ答えじゃなくても一緒に立てる方法を探したい」


仮面は静かにその言葉を受け止めた。


『未熟』


「うっ」


『だが、偽りは少ない』


「少ないって何!?」


『十分である』


その瞬間、祭壇の台座に白い光が走った。

空間全体の紋様が繋がり、祭壇の中央に細長い結晶鍵がせり上がる。


『盟旗保有者アリア・フェルン』

『同行者ルシェ、セブン、モグ、守衛機四号』

『白塔中層への通行を限定許可』


アリアは目を見開く。


「通った……?」


『通った』


「やったあ!」


彼女は思わず飛び上がり、直後に結晶鍵を受け取ろうとして祭壇の段差につまずいた。


「わっ」


セブンが即座に支える。


『注意力不足、再確認』


「最後まで締まらないなあ私!」


モグが笑い、ルシェは呆れたように眉を下げた。


「ほんと、どうしてこの子が盟旗持ちなのかしら」


『推定。適性判定は戦闘力以外を重視』


「それは間違いないわね」


アリアは結晶鍵を両手で持ち上げる。

ひんやりしていて、でも奥に熱を感じる不思議な感触だった。


祭壇の奥の壁が、ゆっくりと開いていく。


その先には、さらに深い白塔の内部。

薄青い光に照らされた回廊。

そして遠く、何か大きな機構が動いている低い音。


アリアは一歩前へ出る。

その背に、ルシェが並んだ。

セブンが続き、モグが荷物を担ぎ直し、四号が最後尾につく。


「行こう」

アリアが言う。


今度はその声に、迷いがなかった。


彼女はまだ未熟だ。

白旗の振り方も知らない。

世界の重さにも慣れていない。


でも、ひとつだけ分かったことがある。


平和は、優しいだけじゃ辿り着けない。

けれど優しさを捨てたら、きっと別の何かになってしまう。


だから彼女は、その両方を抱えて進くしかない。


白塔中層のさらに奥――

二つ目の記録と、

戦争の始まりにもっと近い真実が待つ場所へ。

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