repair.68 『平原の養成所と老魔導士の殊勝な言い分』
リエイの工房が建つ場所は、迷宮都市と岩山ダンジョンを一直線に結ぶ街道沿いにあった。周囲に急な坂はなく、視界の開けた平坦な草原がどこまでも続いている。ダンジョンを少し通り過ぎた先には南の森へと続くT字路があり、迷宮探索者や商人たちが必ず目にする、極めて分かりやすく、かつ喉かな要衝であった。
その吹き抜ける風が心地よい草原で、あろうことか王国の最高権威である宰相ベネディクトが、膝を突き、額を地面に擦り付けていた。
「アルス・マグナ様! 伏してお願い申し上げます! この工房前の広大な平原に、国を挙げて『国立魔導士養成所』を設立いたします! つきましては、あなた様にその学長、兼特別講師の座に就いていただきたいのです!」
なりふり構わぬその姿に、周囲の護衛騎士たちは石のように固まっている。ベネディクトは顔を上げ、キラキラとした瞳でアルス・マグナの結晶体を見上げた。
「これならば、リエイ殿の工房のすぐ目と鼻の先。あなた様はリエイ殿と離れることなく、同時に我が国の後進育成という、歴史に名を刻む楽しみを享受できるのですぞ!」
(……さすがは宰相。おっさんの『居座りたい欲』と『教えたがり欲』を、これ以上ない形で同時に突き刺してきやがった)
リエイは、そのあまりに鮮やかな交渉術に、呆れを通り越して感心すら覚えていた。おっさんの反応を黙って見守っていると、正八面体の結晶体がゆっくりと回転し、殊勝な声で答えた。
『ふむ……。それならば構わぬ。訳あって、リエイはこの街から離れられぬ身。我を無理に王宮へ連れて行けば、この器のメンテナンスが行き届かぬ。もし我の意識に関わらず力が暴走したとき、即座に対処できる者がおらぬのは困りものよ。意図せぬ被害を出すのは、我の本意ではないからのぉ』
おっさんの口から出た意外にも謙虚な言葉に、リエイは胸の奥でちょっぴり尊敬の念を抱いた。自分の強大すぎる力を自覚し、周囲への被害を懸念してリエイの腕を頼る。その在り方は、確かに伝説の賢者そのものだった。
『それに、リエイの技術は継承するに値するゆえ、後進育成は重要課題ぞ。実に、感心じゃ。ベネディクトよ、褒めて遣わす』
「おおぉ……! ありがたき幸せ! 直ちに建設の準備に取り掛からせます!」
上機嫌なおっさんと、念願叶って感涙にむせぶ宰相。
その二人の熱狂を、リエイは遠い目をして眺めていた。作業台に目をやれば、磨きかけの歯車や分解途中の魔導具が、主の帰りを待っている。
(……いい話にまとまってるみたいだけどさ。俺、今日はまだ一件も仕事終わらせてないんだよな。早く帰ってくれないかな、この人たち……)
リエイの心の中の切実なぼやきは、草原を渡る風にかき消されていった。




