repair.52 『封印の重層と剥き出しの深淵』
数日後、カイルの予告通り、工房の前に馬車の止まる音が響いた。
現れたのは四人の騎士。銀の甲冑に身を包んだ聖騎士の男性二名と、凛とした佇まいの準聖騎士の女性二名という精鋭の編成だ。
彼らが馬車の荷台から慎重に下ろしたのは、一見すると何の変哲もない、だが異様なまでに「無」を感じさせる黒い箱だった。
「聖教騎士団より参りました。カイル教導官の命により、例の品を届けに」
代表格の聖騎士が、所属と氏名、依頼内容が記された公式の書面と、ずっしりと重い前金の袋をリエイに手渡した。狭い工房に、装備を整えた五人の大人がひしめき合い、物理的な圧迫感が一気に増す。
リエイの視線は、何よりもその箱に釘付けになった。
「……なるほど。不穏な気配を微塵も外に漏らさない。名工の手による逸品だな」
多機能ゴーグルを軽く指で押し上げ、その構成を読み取る。封印に特化した希少な木材、魔力を遮断する特殊な鉱石、そして複雑に編み込まれた魔法銀の糸。それらが空間抑制の術式と組み合わされた、封印師による特注品だ。
「これを開けるのも、一つの『儀式』だな」
リエイは書面に記された解錠手順を確認した。
この手の封印箱は厄介だ。手順を一つでも誤れば内部で機構がロックされ、製作者である封印師本人が持つ「特別な鍵」でしか開かなくなる。
しかも、その封印師というのが揃いも揃って気難しく、手順を違えた者を「道具を扱う資格なし」と見なして、どれほど金を積まれても解錠を拒むことさえあるという。最近ではその対策として、開錠手順を極力少なく簡略化して発注するのが流行りだそうだが、それでも緊張感に変わりはない。
「……よし、開けるぞ。全員、少し下がっていてくれ」
騎士たちが壁際へ身を寄せ、工房内に静謐な緊張が走る。
リエイは手順に従い、まず左の魔法銀のダイヤルを三度半回し、次に底面の術式刻印に微量の魔力を流し込む。最後に、天板の木目に沿って指を滑らせた。
カチッ……。
精緻な歯車が噛み合う音が響き、封印箱の蓋がゆっくりと持ち上がる。
その瞬間、これまで完璧に抑え込まれていた「異常」が、濁流となって工房に溢れ出した。
「ッ……!」
騎士たちが一斉に身構える。
箱の中から現れたのは、古びた、だが嫌な光沢を放つ真鍮の天秤。
それが姿を現した途端、空間そのものが「重く」なった。物理的な重力ではない。存在の密度が強制的に高められ、肺の中の空気さえも鉛に変わったかのような、逃げ場のない圧迫感。
作業台の脚が、ミシミシと悲鳴を上げる。
リエイは多機能ゴーグルを装着し、剥き出しになった天秤の「核」を凝視した。
「……カイルの言った通りだ。これはただの魔道具じゃない。周囲の因果ごと、無理やり『質量』に変換し続けてやがる」
ゴーグルの視界には、天秤を中心に渦巻く黒い魔力の奔流と、歪み、捻じ切られようとしている空間のグリッドが映し出されていた。




