repair.105 『響き渡る福音、修理師の日常』
翌朝、夜明けと共に平和の鐘は再び時計塔の頂上へと戻された。広場には、音を失った街の象徴が復活する瞬間を見届けようと、多くの市民が集まっている。
「リエイさん、本当に大丈夫なんですか? 鐘の色が、以前と全然違う気がしますが……」
不安げに見上げる司祭に、リエイはただ短く「叩けばわかる」とだけ告げた。リエイ自身が鐘の引き綱を手に取る。彼は深く息を吐き、静かに、けれど力強く綱を引いた。
カァァァァァァァァン……!
その瞬間、街中の空気が震えた。
以前の真鍮の音とは比較にならないほど、透き通った、それでいて腹の底まで響く重厚な音色。鐘の音は広場を越え、街の壁を越え、遠く迷宮の入り口まで届いていく。その音波が広がるたび、街に溜まっていた澱んだ魔力が霧散し、朝の光が一層明るく感じられた。
「なんて美しい音だ……。まるで天上の音楽を聞いているようだわ」
涙を流す老婆、歓声を上げる子供たち。司祭は奇跡を目の当たりにしたように十字を切って祈りを捧げた。その音色には、スライムがもたらした雪氷石の魔力が宿っており、街に近づく低級の魔物を退ける強力な結界の役割さえ果たしていた。
「修理完了だ。ついでに迷宮の干渉を受けにくいよう、表面を特殊コーティングしておいた。これでまた数百年は持つだろう」
リエイは感謝の言葉を投げかける司祭たちを避けるように、足早に広場を後にした。賞賛されるためにやったのではない。ただ、壊れたものが元通り、あるいはそれ以上になる瞬間を見たいだけなのだ。
受け取った報酬の金貨を数枚使い、リエイはなじみの果物屋で真っ赤なリンゴを買い込んだ。
「リエイさん、お疲れ様です! 鐘の音、工房まで聞こえてきましたよ。とっても素敵でした」
店の前では、ノエルが揚げたてのドーナツが入った紙袋を持って待っていた。リエイは「ああ、素材が良かっただけだ」と素っ気なく答えながら、買ってきたリンゴを一つ、彼女に差し出した。
「これ、ノエルに。いつも差し入れをもらっているからな」
「わあ、ありがとうございます! 嬉しいです」
二人が工房の中へ入っていく。その背後、店の裏口の影で、小さな魔物がこっそりと姿を現した。それはまた別の階層に住む魔物だったが、リエイを襲う様子はない。魔物は口に咥えていた「見たこともない七色の鉱石」を、リエイが気づきやすいようにそっと勝手口の前に置くと、嬉しそうに尻尾を振って闇の中へと消えていった。
「……また落とし物か。最近の迷宮は、本当にどうなっているんだ」
店の中からリエイの呆れたような声が聞こえ、ノエルの楽しげな笑い声が重なる。




