repair.102 『謎の声と古き地図』
戦士を見送った次に店を訪れたのは、おっとりとした雰囲気を纏う魔導師の少女、ノエルだった。彼女が大切そうに差し出したのは、銀色の小さな鈴だ。
「リエイさん、あの……鈴の音が、なんだかおかしいんです。壊してしまったわけではないと思うのですが」
チリン、と鳴ったその音は、確かにどこか濁っていた。リエイがその鈴に触れ、回路を読み取ろうとした瞬間、脳内に誰かの声が直接響き渡る。
『小僧、何をモタモタしておる。そこは回路の第三層が歪んでおるだけじゃ。時間の無駄じゃぞ、まったく』
リエイは驚愕して周囲を見渡したが、店には自分とノエルしかいない。だがその声は、かつてどこかで長き時を共にしたような、不遜で尊大、けれどどこか懐かしい老人の声のように思えた。リエイは動揺を隠し、鈴の内部へ精神を集中させる。
「無理をさせたんだな。主を守ろうとして、許容量を超えた魔力を流した跡がある。バイパスが焼き切れかけているよ」
リエイは極細の銀の針を手に取り、目に見えない回路の絡まりを解いていく。まるで見えない導き手に手を引かれるように、針は最適な経路を辿り、新設された回路は驚くほど滑らかに魔力を通した。
チリィィン。
澄み切った秋の空のような音色が、店内に満ちる。ノエルは花が綻ぶような笑顔を見せ、鈴を愛おしそうに胸に抱いた。
「わぁ! ありがとうございます! 以前よりもずっと、優しくて温かい音がします!」
「そりゃあ、良かった。現場復帰のサポートまでが修理師の仕事だからな。次はもう少し、魔力の出力調整を意識してみてくれ」
彼女を見送った直後、今度は使い込まれた外套を纏ったベテランの冒険者が現れた。
「ここが、元アナリストのリエイが営む店か。道具ではなく、地図の修復を頼みたい」
差し出されたのは、迷宮の層の変化をリアルタイムで記録する自己更新型の魔法地図。中枢の術式が完全に焼き切れており、通常の修理師なら匙を投げる代物だ。だが、リエイがその羊皮紙を広げた瞬間、彼の脳内にある迷宮の三次元モデルが、強烈な明瞭さで現実と同期した。
「……第四層の『嘆きの回廊』だな。今は風の魔力が南西に寄っている。以前とは地形が三度ズレているな。ならば消失した北側の通路は、こう繋がるはずだ」
リエイの指先が羊皮紙の上を滑る。彼がペンを走らせるよりも早く、地図が光り輝き、失われたはずの道がみるみると再生していく。彼以外の修理師であれば、膨大な演算と予測に数日を要したはずの作業なのだが、わずか数分で、しかも完璧な精度で完了した。
「お待たせ。修復は完了だ。第五層の入り口付近に変異の予兆がある。そこは慎重に進んでくれ」
依頼人は信じられないものを見る目でリエイを見つめ、震える手で地図を受け取った。
「……噂以上の、いや、化け物じみた腕前だ。あんた、本当にただの修理師なのか?」
「ああ。今はただの、しがない修理屋さ」
リエイはそう答えたものの、心の中の違和感は膨らむばかりだった。手に馴染みすぎる黄金のレンチ、脳内に響く謎の小言、そして、これから起こる出来事をあらかじめ知っているかのような予感。
作業台の上のハーブティーを一口すすり、リエイは窓の外、夕日に染まる迷宮の入り口を眺めた。
自分で潜るよりも、誰かの旅を支える方が充足感がある。その思いに嘘はない。しかし、世界そのものが彼を再び「最強」の座へと押し戻そうとしている。リエイは次の依頼品を手に取り、自分の中に眠る未知の可能性に戸惑いながらも、どこか楽しげに作業を再開するのだった。




