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少し気温が上がって過ごしやすくなった午後。
例にも漏れず、いつも通りにソファに座って魔法の勉強をしている私。そして、そんな私を後から抱き締めて座っているトーマ。彼の足の間に座ることで当たり前みたいに体をくっ付けて、彼の手がお腹に回されている。
恋人と公言してから何日も経った。その間も、その、色々あったから気にしないのは無理だけど、密着することは心地良くなっていた。
最近、この体勢を取られる。どうやら後ろから抱き締めるのが好きみたい。すっぽりハマるから抱き枕みたいな感覚なのかも。
ただ、それだけだったらいいんだけど、彼は少しずつ積極的になっている。以前は抑えてくれていたけど、たまにエッチな触り方してくるようになった。答えていたら時間がなくなってしまう。我慢させることになるから、やっぱり常時くっ付くのは良くないんじゃないかな?大丈夫なの?
「ん・・・」
あ、駄目っぽい。胸を触ってきた。ゾクゾクしちゃう。これをスルーすれば止めてくれるけど、時間が経てばまた触ってくるだろうし、気持ちを切り替えてもらおう。
ちょうど重ねていた両手の内が温かく、もふもふした感触と質量を感じた。今、新しい私の使い魔が生まれた。
胸を撫でてくるトーマに顔を向けて、開いた両手を見せる。
「・・・そいつは?」
顔を見せれば、手の動きが止まった。彼の視線は私から手の上にちょこんと乗っている子に移る。
「新しい使い魔です」
「またちっこいのを生み出したな」
目が細まって笑った。首を傾けているけど、愛らしさを感じているのかもしれない。
今回生み出した使い魔はもふもふした毛並みで丸いフォルムをしたネズミ・・・というか、ハムスターになってしまった。小さくて手足があって耳のある生き物を思い浮かべたら、こうなった。この世界にはいない生き物だからトーマからすれば未知の存在だろう。
「ネズミか?」
「それをイメージして作成したのですが、どうも可愛い姿になってしまうみたいで」
くりくりした黄緑色の宝石のような瞳。銀色に輝くような光沢をした触り心地のいい体毛は神秘的だけど、完全にハムスターになってしまうのはどうなんだろう。私がイラストを描くと、人だろうと動物だろうと丸っこくてぷにぷにしたものになる。その感覚に引っ張られちゃったのかもしれない。
「お前の使い魔らしくてぴったりだぜ」
「そうですか?」
手の中のハムスターを見る。顔が痒かったのか、短い両手で必死に毛づくろいする姿は可愛いの一言に尽きる。
もっとかっこいい感じの子を生み出したいと思ったけど、見ていると安らぐからいいかな?
「で、ただの愛玩用の使い魔じゃないんだろ?どんな能力があるんだ?」
見惚れていたらトーマに意識を戻された。彼の肩に頭を乗せるように密着して、ずっと私を見つめていたらしい顔を見上げる。
「この子の力は聴覚です。音を運ぶ風の魔石を組み込んでいるので、どんな小さな音も聞き逃しません。どれほどの範囲まで聞こえるかは実践してみないと分からないですけど、多分、この部屋くらいの規模なら全ての音や声が聞こえます」
「へぇ・・・じゃあ、リスベットがどんなに声を潜ませても聞こえちまうんだな」
耳元に囁いて、体を抱き締めている手が刺激を与えるように撫でてくる。
何の声とか私は一切突っ込まないですからね!この人のペースに飲まれたら、これ以上勉強もできなくなるから無視!エッチな手も叩いてやる!
「いて」
お腹の下の方を撫でていた手を軽く叩いた。彼は短い声を上げたけど、動きを止めてくれた。
「では、このハム・・・ネズミに名前を付けましょう」
気を取り直して、手の上にちょこんといるハムスターを見る。綺麗でつぶらな瞳で私をジッと見ている。可愛いけど綺麗な子でもある。変な名前は付けられないな・・・どうしよう、クリリン・・・違うな。ころころした体型だからコロン・・・いや、もっと的確な呼びやすい名前・・・可愛さ重視でいってみるかな?もふもふな体毛の、もふもふ・・・そうだ!
「モフというのはどうでしょう?」
可愛いでしょ!ってトーマを見上げたら、不満?不可解?みたいに眉を寄せていた。
なんで?
「モフ・・・チュピ・・・」
確認するようにモフを見て、チュピのいる方角を見る。チュピは、彼が作ってくれた鳥籠の中でうたた寝していた。でも、すぐにパチリと目を開けてドアがない出入り自由の入り口を潜る。そのまま飛び立つとパタパタと翼を動かしてトーマの頭の上に着地した。
呼ばれたと思ったらしく、首を傾けて待機している。可愛い。
「お前の名前の付け方は分かりやすいっていうか、安直っていうか、子供が直感で付けそうな名前だよな」
「私のことを子供扱いしてます!?」
そんな雰囲気を感じ取った。緩んだ顔も肯定しているようにしか見えない。それに腹立たしく思ったら、宥めるように頭を撫でてきて更に子供扱いしてきた!
たまに、無意識なんだろうけど本当に子供扱いしてくるときがある。小さい頃から一緒だから感覚が抜けないんだろうけど、いや、まって、こんなふうに反応する時点で子供では?
自分の意識から変えないといつまでも、
「子供に欲情はしないんでお前を子供扱いなんてしてませーん」
緩い口調で耳元に囁くと、耳が口に挟まれて、舌!何だから分からないけどエッチのスイッチ入れちゃった!チュピとモフも何かしら感じ取ったみたいで、それぞれテーブルの方に移動した。
ああ、そんなこと見ている場合じゃない!止めないと!なだれ込まれたら抵抗なんてできないから、今のうちに止めてないと今日一日が潰れちゃう!
ドアがノックされる。最近、何回もあるからお約束化しているけど、救世主がやってきた!
鍵もかかっていない。よし、呼ぼう!
「ど、どうぞ!」
耳以外も責られていたから声が上擦ってしまった。ノックの相手が空気を読んで立ち去らないことを祈る。
あ、入ってきてくれた!と思ったらお兄様!無表情だったけど、密着している私達を見て不快だと顔が険しくなった。一気に居心地が悪くなる。でも、トーマの動きも止まって、耳から口を離してくれた。手もお腹を抱き締めるに留まる。
それだけは良かった。不機嫌になったお兄様がずんずん近付いてくるのは心臓に悪すぎるけど。
私達が座るソファの手前で立ち止まったお兄様は、険しい顔のまま何かを言おうと口を開いた。でも、一瞬止まって溜め息だけを漏らす。
視線も落としたけど、すぐに私達に向けた。もう不機嫌とは感じさせない無表情な顔をしている。
「王城から父上が戻られた。本日も国王との話し合いは決裂。もはや取り付く島もないそうだ」
あれからお父様はずっとセルジュ王子の犯罪を訴えている。毎日、公務の合間を縫って話し合いの場を設けているらしいけど、変わらず平行線だった。罪など認めない国王と王家は、私達グラン家こそ反逆の罪があるという態度を変えない。
でも、今日は帰宅が早い。国王が怒って話を早々に打ち切られたのかな?
「いつもよりお早いですね。何かあったのでしょうか?」
それとなく聞いてみたら、お兄様の眉間に皺が寄った。
「あまりに腹立たしい和解方法を取られそうになった。国王の言葉をそのまま伝えよう。『お前の娘をセルジュの愛妾にすれば話は丸く収まる。犠牲者家族の保証は王家で担い、数々の不敬行為も目を瞑ろう。だから娘を渡せ』とな」
最悪。一気に気分が悪くなった。
王子もそうだったけど、国王すら私を物扱いしている。それで済まそうっていうのも軽薄だし、人のことをなんだと・・・あ、トーマが怒ってる。お兄様を見ているから分からないけど、お腹にある手に力が入った。
落ち着いてほしいから、その手に触れて撫でた。上から息が漏れる。少しは気が紛れてくれたかな?
「その発言は公的文書に記録されていますか?」
「そこまで陛下も馬鹿ではない。秘密裏に、書記官がいないところで話されたそうだ。父上は激怒して返事をされずに退城された。軽率な発言は無かったことにされるだろう」
「そう、ですね・・・」
変なところで頭が回る・・・ああ、だから国王をやれるんだ。その場に応じて言動を弁えるくらいには知性が・・・私すら国王を馬鹿だと認識している。変に先入観が出来てしまうからこれ以上は考えないようにしよう。
「では、まだ暫くはこの生活を続けることになるのですね」
セルジュ王子がどうにかできない限り、私は屋敷から出られない。行動も制限されたまま。
屋敷の周りには、監視をする王家の衛士が控えている。隙を見て捕縛しようとしている。こんな息苦しい状況がまだ続く・・・。
視線も落ちてしまった。視界に入ったテーブルの上でチュピとモフがじゃれ合っている。せめてもの癒やし。可愛さに現実逃避したくなる。
「暗くなるな。お前が思っているよりも早めに状況が変わるはずだ」
「そうなのですか?」
顔を上げれば、無表情なお兄様の顔とかち合った。真っ直ぐに、ちらりとトーマに鋭い視線向けたりしてるけど、私に紫色の眼差しを向けてくる。
「審問の日時が決定された。三日後、王城の議会室で開かれる」
僅かだけど先に進んだ。それに気持ちが少し上がる。
王子の罪を暴ける。証拠もなく弱い証言だけだけど、やらないよりは遥かにまし。
「リスベット。審問に参加するために父上と私、それにトーマが屋敷を留守にする。警備の強化はするが油断をするな。相手は異常な思考をした男だ。我々がいない間に何事か起こす可能性がある。日に日に監視の目が増え、武装した者の数も多くなったからな。ソニアにも命じたが、自身の身の安全だけを考えろ。私はお前達二人が無事であればそれでいい」
「はい・・・」
何が起こるか分からないのは同意できる。相手は一度、この屋敷の襲撃命令を下した人。
私がしっかりしないと。ソニアさんはお兄様の大事な恋人。メイドさん達だって前回は幸運にも巻き込まれずにいたんだ。次、何か起こったとしても私が守ってみせる。
「セルジュ王子の罪が決定し、処断が下ればお前は自由だ」
私はお兄様に頷くと、トーマに顔を向けた。ムスッと顰めていた顔があったけど、視線が合うと表情が和らいだ。
「もうすぐ農村に帰れますね」
嬉しく思って顔が緩んだ。彼も釣られたのか笑って、顔が近付いてきたから反射的に目を瞑ってしまう。
唇に感じる柔らかさは一瞬でなくなったけど、残った温もりに胸がドキドキする。目を開いてトーマを見ながら、体の力も失ったみたいにもたれてしまった。この満たされたような感覚は胸を一杯にするから好き。もっと感じたい。もっとしたい・・・。
「・・・慎め」
そんなふうにぼんやり考えていたら、凄く低い声の言葉を浴びせられた。
怒っていると分かったから姿勢を正そうと思ったけど、にやにや笑ったトーマがお兄様をからかい始めたから肝が冷えていく。硬直しちゃって咄嗟になんて動けないよね・・・───。
───・・・繰り返しの毎日を過ごして、遂に審問の日を迎えた。
この日までに魔法の訓練はしたし、魔導書の魔法も複数覚えた。私ができることはした。あとは覚えたものを使う必要がないことを祈るだけ。何も起こらずに審問が開かれて、セルジュ王子に処罰が下るのを願うだけ。
まだベッドに寝ている私が視線を向ければ、上半身を晒していたトーマがシャツを着ていた。普段着ているものとは違うと分かるほど上質な生地の衣服を身に着けて、髪型も前髪を上げているからすっきりしている。
彼は、審問に参加するために正式な形で王城に入城するから相応しい姿になるのは当たり前・・・手伝った方がいいよね。ネグリジェ姿だけど、ぼんやり見ているよりはいい。
ベッドから降りたら、トーマが視線を向けてきた。高そうなベストを着ているけど、スラックスは穿いただけで腰元が緩んでいる。大雑把な着方。
「どうした?」
近付いてきた私に優しい顔を向ける。まだ気持ちは穏やかみたい。良かった。
「着替えを手伝います」
「いい、メイドみたいなことはやらせたくない」
「私がやりたいのです・・・いいですか?」
フッと息を漏らして口元を緩めた。両手を広げてなすがままになってくれる。
裏地がシルクの上質なベストの前を閉じ・・・懐に暗器を仕込んいるのですけど?これらが何に使うかは明白。使われないように願いながら、触れないようにベストのボタンを閉めた。下は・・・私がまごついている間に彼自身がすっきり整えていた。手を向けただけでも反応しそうだったから良かった。
「ありがとな」
そう言うトーマにソファにかけてあった黒い上着を渡す。着込んだ彼はいつもと違っていた。
体型にあった衣服はかっちりしていてスマートに見せてくれるし、スタイル抜群だからかっこいい。どう見てもアサシンには見えない。ただ、貴族や王族に見えるわけでもない。
完全に前世で観たマフィア映画に出てくる年若いドン、もしくは幹部にしか見えない。マシンガンとか似合いそうって思ってしまった。この世界にはまだないけど、私の中ではマシンガンと葉巻が似合う男になってる。
「トランス、じゃないか。俺に見惚れちまった?」
「リロードもかっこよく決めそう・・・」
「ん?」
ついポロって口から出てしまった。混乱させちゃうから下手に言わないように気を引き締めよう。
「・・・いえ、何も。仰る通りかっこいいので見つめてしまいました」
「ふーん・・・」
間近まで寄ってきて、腰に手を回される。抱き締められて引き寄せられたから、私もトーマの胸にしがみついた。
見上げた顔はにやにやと笑っている。
「こういう俺も好き?」
「好きです」
即答しちゃうよね。本当にかっこいいもん。いつもと違う雰囲気でセクシーに見えるけど、いやらしいというよりは大人の男としての魅力が溢れている。
「結局外套を着るし、顔も隠すから礼服なんざ無意味だと思ったんだが、お前が好きならいいや。無駄なことじゃねぇな」
「凄く素敵です。危ない魅力を感じます」
「危ない、かぁ・・・お前に酷いことしそうに見える?」
顔が近付いてきた。もう笑っていない。それに目を閉じて受け入れれば、キスをされた。すぐに開くと真剣な顔のまま。なんていうか、怖くて、それでも素敵でドキドキする。そんな胸に触ってきて・・・ああ、駄目駄目!流されちゃ駄目!お願いしたいことがあるんだから!
トーマの顎を指先で触れて押してみた。彼は不思議そうだったけど顔を離してくれる。




