35
いちゃつき続き。
「昨日の続きしない?」
「き、きの、昨日の続きとか!その!」
ストレートに言われて動悸が凄い。心臓がどくどく言ってるし、熱いし、思考も定まらないから、は、判断が、判断ができない!
「・・・恥ずかしい?」
「あ、あの・・・ま、まだ朝です!」
目が覚めて一時間くらいしか経ってないはずで、外から鳥の鳴き声が聞こえるし、明るいし、チュピはうたた寝してるし!
「朝じゃないならいいのか?」
「それは、その・・・」
朝が駄目なら夜があるわけで、夜になったら大丈夫とか、違うから・・・昨日は受け入れようと思ったのに、やっぱり求められると心の準備ができるまで時間がかかる。
「夜だからとか、ではなくて、時間は関係ないわけじゃないのですけど、その・・・あぅ・・・」
頭の中でそういう映像が、挿絵とか文章とかで読んだものがぐるぐる回って、今からそれを自分がすると思うと、恥ずかしくて分からなくなる。
トーマに抱き締められて、キスされて、昨日みたいに肌を、あ、あわ、あああ・・・キャパオーバーしそう!
感情に引っ張られてるから、恐る恐る彼を見た。トーマは一切動揺も羞恥もない。いつもみたいに穏やかな顔で、私のことを眺めてる・・・冷静だわ。
たぶん慣れのおかげ。この顔と体で女性経験がないとか有り得ないし、いや、見た目で判断しちゃいけないんだけど、この落ち着き払った様子は絶対に経験がある。そう思うと、慌てふためいてる自分がかなり滑稽に思えてきた。
未経験だからって騒ぎ過ぎでは?歳を考えれば、私だって大人と変わらない。こ、こういった誘いにもスマートに、
「むぅ、うっ?」
思考を巡らせ過ぎた。
気がついたら、トーマの指先が私の唇に当てられていた。ふにふに押してきた。眺めてる顔も口元が緩んでいる。もしかして、経験がないと分かる私をからかっていた?
「困らせるつもりはなかったんだけどなー・・・まあ、いいわ。もう俺のものなんだから急ぐ必要もない」
下唇が指で撫でられて、それが離れるとトーマの顔が近付いてくる。
反射的に目を閉じたら、ソッと唇にキスをされた。すぐに離れたことで目を開ければ、落ち着きのある灰色の瞳。いつもより色が濃く見える。
「ゆっくり進めればいい。もう俺達のことを邪魔する野郎もいないんだからな」
顔も離れてしまう。代わりと頬を大きな手が包むけど、それもすぐに離れようと動いた。
離さないで。そんなことを思ったから、その手に自分の手を重ねて留める。
「・・・どうした?」
不思議と首が傾いてるけど、目は優しい。不慣れな私に合わせようとしてくれる優しさが見えた。
「あの」
言おう。私の気持ちを言わないといけない。心の準備はすぐにできないけど、覚悟は決まっているんだって。
「私、大丈夫ですから・・・あなたが欲しがってくれるのなら、ええっと、そう!好きに扱われても構わない、ので・・・」
・・・言葉選びを間違えた気がする。気がするっていうか、完全に間違えた。私の言葉にトーマの反応が目に見えて変わった。もう一方の手も頬に触れて、包むように、逃さないように指が沿う。近付いてくる顔は無表情に近いけど、目がギラギラしていて、つまり興奮させちゃったかもしれない。
「マジで言ってる?」
「か、覚悟はありますけど、こ、言葉を、間違えたようで!」
「撤回できないって分かるよな?覚悟はしてるんだからよ・・・好きにしていいのか、そうか・・・意識が飛ぶほど気持ちいいことしてやる」
言葉は濁してるけど、私に凄いことしようとしてるー!
ど、どうしよう!ここで嫌がれば止めてくれるだろうけど、絶対に傷付けちゃう!でも、止めないと気持ち良いことされて、どうなっちゃうんだろう・・・このままだとキスをされる。それを受け入れたら、ベッドに連れてかれて、ううん、ここでしちゃうかも。
もう体が熱い。触られている感触を過剰に感じていて、気持ち良く・・・、
ドアがノックされた。小さく軽快に叩かれたけど、聞き逃さなかった。昨日と同じように誰か来た!駄目、今は駄目!
迫ってくるトーマの胸を押したら止まってくれた。軽い舌打ちが聞こえて、間近にあった唇が私の頬に当てられる。
その瞬間、ドアが開かれた。
「失礼致します、お嬢様。朝食はお済みになら、ああぁぁーーっ!!」
入ってきたのはメイドさんみたいだった。トーマの大きな体が視界を遮っているせいで見えないけど、驚きの声を上げた彼女が荒々しい足音を立てて近付いてきた。
「トーマさん!白昼堂々とお嬢様に迫るのはおやめください!お嬢様は貞淑な方なのですよ!恋人だからといって場を弁えない行為をされたら、巡り巡ってお嬢様の品位を下げることになります!」
「こっ!?」
今、聞き捨てならない単語があった!恋人って、メイドさんから恋人って言われてなかった!?なんで知ってる、いや、私自身まだ恋人だって言われてないし、言ってないんだけど!?
少し体を離したトーマの顔を見た。にやにやと笑っている。楽しそうに笑っていてた。手すら離した彼は、私の真横に移動すると、ソファに深く座って背もたれに腕を乗せる。
「朝っぱらからイチャついて悪かったなー」
「全くです、時間を考えてくださいませ!」
そういうメイドさんは膨れた顔をすると、私の目の前にある食器を片付け始めた。
「では、お嬢様。美味しい焼き菓子がございますのでお持ちしますね・・・あまりにもトーマさんがしつこく求めてきましたら私を呼んでください。お守りいたします!」
「え、あ、はい。お気遣いありがとうございます・・・」
「いや、恋人から守るとか意味分かんねーですけど?」
「何事にも限度があるということです。お嬢様は大人しくか弱い方ですから、ぐいぐい押されたならば負けてしまいますもの。あなたは押しが強いので、お嬢様が簡単に流されてしまうのは明白です!」
「よく見てんなー」
そんな二人のやり取りを呆然と見ることしかできなかった。
だって、恋人って認識しているんだもん。私とトーマが恋人だって。いつの間に知ったの?
「昨日の時点で屋敷の人間全員に言い触らした。俺とリスベットはデキてるってな」
原因はすぐ側にあった。
ポカンとしてしまったけど、理解と共に声を張り上げたのは言うまでもない。
私、トーマの好きなように扱われてる。手のひらの上で転がされている気がする・・・────。
───・・・時刻は夜。
今日も、ここ数日と変わらずに魔法の勉強をしていた。いつも通り。今は恋人と公言したトーマにちょっかい出されながら、それでもひたむきに自主勉強をし続けた。
着実に成果は出ていると思う。新たな魔法を覚えたし、魔法文字は辞書がなくとも何とか読めるようになった。魔力値の成長は分からないけど、これほど使い続けていればそれなりの、並の魔法使いくらいの魔力にはなっていると思う。
「・・・はぁ」
沢山文字を読んだから少し疲れちゃった。一息ついて、手を乗せていた本のページを捲る。
もう食事も入浴も済ませた。あとは寝るだけで、それでも時間が惜しいからベッドにうつ伏せで寝そべって本を、魔導書を読んでいた。魔法文字が読めるようになったけど、難解で古い言葉が使われているから、なかなか先に進まない。やっと五ページ進められたところ。魔導書にある魔法に関しては二つ覚えた。どちらも人の精神に関わる魔法で強力だと思う。
五ページ目の魔法も読みたいけど、目がしょぼしょぼする・・・休憩をしようかな?
衣擦れの音。ソファから聞こえる。
顔を向ければ、トーマが立ち上がって外套と暗器が内蔵されているだろうベストを脱いでいた。寝る準備をしている。いつも私が先に寝ているから見たことないけど、彼はソファをベッドの代わりにしているはず。あのソファ、トーマには小さいから寝辛いよね・・・。
そんなことを思いながら見ていたら、上は襟元を緩めたシャツ、下はボトムという姿の彼が近付いてくる。どうかしたのかな?
ベッドの側に立つと、口元も緩んでいる顔が寝ている私を覗き込む。
「その本、全然読めねぇな」
ああ、魔導書が気になったんだ。装飾も凄いし、目を引くよね。
「魔法文字で書かれていますから、辞書で訳さないと読めません」
「リスベットは読めるのか?」
「何とか読めるようになりました。強力な魔法のことが書かれてます。扱えるようになれば、いざというときに役に立ちますよ」
「いざ、ねぇ・・・」
不思議そうに首を傾けてる。
魔導書の魔法が信用できないのかな?それとも、私には扱えそうにないって思ってる?
確かに魔力の籠る「力の言葉」を唱えると発動するもので、かなりの魔力を使う。しかも、魔力値が低いと魔力だけ消費して効果は発揮されないっていう諸刃の剣。私には無理かもしれない。でも、使ってみないと効果が出るほど魔力があるなんて分からない。
魔導書に目を落とす。今のページには「憤怒」について書かれている。対象に失せない怒りを湧き上がらせて、攻撃に徹するだけの存在にする魔法。
この恐ろしい魔法は覚えるつもりはない。私が使うなら別の魔法。
トーマを見る。私が顔を向けたことで違う方向に首を傾けた。表情も気が抜けているっていうか、緩んでる。不思議そうで油断した様子・・・いいこと思いついた。いや、いいことじゃないけど、ちょっとした仕返ししてみよう。
この頃の私は彼のペースに飲まれてる。メイドさんの言う通り、押し負けて流されてる。
ここで「私だってあなたを手のひらの上で転がせるのですよ!」みたいな態度を示してやろう。
・・・悪役令嬢みたい。いや、本当は悪役令嬢だから間違ってないんだけど。
「いきなりトランスをしてどうした?」
「・・・考え事です。あなたにお願いがあって」
「何?」
魔導書を閉じる。私は体も横向きにして、トーマに手を伸ばした。
「今日は一緒に寝ましょう」
「は?」
灰色の目が見開く。突然のことに理解が及ばないみたい。
「・・・誘ってんのか?」
少し間を空けて言葉を返してきた。視界にある目は細まる。緩んでいた顔も鋭くなっていた。私が伸ばした手に、彼は指が絡むよう差し込んで握ってくる。
獲物を捕食しようとする肉食動物みたい。ちょっと反応を間違えたり、遅れたりしたら、私は食べられる。
(今だけは負けないわ)
握られた手を引いて、トーマの体を引き寄せた。でも、彼は私の思う通りにならず、ベッドに片膝を乗せて耐えた・・・そこは耐えるんだ。
「その魔導書に変な魔法がかかっていたから操られている、とかじゃないよな?」
「違います」
きっぱり言って手を引く。
ぜんっぜん動かないんだけどこの人?ここへ来て私に対する興味が無くなった?
「・・・忠告しておくぜ。次、引き寄せたら問答無用で抱く。嫌がっても泣いても止めてやらない」
ああ、自制してくれようとしたんだ。朝はあんなに迫ってきたのに・・・今はそんな気分じゃないのかな。
「ベッドはマズいんだ、歯止めが効かなくなる・・・今日は一日魔法を使って疲れてるだろ?お前に負担をかけたくない、だから止めておけ」
違う、配慮だった。
ああ、本当にこういうところが好き。大好き。
でも、この優しさに流されていても駄目。私だって「強気」なんだって示してあげたい。
「そんなことはさせません。私はあなたを・・・エッチに誘っているわけではなく、操るために誘っているのです」
「・・・魔法の実験体ってことか?」
トーマの視線が魔導書へと向かい、すぐに私へと戻った。
冷たい目。それは怒りとか蔑みじゃない。感情を殺しているだけ。私に対する欲を押し殺している。
だから、付け入ってしまおう。
「そうです、私がこの魔導書に記されていた魔法をきちんと扱えるか、あなたで試したい。あなたの理性を制御して、私に対する高ぶりを封じてみせます」
「それが失敗したら、どうなるか分かるよな?」
「・・・失敗しても恋人ですから構いません」
顔に熱が集まってくる。恥じて目線をずらしたら、溜め息が聞こえた。そのまま彼はベッドに乗り上がり、私の体に腕を回して密着してくる。
ちょっと力が強い。腰に回った手が撫でてきて、下に動いていく。正面にある目が私のことだけを見つめている。
「これ、ヤベーな。勃つ」
何が、とか突っ込まない。
早く魔法をかけないと、ただ誘惑しただけになってしまう。彼の言った通りの結果になるだけ。
その頬に手を当てて、上へとなぞる。耳の上、赤い髪の生え際に指を絡めた。集中して、力の言葉を紡ぐ。
「その心は鋼鉄の如く強靭。何ものにも揺るぐことはない」
喪失感。トーマの頭に触れる手からゆっくり抜けていく・・・ああ、やっぱり魔力の消費が凄い。比較的簡単な魔法を選んだけど、この程度でも私には強力だった。すぐに同じ魔法を使ったら意識を失うって確信が持てる。
でも、これほどの喪失感があるんだからトーマに効いたんじゃ、
「・・・変」
「何がですか?」
開口一番にたった一言。でも、彼は眉を寄せて不可解そうだった。
「お前を抱き締めているのに、さっきまであったムラムラした気持ちが引いていった。だから変」
「ああ、成功したのですね!」
やった!魔導書にある魔法を一回で成功したなんて嬉しい!魔力がカラカラになったけど試してみてよかった!今の私なら、このくらい発動できるんだわ!
「いや、喜んでる場合じゃないんだって。こんな可愛くてエロいのにムラムラしないって駄目だろ?」
「あなたが懸念していたエッチをしなくて済みましたよ」
「いや、したくないわけじゃなくてだな。したいけど我慢を選んだわけだぜ。それなのに誘われたから犯すしかないっていう感じだったのが、気持ちが全くなくなったからスゲー違和感。はっきり言って辛い」
「気にせずに寝ましょう」
安心感しかないから彼の胸に頭を寄せる。胸の鼓動を聞きながら、腰に回した腕でしっかり抱き着いた。
温かい、落ち着く。このまま抱き締め合って眠るとか最高じゃない?
「かっわいいのに感情が沸かねぇ・・・なあ、この魔法はいつ解けるんだ?」
「『永遠』の言葉を組み込んでないので、そのうち解けます」
「・・・そのうち」
ボソリと呟いたトーマが、私の耳の側で囁く。
「お前が寝ている間に解けたらどうする?俺は止めるつもりはないからな」
「・・・お好きにしてどうぞ」
「あー・・・平時だったら絶対に響いてた。なーんにも反応しねぇ・・・」
悲しそうに言ってる人の胸に頭をグリグリと動かす。頭の上にあった彼の手が動いて、私の髪を梳かすように撫でてきた。安心感と心地良さで眠気がこみ上げてくる。
眠っている間に魔法が解けても、トーマは手を出してこない。私のことを考えて耐えてくれる。そう信じられるから身を委ねられる。
・・・彼にも広いベッドで寝てもらおうと思ったけど、逆効果になったのは否めない。辛い思いをさせてるみたいだから、理性制御なんて二度とかけないって決めた。
「ゆっくり休みましょう」
「休めないって・・・あー、魔法解けねぇかな。めちゃくちゃ啼かしてやりたい」
背中を優しく叩いて眠気を誘発させてみる。でも、寝そうにはない爛々とした目が覗き込んできて・・・あ、駄目だ・・・私のほうが寝そう。
「おやすみなさい・・・」
「眠くなるのが早いな、赤ちゃんか?・・・おやすみ、起きたら覚えてろよ」
そう聞こえて、額に何か、やわらか・・・───。




