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いちゃついてる。
顔を覗き込んで見たら、なんていうか、ホッとしてる?のんびりとしているかのように緩んでる。膝に感じる重さも心地いいから、飼い主の膝で寝る猫ちゃんみたい。
可愛いと思うのは自分でもどうかしているけど、手が動いて髪を撫でてしまった。ふわふわ・・・やっぱり猫ちゃんかな?
そんなふうに思っていたら目を開いた。ジッと私を見つめてくる。
「昨日は大変だったぜ・・・親父さんとアシュレイの交互に小言をもらっちまった」
ああ、お父様とお兄様によるステレオ口撃を受けたのね。
それは確かに大変。精神の擦り減りが半端ないと思う。自分の愚かさを強く理解させられるし。
「ご苦労様でした」
思わず労りの言葉を送り、ふわふわの髪をゆっくり撫で続ける。撫でられるのが気持ちいいのか、トーマは目を閉じた。その表情の感じはやっぱり猫ちゃん・・・可愛い。
「私怨での暗殺など短慮だの、暗殺するにも時期を考えろだの言いやがったんだぜ。俺がやったていで言うなよなー」
何故か暗殺自体はしてもいいみたいに聞こえる。気のせいだよね?
「・・・していましたよね?」
「証拠がないから確定していないんだよなぁ・・・目撃者も黙っていてくれるから・・・なあ?」
「・・・」
溜め息が漏れてしまう。
この猫ちゃんは猫科ってだけだわ。家猫とかじゃなくて豹やジャガーだと思う。狡猾さが可愛いさを打ち消すほど滲み出ちゃってる。
「誘拐事件を広めたっつーのも証拠がないんだから怒られる筋合いはないんだぜ。それなのにグチグチグチグチ・・・あの人ら口から生まれたのか?」
「問答無用に魔法で攻撃されるよりは良いと思いますよ」
「・・・確かに」
深く頷かれる。
納得したみたいだけど、すぐに不満と眉が寄った。
「だが、暗殺も事件の流布も俺がしたことだと勝手に決め付けられたんだぜ。人の話を聞かねぇのは腹立つわ」
あなたしかいないから決定付けられたんだと思う。
それをトーマも内心では認めている。だから、小言を聞いて引き下がってくれた。
頑として認めなかったのなら、この人はここにいない・・・私もいないかも。グラン家と袂を別れていたら、私を拐って何処かに隠れると思うし。
連れて行かれる前提で考えるとか、照れる・・・。
「リスベット」
「・・・はい」
考えごとに耽りそうだったけど、トーマの声で引き戻された。彼を見れば、差し伸べられていた手が頬に触れてきた。親指が肌を撫でてくる。
「色々負けてやったけど、お前とのことは俺の勝ちだ。アシュレイが俺達を引き離そうとしていたが、あいつはもう口を出すことはできない」
勝ち負けとかそんな話じゃないと思うけど・・・とにかく、私との関係はトーマの思うようにいったみたい。
お兄様は関係を改めさせるとか言っていたもん。それにお父様が賛同されたら、護衛という立場も奪われていた可能性すらあった。これからも続くはずだった私達の生活は失われていたはず。
「良かった・・・」
心の底から思う。
この人から引き離されてしまったら、そんな想像すらできないほど耐え難い。私はもう、トーマがいないと駄目になってしまっている。
「お前の親父さんが俺達のことを認めてくれた。偉大なお父様だからアシュレイだろうが覆せねぇ」
「少し馬鹿にしてません?」
「アシュレイをな。あいつは父親が絶対って奴だ。滅多なことでもない限り、歯向かうことすらできない。昔っから親の言うことをよく聞く優等生だからなー」
「・・・そうですね」
安心感から笑みが浮かんでしまう。ふわふわの赤髪の感触もあるから、かなり和んでしまっている。
だから、次の言葉に驚愕するほど心が油断していた。
「まあ、親父さんは元々認めていたけどな。もう俺達の結婚すら決めていたんだぜ」
「はぁっ!?」
大きな声を出してしまった。頬にあったトーマの手も落ちて、笑う口元を隠して、それで、え?
何それどういうこと!?いきなり何を言ってるのこの人、いや、トーマじゃなくてお父様!!
「お、久し振りに令嬢が出しちゃいけない声を出したな」
「もう令嬢じゃないので、ではなく!結婚とはどういうことですか!?だって、数日前まであなたはただの護衛で、私には婚約者がいたのですよ!?色々あって滅茶苦茶になって、それであなたと私は想いが通じ合ったはずでは!?」
「スゲー早口」
「変なところで感心しないでください!」
訳が分からない!いつの間にお父様はそこまで考えたの!?お父様の前ではくっ付いたりしてなかったのに、お兄様?お兄様が治療所での私達の様子を報告していた?いや、引き離したいって思っていたみたいだから、そんなプラスになるような行動をあの人はしない。だから、どういうこと?
「・・・私」
ずっと見つめてくるトーマに視線を合わせた。にやにや笑っている。何か楽しそうにしているんだけど?
「あなたに対する好意が透けて見えていましたか?」
彼の様子には突っ込まない。知りたいことを優先させた。
自分のことは自分だからこそ見えない。単純に姿を見ることができないというのもあるけど、「自分というのはこういう人間だ」っていう思い込みも作用する。
だから、第三者の目線こそ見えてくることがある。仕草や話し方、様子の変化を当人よりも感じ取れるはずだ。
「いや、お前の気持ちなんて誰も分からなかった。俺を男として見ていないって思ったくらいだからな・・・だが、そんな人の気持ちなんざあの親父さんには関係ない。決めたことを実行するだけだぜ。あの人は、お前が俺に関心がなくとも結婚させるつもりだった」
「それが分からないのです。だって、私にはセルジュ王子がいました。婚約破棄になったとはいえ、あれから一ヶ月も経っていません。いくらお父様でも短期間であなたとの結婚は決めないはずです」
「リスベットはさ、このグラン家っていう血統を大事にする一族が、その血の流れる娘に相手を付けずに放置すると思うか?」
「思いません。私もお兄様の領地へ移送されたときに命じられました。次の役割が決まるまで、あの家で・・・次の役割、次・・・私の役割は、あなたの妻になること?」
「妻つーのは堅苦しいから奥さんのほうがいいな〜。俺の可愛い奥さん」
「呼び方とか今は重要ではありません!」
真剣に話していると思ったら、すぐにふざける!緩い、この人緩すぎる・・・でも、こんなトーマが好き。アサシンとしての顔と普段の顔。二面性があるのが良くて・・・私にはこの普段の顔しか見せない。それに愛情を感じてしまうって、惚気けてる場合じゃないわ。考えていたらトランスとか言われる。
まあ、本人は暢気に「可愛さが増すから呼び方は重要だ」とか言ってるけど。
「あのとき、お兄様の領地に行くと決まったときには、あなたの・・・奥さんになることが決まっていた」
「いや、もっと前からだぜ」
「・・・はい?」
「クソ王子との婚約なんざ破棄されるだろうって予想がついていたからな。国王含めた王家の連中からのお前の評価は低すぎた。魔法の才を求められて婚約したのに全く扱えない。魔法使いの家系生まれかも疑わしいほどにな。それはお前が一番分かっているだろ?」
頷く。私は王家や貴族という上流階級の間では評判が悪い。落ちこぼれの令嬢。魔法使いの出来損ない。そうやって貶められて、そうなるように自ら仕向けた。
故意があったわけだけど、それを気付いている人はいない。天性のドジが相まって演じているとは思われない。故意のないドジのせいでハチャメチャにしたこともあるし!
久し振りに悲しくなってきた・・・基本的に駄目人間なんだよね、私。
「俺には国王と王家の様子も筒抜けだったから、いつかは婚約破棄に踏み込むと分かっていた。そこへきて、追撃みたいにお前の誘拐未遂が起きる」
「誘拐未遂・・・十四の頃の?」
「そう、クソ王子が起こした最初の誘拐だ。国王が王子の罪を認めないことで、親父さんはお前を嫁がせる気が失せた。犯罪を許した国王と王家は信用に値しない。あんな思考の王子に嫁いだら人権なんてものはなくなる。そういう考えに至って婚約破棄を望むようになった。愛娘を想えば当然の決断だよな」
愛娘か、今なら納得できる。確かな愛情を感じているから。だけど、納得できないことがあった。
「でも、私が婚約破棄されたことをお父様は怒っていました」
学園から早退したら、すぐに執務室に呼び出されて叱られた。最近のことだから忘れるはずがない。私の人生がゲームとは完全に違えた始まりだし。
「マジで婚約破棄について怒られたのか?違うと思うけどなぁ・・・親父さんのお叱りの言葉ってやつを思い出したほうがいいと思うぜ」
本当に怒ってたけど、うーん・・・帰ったら執務室に呼び出されたでしょ?行ったらすでに怒っていたお父様と対面して、セルジュ王子との婚約を王家側から破棄されたって教えられて、魔法が使えないのが・・・あれ?
「私が叱られていたのは、魔法が扱えないから」
「思い出した?」
あのときの叱責の言葉が、ゆっくりだけど鮮明に思い出してきた。
お父様の怒りは魔法が使えないことに向かっていた。どうしてグラン家の娘が上手く扱えないことを咎めていて、婚約破棄についてなんて早々に切り上げていた。
じゃあ、本当にセルジュ王子とのことは見切りをつけていて、トーマと結婚させる方向に定めたの?
「では、除籍も?」
ボソリと呟くと、膝にあった重さが失せた。トーマが起き上がると思って、触れていた手を離す。
体を起こした彼は、私と密着するように詰まってくると真横から見つめてくる。圧が凄い。
「俺もそれなりの旧家生まれだが、流石に大貴族のお嬢さんと婚姻できる身分じゃないんでね。悪いとは思ったけど、降格してもらえるようにお願いした」
「罰みたいに除籍処分されたのですが?」
「罰ではあるんじゃねぇの?やっていたことは魔法の暴走だ。幸いにも負傷者はいなかったが被害は多かったからな。周りの王侯貴族達に処罰をしたと示して、魔法が扱えない一般人以下の実力じゃグラン家には置いておけないと除籍した。それで、行き場がなくなったお前を魔法なんざ不要の俺がもらうんだ」
「お父様はあなたの申し出を快諾したのですか?」
「俺の親父とお前の親父が仲良いのは知ってるだろ?立場は違えど親父達は信頼関係を結んでいた。それに、俺自身も長年護衛として付き従っていたからな。そんな男なら安心できるって早い段階で認めてもらったぜ」
凄くいい笑顔。私の気持ちを置いてけぼりに楽しそうにしている。
呆然としてしまった。嫌とかじゃなくて、あまりの素早い対応と水面下での取引?取引なのかな?そのせいで理解が追い付かない。
ええっと、つまり、私の人生は何年も前からトーマに決められていたってこと?
「なぜ言ってくれなかったのですか?」
教えてくれれば、今受けている衝撃は大幅に緩和できたはず。
「言うわけないだろ、警戒されちまう」
ずっと見つめてくる灰色の目が細まる。とても悪い笑みのせいで目が細くなってる。
ちょっと待って!整理させて!混乱しているから、状況の整理というかルート確認させて!
つまり、何?セルジュ王子との婚約破棄が起こったことで、隠しルートに至ったってこと?護衛と結婚ルート?最初の男との関係が解消されると確定するルートで回避は不可能。いや、でも、好感度がある程度ないと・・・まって!ゲームで考えてる場合じゃなかった!それに私はヒロインじゃないんだからルートとかもない!ゲーム脳だからって馬鹿な考え事はしない!混乱してるからって思考が飛びすぎてた!
こうなったのはトーマが仕組んでたから。私を手に入れるために色々と手を回していた。それが結論で、つまり、この人はやっぱり怖い。
「いい感じにトランスしてんなー、見ていて飽きないわ」
「トランスしてません!」
睨み付ければ、にやにやした顔がある。それはとても近くて、少し動かされたらキスをされそうな距離だった。
「あなたはやっぱり怖い人です」
「でも、嫌いじゃないんだろう?」
否定なんてできない。間違ったことは言われていないから。
こんな人を好きになってしまったけど、後悔なんて一切ない。こういう人だから好きになったんだ。
「アシュレイの領地行きはあいつの進言だったが、悪くはないと思った。のんびりした田舎で二人っきりになれば、いつかは心を開いてくれるってな。頼れるのは俺しかいないんだから」
「ついて行くって決めたのはあなた自身だったのですね」
「お前を好きになったときから俺のものにしようとしたんだぜ。付け入るチャンスを逃すわけがないだろ」
肩が抱き寄せられる。頬に彼の唇が当たった。動く
からこそばゆい。
「アシュレイはどうにかして邪魔をしようとしていたけどな・・・このペンダント」
トーマの人差し指を立てた手が私の胸元に向かう。私が首にかけていたペンダントの鎖を、指に引っ掛けて持ち上げた。
屋敷でもずっと身に付けている。片時も手放さないそのペンダントは、お兄様から貰った施錠のマジックアイテム。もう防犯や回避のために鍵をかけるようなことは起きないけど、安心するから身に付けていた。
「アシュレイから貰ったやつだろ?あいつは『婚前交渉は許さない』って俺自身が渡すように命じてきたんだ。渋々だったが、従うことにした。俺には理性があるっていう証にもなる・・・律儀に毎晩鍵をかけられちまったから、何もできなかったしな」
預かり知らない真実。これはトーマを警戒するお兄様の抵抗。でも、王子から逃げ出すチャンスも作ってくれた。
このマジックアイテムをあの家で使わなかったらどうなっていただろう。私とトーマはどうなっていた?
「途中でおかしいと思わなかったのが不思議だぜ。護衛とはいえ男の俺と二人暮らしだ。意識はしなくとも、女として身の危険くらいは感じるものだろ?何かされるとか思わなかったのか?」
「だって・・・」
あなたはヒロインのことを好きになるから、異性として私には興味がないって思っていた。
そんなふうに言えるわけがない。
「私を好いてくれる人なんて、いないと思ってましたから」
「お前って察しのいいときと悪すぎるときがあるよな。自分に対する好意には全く察せない」
唇が動いてこめかみに触れる。肌が吸われた感覚があった。
「こんな可愛い女をほっとくほうが無理ってもんだぜ」
ゆっくりと唇がなぞっていく。目尻、頬、輪郭と下がっていって、音を立てて吸い付いてきて、く、擽ったい!
「や、止めてください!」
気持ち良くなっちゃいそうだから声を上げた。胸を押して離そうとするけど、気付いたら腰に手を回されていて、私自身が動けなくなってる。肩と腰の手でバッチリ捕まっていた。
「顔真っ赤で可愛いなぁ」
嬉しそうって言うか、高揚していない?声が上擦ってて、腰にある手が擦るように撫でてくる。気持ち良くさせようとしている!
朝から、その、そういう気分になっちゃったの?ど、どうしよう。こんな時間からなんて心の準備ができてない。でも、力じゃ負けちゃうし、押し倒されたら抵抗できなくなる。
なんて考えてたらトーマの顔が離れた。私のことを真横から眺めるのは変わらないけど、腰に回していた手も離して、背もたれにかける。彼はどっしりと背もたれに背中を預ける体勢に変わった・・・急にどうしたの?気分を害しちゃった?
「嫌われるのだけはごめんだ。いくらお前が可愛いつーか・・・はっきり言うと、快楽漬けにして俺のことしか考えられないようにしたい。でも、嫌がられそうだから今はそこまでするつもりはない」
気分を害したわけじゃないと分かったけど、言葉の中間くらいに聞こえた単語へと意識が向いてしまう。
「かっ、かいらく!?へ、変なことを言わないでください!」
「・・・お前のことを気持ち良くさせてやりたいってのは変か?」
「へ、変というか・・・その、エッチ・・・」
頭がのぼせ上がった。熱くて上手く口が回らない。想像したことに見が悶えそうで、顔を上げられない。
「何その言い方、スゲー可愛い」
頬にチューをされる。性的なものじゃなくて軽くだから、なんていうか、保護欲高まったのかな?
「そういうことを言うから、無茶苦茶犯したくなるんだぜ」
高まったのは保護欲じゃなくて性欲だった!あの、まさか、やっぱり朝から?




