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「お待ち下さっていたのですね、お兄様。お時間取らせてしまって申し訳ありません」


どうせいるんだろうなって思ってたけど、なんの加工もしてない素朴な家具の中にいると違和感半端ないわ、この人。とりあえず、謝罪のお辞儀しておこう。


「いい加減、とりあえず頭を下げる癖を無くせ」


速攻、注意された。確かに前世のバイトが接客だったから頭を下げる癖ついちゃってるけど、これくらいは駄目出ししなくてもよくない?


「・・・はい、気を付けます」


頭を元に戻したら、なんていうか面倒くさそう?みたいな感じで目を細めているお兄様の顔。珍しく表情がある。


「遂に、といったところか。お前の普段の様子を考えれば別段驚くことではないが、婚約破棄されるほど出来が悪いと自覚させられるのは落胆を禁じえんな」


「・・・グラン家の期待も裏切ってしまったことも合わせて、申し訳ありません」


「端から期待はしていなかった」


年追うごとに口の悪さに磨きがかかってない?もう精神的にボコボコにされてる。優しい言葉とか受けていい立場じゃないのは分かっているけど、もう少しだけ配慮してほしい。


「まあ、これ以上小言を言っても仕方がないことだな。非常に無駄な時間を過ごすだけだ」


小言って自覚があったんだ・・・あ、お兄様が立った。一方的に話を始めるだろうからちゃんと聞かないと。


「お前のこれからの処遇を手短に話す。グラン家から除籍処分となったのは知っているな?お前の身分は平民へと降格になり、私の領地の領民として『次の役割』が決まるまでこの家で生活をすることを命じる」


「次の役割」。多分、この領内の名士かグラン家に関わりがある一族との婚姻のことだろう。いつかこの身に流れるグランの血がグラン家の役に立たせるため、名士の家に嫁がせて子供を作り、家同士の繋がりも強くさせるつもりだ。

分かりきっていた。覚悟もできている。生活は大分変わるだろうけど、殺されるよりは何百倍もマシ。命令は受け入れるしかない。

無言で頷いて理解を示せば、お兄様の目元が少し和らいだ。理解力があったことを喜んだみたい。


「平民とはいえ、高貴な血が流れるお前を一人暮らしにはさせられない。気が抜けているから何かをしでかすだろう。だから、トーマは護衛として続行させる。近隣の家にも警護として二人控えさせている。何かあれば、その三人を頼れ」


ドジ対策で護衛続行のトーマもかわいそうだし、警護の人達もかわいそう・・・警護?こんなのどかな農村に警護が必要なの?


「あの、お兄様。お話の途中で申し訳ないのですが、なぜ警護担当がいるのでしょうか?」


「・・・どんな場所であろうと犯罪はゼロではない。この農村にも憲兵が巡回しているが、お前の面倒を見るのに人員は割けないからな。始めから警護がいれば、お前がいることで起こりうる騒ぎも未然に防げるだろう」


いちいち私へ向けての嫌味選びが天才的だわ。だったら私なんて放っておけばいいのに、そうはいかないんだろうな・・・。


「移住に際してある程度の食料、日用品は用意させておいた。それでも足りないのなら私かグラン家に連絡をしろ。金銭が足りなくなった場合も同様だ。ただ、私達は生活の手伝いはしない。自分のことは自分でしろ、もしくはトーマを頼れ。いいな?」


「はい・・・」


お金と生活日用品は言えばくれるとか、十分手助けされている気がするんだけど。お兄様、私に対する態度が軟化した?


「最後に、この領内なら自由に行動して構わないが、近隣住民にはグラン家の関係者だと隠せ。いくら降格したとはいえ、領主の妹と知られれば厄介事が起こる可能性がある。他国から、シザール辺りなら言語や文化に差異はあまりないな。シザールから移住してきた農民と偽装して暮らせ。分かったな?」


「はい」


言いたいことも理解できた。私がリスベット・グランだとバレると人々の関心を買って犯罪すら起こり得る。ただ、リスベットとバレない自身はある。これでも前世は農家の生まれ。魂は生粋の農民だから、農民のフリなんて自然体でいればすぐできる・・・ちょっと悲しくなったわ。やっぱり貴族って恭しい身分は私に合わなすぎた。

気が落ち込む。お兄様は私の様子なんて気に留めずに、椅子から腰を上げて真横を歩いていった。

帰るみたいだから見送りをしないと。すぐに体ごと振り返った。そうしたらお兄様も振り返っていて顔が対面する。


「言い忘れていた」


完璧なお兄様でも忘れることがあるんだ・・・なんて、思ったら


「お前も知っているだろうが二週間後、王都で『聖魔祭』が執り行われる。お前も参加をすることが決定された。迎えは寄越すから準備をしておけ」


「・・・は?」


「あ、お嬢。またご令嬢が出しちゃいけない声が出てますよー」


いつの間にか室内にいたトーマが、玄関のドアの脇にある壁にもたれてる。何か言ってるけど、頭がクラクラしてるからよく分からない・・・せいまさいにさんか?私、聖魔祭に出ないといけないの?


「お、お兄様!」


「参加する資格はない、とは言えない。身分が低かろうとお前はグランの娘だ。私と共に父上の補佐をするように。それが父上の娘としての義務だ」


「・・・」


足の力が抜ける感覚があったから、お兄様の座っていた椅子に手を伸ばして体を支えた。

あ、これでも駄目だわ。座って休もう。頭を整理しよう。私は、聖魔祭に参加する。参加しないためにここまで来たのに参加しないといけない。なんで?


「トーマ」


「なんだよ」


何か二人が話してる。遠くて聞こえないし、聖魔祭に参加しないとって思うと頭が痛くて、グラン家だから参加しないといけないとか、最初から詰んでたってことじゃない?


「・・・分かった」


嘘でしょ、俗に言う無理ゲーだった。生まれのせいで逃げられないとかどうにもできない。でも、無理ゲーは死にゲーってわけじゃないから


「お嬢」


何とか、何とかすれば回避できる?いや、回避するんじゃなくて受け身でいれば、下手な行動をしなければ死なないんじゃない?実際、ヒロインと対峙する立場から外れたから、死に至る可能性は限りなく低い。


「お嬢ー」


「うわっ!?」


耳元で低音美声なのに抜けた声が!?・・・なんかトーマ近くない?顔近い。あ、私を呼んでたのか。


「ブツブツ何か言いながら頭が別の世界に行ってたみたいですけど、大丈夫です?」


「・・・もう少し言い方がありませんか?」


「いやぁ、だってトランスしてるんじゃねーかって思うくらいに様子がおかしかったんで」


「・・・見苦しい姿を見せていたってことですね。少し思うことがあったので耽っていましたが、大丈夫です。私は大丈夫、何とかできる!」


そう、何とかできる。自分が死ぬ要素は大分捌けた。聖魔祭に参加しても、悪役ムーブとか攻略キャラにちょっかい出さなければ大丈夫!

気合を入れるのよ、私!聖魔祭を乗り切って生存を勝ち取る!


「鼻息荒くなってますよ」


「鼻息が荒いとか品のないことはしていませんが、気合十分なので気は高ぶってます。だから荒々しくなって見えるのです!」


「そうなんですか?」


気合が大事。だから目を丸くしているトーマにしっかり頷いて・・・まだ近いんだけど、もう少し離れてくれないかな。ちょっと肩を押したら・・・あ、離れてくれた。


「とにかく、行動あるのみです。手始めに荷物の整理をしましょう。気分転換も大事ですから、整理しながら今後のことを考えます!」


「あー、本当に気合十分って感じですね。何があったのか全く分からないですけど、お嬢が元気なら俺はそれでいいので、細かいことは気にしないようにします」


数歩後退して離れたトーマは背伸びをすると、玄関の前に置いてある荷物に歩いていった。

私も続いていく。荷物を片付けて、少し室内の、寝室と浴室の掃除はしよう。使えないほど汚れていたら嫌だし、清潔にすればこの心のモヤモヤも晴れていくはず。

色々考えるのは後回しにして、今やるべきことをやらないと!




───・・・掃除を終えた浴室の湯船でゆっくり浸かってしまった。綺麗な湧き水と延焼の魔法がかけられたマジックアイテムのおかげで、旅館の湯船みたいなお風呂みたい。そりゃ浸っちゃうよね、ってもう二十分経ってる。出ないと。


この世界では機械は見かけない。遠く離れた国にはあるらしいけど、噂が聞こえてくるだけ。お風呂にしても燃料いらずのマジックアイテム頼りだし、魔法が万能すぎて機械の出番はないみたい。

まあ、色々考えることができたからいいか。トーマには快適すぎたから長湯をしたって言っておこう。


「お先にお風呂をいただきました。長々とすみません。快適でしたので、ゆっくり浸かってしまいました」


「んー」


リビングに戻ったら何か飲んでるんだけどこの人。飲むのは好きにすればいいけど、返事するならグラスから口を離せばいいのに・・・何飲んでるんだろ?


「それは?」


「ん?ああ、アルコールです。果実酒なんですがね、収納庫で冷えていたから飲んじまいました。飲むのは禁止ってわけじゃないんでしょ?用意されていたんですから」


ちょっと呂律が回ってない。顔は赤くないけど、革のソファーチェアに深く沈むように座ってるから、少し酔っ払っているかもしれない。

私のお付きで田舎に飛ばされたようなものなのに、気楽にお酒飲んでるとか本当に暢気なんだから。


「収納庫ってキッチンの?」


「そーです。冷却のマジックアイテムが仕込まれていました。中も食料でパンパンでしたが、暫くは買い出しもしなくて済みそうですねー。まあ、アシュレイに頼めばすぐに食料は寄越すだろ」


マジックアイテムって本当に便利だわ。強力なものを生み出すには有能な魔法使いじゃないと駄目だけど、そこはグラン家。魔法使いの総本山みたいなところだからマジックアイテムには困らない。


「なんでしょう、至れり尽くせりですね。私はもう平民なのに」


「平民だろうがお嬢はお嬢ですから。親父さんからすれば可愛い娘、アシュレイからすれば可愛い妹。そんなお嬢を何もない掘っ立て小屋に置いとけないでしょ」


可愛がられた記憶は一切無いんだけど?でも、トーマの言葉は間違いじゃない。まだ役立つ場面があるから大事にはする。そういうことだろう。

じゃあ、私も無事に暮らしていくためにしっかりしないといけない。


「あの、相談があるのです」


「・・・改まってなんです?」


ぐったりとソファーチェアで寛ぐトーマの正面に立つ・・・なんか気だるげで、顔がいいから見ようによってはセクシーに見えるけど、これはただの酔っぱらい。

しっかり話を聞いてもらうために、真剣な姿を見せないと!


「私達の関係を決めましょう」


「関係?」


眠そうに見えた灰色の目が少し開いて、上半身を乗り出してきた。私が真剣だからトーマもしっかり聞こうとしてくれたのかも!


「ええ、お兄様から農民に偽装するように言われたでしょう?しっかりと偽装するために役を決めるのです。元ではありますが、令嬢と護衛のままでは目立ってしまいます。役を決めてなりきれば、農民達の目を欺けます」


「ああ、そういうこと・・・」


またぐったりとソファーチェアに身を沈めたんだけど?こっちは真剣なのに何で突然やる気なくした?


「何だっていいですよ、俺は。お嬢の好きなように決めてください」


「いいのですか?では、兄妹というのはどうでしょう!シザールの農村地域で暮らしていたけど、雇い主との契約が切れたからこの領地に越してきた年の離れた兄妹!」


「兄妹」


うーん、とトーマは唸りながら私の頭から足の先までゆっくり視線を動かす。

ええっと、そんなじっくり見られると恥ずかしいんだけど?


「少し無理がありませんかね?」


恥ずかしさが引っ込んだ。目が覚めたかのように自覚もした。言っといてなんだけど、確かに無理がある。鮮やかな赤髪のイケメンと亜麻色の髪とダークブラウンの瞳をした地味めな色合いの私。似ても似つかない。

顔立ちが違いすぎる。私とお兄様も顔立ちが違いすぎるけど、お兄様はお父様似、私はお母様似だから両親がいれば兄妹だと分かる。


「・・・確かに無理な提案でした。トーマと私は似てる部分が全くないですから」


「まあ、お嬢が兄妹がいいっていうのなら従いますよ。今までも兄貴みたいなもんだったからな。役になりきらなくとも、いつも通りでいれば農民達は騙されるでしょ」


「じゃあ!」


パッと目に映る景色が明るく見れた。トーマすらいつもよりキラキラして見える。

兄貴ってところには疑問が残るけど、自分の考えに賛同してくれて嬉しい。これは長年のお願いも叶えてくれそう。


「お嬢という呼び名もこの際だから止めましょう!あまりその、個人的に好ましくない呼び方ですし、これからは妹に呼び掛けるようにリスベットと呼んでください!」


「それは無理です」


きっぱり速攻で断られた。なんで!?お嬢って任侠ものに出てくる組長の娘がよく呼ばれてるから嫌だったのに!私にはそんな威厳ないし!


「どうしてですか?お嬢ってその、私には相応しくない呼び方だと思うのです」


「いやいや、相応しいですよ。おっちょこちょいで可愛いからお嬢にはお嬢って呼び方がぴったり合ってます。他の人間の前じゃ勘繰られるんで控えますけど、俺は一生お嬢って呼びます。俺達の間に何もない限りはな」


最後に何か言ってたけど、小さすぎて聞こえなかった。


「そんな・・・待ってください、おっちょこちょいってなんですか!」


「お嬢のことですけど?おっちょこちょい=お嬢みたいな?」


みたいな?じゃない!

駄目だ、さっきよりもハキハキ話しているから忘れていたけど、この人酔っぱらいだった。

真剣な話も受け流されてトーマのペースに持っていかれる。今日はもう対話不可能って思わないと・・・なんか私の頭を撫で始めた。完全に酔ってる。

この怒っている子供を宥めようとする大人(酔っぱらい)がナデナデしている手を押すように外す。酔っぱらいの手は空を切って下へ垂れ下がってそのまま。

完全に日を改めるしかないわ。


「もういいです。明日、またお話します」


「お話されても俺の意志は変わらないですよ〜」


「今よりは建設的なお話ができるでしょう・・・じゃあ、私は寝ます。おやすみなさい」


後ろに振り返って二階にある寝室に向かおうとした。


「あ、ちょい待ってください」


「なんですか、うわっ」


トーマの方を見たら、すぐ背後に立っていた。音を立てずにいつの間にか背後にいるとかアサシン・・・アサシンだったわ、この人。

驚いてトーマいわく令嬢が出しちゃいけない声を出しちゃったけど、今回は突っ込まれずにいた。代わりに、トーマがペンダントを私の顔の前に掲げている。


「アシュレイからのプレゼントです。施錠の魔法が施されたマジックアイテムだそうですよ」


「施錠?」


ペンダントは、金の鎖で緑色の宝石が付いたロッドのような形をしたペンダントトップが付いている。照明の光を受けてキラキラ輝くそれを受け取るために手を出せば、トーマは手のひらの上にそっと乗せてくれた。


「いくら田舎だからといって犯罪がないわけじゃない。アシュレイもそんなことを言っていただろ?身の安全のために、寝るときはそれで寝室に鍵をかけてください。ペンダントトップの柄の部分が鍵穴に填まれば、簡単に施錠できます。ドアを壊されない限りは絶対に開きません。ここのドアは分厚いし、壁も固くて破壊しづらいので、施錠してくれればお嬢は絶対に安全です」


「私の寝室だけですか?それにトーマがいるのですから、ここは安全だと思いますけど」


「・・・俺がいるからって安全とは言えないんですよ。お嬢は守らなきゃならない存在なんで、一番無防備な就寝中は必ず鍵をかけてください」


「分かりました」


ちょっと違和感があるけど、言ってることは間違ってないから納得できた。トーマから貰ったお兄様からの贈り物。無くさないように首にかけておこう。


「ありがとうございます」


「それはアシュレイに言ってください」


「・・・そうですね。それじゃあ、本当におやすみなさい」


「ああ、おやすみ・・・」


一礼して二階に向かう。

明日から今までと全く違う生活が始まる。すぐに慣れて一人で何でも出来るようにしないと。

お風呂で考えついたけど「聖魔祭」の日にトーマを私から引き離す。二度と会わなくなると思うとなぜか寂しく感じちゃうけど、これは生き残るため。

生き残った先にあるのはここで暮らし。そのために自立していかないと!

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