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国を支える四大貴族な一つ、グラン家。数多くの魔法使いを排出したこの家は、魔法の大家として国内の魔法関連全てを取り仕切り、最大の催事「聖魔祭」を執り行っている。
当主は勿論、一族の人間全てが凄まじい魔力と才能を持つ大魔法使い。私以外は。本来のゲームのリスベットなら大魔法使いに確実に該当する。
この目の前にある黒壇の机を挟んで対峙しているお父様も大魔法使い。グラン家当主だから当たり前だし、私の不甲斐なさに綺麗な顔を歪めて唸ってるのも当たり前。駄目な娘を持って呆れ果ててるってよく分かる。
「早々の帰宅も咎めたいが、私は別の案件でお前を責めるつもりだ。それが何か分かっているだろう?」
「・・・」
心象を更に悪くするためにはぐらかそうかって一瞬思ったけど、相手が悪い。きちんと答えないと責められる時間が長引く。
「セルジュ王子とのことでしょうか」
「具体的に何をしでかしたか説明はいらないな。いつもお前が犯していることだ」
突き刺さるような冷たい紫色の瞳。呆れの果てにある失望の眼差しが私に突き刺さる。
「セルジュ王子との婚約が破棄された。度重なる魔法の暴走、それを抑制もできない無能なお前を王家は切った。お前自身が不要と言われたのだ」
「・・・そう、ですか。そうですね、いつかはこうなると思っていました」
「お前は・・・いや、取り乱すことも出来ないか。お前が全て悪いのだから」
少し顔を伏せてお父様から視線を外す。落ち込んでいると見せかけてみた。見つめる机の上の手はキツく握って拳になっていたし、視界の端に映る顔は険しい。
叱責を受けているけど悲しくはない。この冷たい人に情は期待していないし、むしろ落胆されることを望んでいた。
「学問の成績が並なのも体術が得意でないのも構わない。お前は学者の家系でも軍人の家系でもないからだ。貴族としての所作が完璧でないのも、責めるには値しない。重要なことではないからだ。重要なのは、お前は属するのはグラン家ということだ。魔法使いの家柄、特出した魔法の才能を持つ家系。その家に生まれた娘が、まともに魔法を扱えず、婚約者として選んだ王家の人間に危害まで加えている。危害に関して他意はないだろうが、そもそも魔法を扱えていれば被害はなかった。グランの娘がなぜ魔法を扱えない。なぜ一族の功績に泥を塗るような真似をする」
「・・・」
声は荒らげずに淡々と言われる。口数が少ないお父様がこんなにも続けざまに口で責めるということは、激怒しているということ。
もう私のことを許せないだろう。きっと重い処罰を受ける。でも、絶対に死ぬようなことはしない。それだけはこの家で過ごすことで分かっていた。
「お前は一族の恥だ。決められたことも成せない役立たずは、我が家系に名を連ねることすら許すことはできない・・・お前をグラン家から除籍する」
ガッツポーズしなかったことを誰か褒めてほしい。
遂にグラン家とも縁が切れた。この家の人間じゃなくなることで、魔法一切に関わらなくて済む。「聖魔祭」に参加しなくてもいい。ヒロインとも出会うことがない。魔法の才能がない時点で確執すら生まれないけど、決定打は打たれた。これで殺されずに生きることができる!
「何をニヤついている?」
「・・・いえ、この状況で笑えるはずがありません」
お父様の何が嫌だっていうと、自分は無表情なくせに他人の表情の変化にはすぐ気が付くところ。ちょっと口元が綻んだだけで感情を読み取ってくる・・・もしくは、心を読めるから僅かな表情の違いも気付いて責めるのかもしれない。この人、本当に凄い魔法使いだし。
「除籍ということは、私はグラン家を追い出されるのですね。その、流石の私でも何となく立場がなくなると分かってはいましたが・・・でも、これからどうすれば」
「急くな。確かに籍は失うが、その身にはグランの血が流れている。それは変えようがない真実で、軽視してはいけない事実だ」
困った素振りを見せれば、お父様は遮るように言葉を続けた。これが重い処罰は受けても死なないっていう確信に繋がっている。
グラン家はグランの血が流れるものを無下にはしない。何故なら、一族から排した者に救われたことがあるからだ。
何百年も前、私のように魔法の才能のない娘が生まれた。その娘も周りから冷ややかな目で見られたけど、当主だった父親が情から見捨てることはできず、グラン家が懇意にしていた商家に預けた。成長したその娘は商家の息子と結婚して、グランの血を他の家系に伝える。
それから百年後、本家であるグラン家が度重なる不幸で全滅しかけた。疫病や他の魔法使いによる呪詛、暗殺で次々に死んでいった。唯一残ったのは、まだ幼い少年だけ。時の当主の息子ではあったけど、魔法の才能が乏しく体も弱かった。このままではグラン家は途絶える。
そこに縁が切れていなかった商家から助けが来た。魔法の才能がなかった娘の子孫から、素晴らしい才能を持った娘が生まれていたのだ。本家の少年より年上だった彼女は、金銭的にも、開花していた魔法の才でも少年を支えて、遂には嫁いだ。途絶えかけたグラン家はこの娘の血で守り立てることができた。伝説的な再興として書籍にもなっている。それをたまたま書庫で読んだ私は希望が持てた。
グランの血が流れていれば、犯罪者でない限り身の保証はされる。いつかその血がグランの助けになるっていう保険。教訓になっているからお父様は私を見捨てない。
まあ、ゲームのように国を滅ぼそうとする魔女なんかになれば、遠慮も躊躇もなく殺されるけど。
「お前のことはアシュレイに任せることにした。アシュレイが言うには私領で生活させるつもりだそうだ」
「お、お兄様の領地ですか!?」
「急に声を荒げるな、品のない。それほど驚くようなことか?実の兄がお前の身柄を保護する、と言っているだけだろう」
昔話に思い馳せてたらマズイことを言われた。言い返したい。驚くようなことです!って凄く言い返したい。
兄のアシュレイ・グラン。グラン家の次期当主で国一番の美男子。輝く銀髪と妖しさのある紫色の瞳も宝石のように美しいとか言われてるけど、私としては一番関わりたくない人物。どうして兄なんだろうってふと思い出すたび悩む。私がリスベットだからっていう変えようのない事実のせいだけど。
アシュレイは、ゲームの攻略キャラの一人だった。美しい容姿と高貴な身分で文武両道。今は父親の補佐をしているっていう完璧な人物だけど、性格が最悪過ぎる。
お父様の性格に輪をかけて無表情で無感情。淡々と物事と言動をこなし、冷淡を地で行く人。人のとしての感情全てをどこかに忘れたんじゃないのかって感じだったけど、ヒロインと出会ったことで変化していく。悪い方に。
恋心を抱いたヒロインに対して独占欲丸出しになり、彼女を害するもの全て敵認識し始める。彼女を奪うものには殺意すら滲ませる。ヤンデレとは違う度が過ぎた冷酷俺様キャラ。私も攻略中に何度か引いた覚えがある。アシュレイだけは一度しかクリアしていない。
だから関わりたくないのかって言うと少し違う。アシュレイは、ヒロインと対峙した妹のリスベットを作中ダントツの凄惨な殺し方をする。思い出したくないほど、説明したくないほどおぞましい拷問にかけて殺す。躊躇はなかった。愛するヒロインを殺そうとするものは妹だろうと手を抜かない。それが今の私のお兄様であるアシュレイ。
絶対、無理!アシュレイだけには身柄を預けたくない。これは流石にお父様へ抗議しないと!
「お父様、私」
「抗議も反論も聞かん、既に決定されたことだ。兄の言うことを聞いて己が犯したことを猛省するのだな」
「あ、ああぁ・・・」
「豚が潰されたような声を上げている暇があるなら準備をしたらどうだ?」
最悪!よりにもよってアシュレイの管理下に置かれた!
泣き叫びそうになるけど、冷ややかなお父様の視線が感情を冷ましてくれた。絶対嫌だって言葉も頑張って、歯を食いしばって抑える。
「し、失礼しました・・・」
口が震えて声も震えたけど、もう変更できない未来を恨めしく思うだけにした。
お父様に素早い一礼をして部屋から飛び出た。室内から聞こえた「走るな」という声がブレーキになったから、徐々に歩く速度を落としていく。
本当に最悪。アシュレイ・・・お兄様の指示を聞いてお兄様の領地で暮らすとか最悪でしかない。
(でも、私はヒロインに会ったとしても敵対しないし、そもそも敵対できるような実力はないから大丈夫・・・よね?)
話すたびに淡々とした口調で蔑まれ、駄目出しをされるだけ。何をしても呆れられてチクチク言われるだけ。
(最悪だ)
溜め息ばかりが出る。廊下をすれ違う使用人達が心配そうに声をかけてくれたけど、引きつった笑いを返すしかなかった。
(・・・モタモタしてられない。お兄様の領地へ引っ越すことになるんだから、荷物をまとめないと)
嫌すぎて体に力が入らないけど、カーペットが敷き詰められている床をグッと踏みしめる。ちょうど自室にも辿り着いた。ヤケになりかけてるから、感情任せで勢いよくドアを開けてやる。
「おかえり、お嬢。少しドアの開け方が乱暴ですねー。親父さんかアシュレイに見られたら、また怒られますよ」
部屋の真ん中にあるソファにだらけた体制で座る男が一人。護衛のトーマは、帰宅後すぐに私の部屋に来ていたようだ。来ていたって、いくら護衛だからと女の部屋でだらけているのはいいんだろうか?
・・・これ以上考え事を増やすと頭が痛くなるから止めよう。
「戻りました。でも、すぐに出ないといけません」
「知ってますよ、アシュレイの領地送りになったんですよね?お嬢も遂にお役御免になっちまったんだな」
「お役御免は意味が違いませんか?」
「そうですかね?」
トーマは体制を正すと腕を組んで首を傾げてる。暢気に悩むフリしてるけど、相手している場合じゃない。
そのままにして、クローゼットの前に立った。ドアを開けて中から大きなバッグを2つ出す。クローゼット内にかけられている洋服も、比較的簡素で動きやすいものを取り出す。
(洋服と下着と、一応装飾品とか持っていった方がいいかな?でも、旅行ってわけじゃないんだから、無いと困るもの中心にした方がいいかも)
手当り次第、必要かなって物を手に取る。絨毯の上に落とすのは嫌だから、ソファに移動してその上に置いた。
そうするれば、ガン見していたらしいトーマが目に入った。
「どうかしました?」
「いや、少しは恥じらわないのかと思いましてね」
「恥じらい?」
何についてだろう?荒すが如く洋服を取り出してること?それとも下着を隠さず出してること?洋服は後できちんと畳むし、手にしている下着はただのペチコートなんだけど・・・でも、この世界は中世くらいの文化だから、価値観も中世なら恥じらうべきことかも。
「あー、分からないならいいです。お嬢は俺に信頼を寄せてるって解釈しますから」
言おうと思ったけどトーマはくだけた口調で遮って両手を上げた。アクビをしながら伸びた彼は、のっそりって効果音がしそうな感じでソファから腰を上げた。
「俺も手伝いますよ」
「大丈夫です。私の私物ですし、もうトーマに迷惑はかけられません。護衛の任も解かれたんでしょう?」
トーマが護衛していたのはグラン家の令嬢だ。除籍されたことで私の身分は平民程度に過ぎず、もう護衛される立場じゃない。
ここでお別れ。ああ、簡単に分かれることができて良かった。
「いや、俺はお嬢の護衛のままですよ。一緒に行くように命令されました。向こうでも一緒に暮らすみたいです。これからもよろしくお願いしますね」
にっこり微笑まれて言われたけど、言われたことが理解できない。
「・・・はぁ?」
「お嬢、びっくりしすぎてご令嬢が出しちゃいけない声が出ちゃってます」
いや、出ちゃうでしょ。だって護衛続行もそうだし、一緒に暮らすって、なんで?意味分からない。
「・・・どういうことでしょう?」
「向こうに行ったらアシュレイが教えてくれるんじゃないですか?じゃあ、手伝います。家財はどうしますか?鏡台くらいは持っていきます?」
「あ、いえ!家財は持っていきません。あの、本棚から数冊ほど持っていきたい書籍があるのと、靴を何足かお願いします」
「了解、このトランクに入れますね」
「あぁっ!駄目!靴はシューズボックスにお願いします!」
気の抜けた返事をされる。トーマはアシュレイの領地にまでついてくる。変わらず護衛として側にいるつもりだ。凄くマズい。本当なら話したくない相手、一時も一緒にいたくない一人。
なぜなら、トーマもゲームでは攻略キャラの一人だったからだ。リスベット付きの護衛という立場は変わらず、それでいてヒロインと恋に落ちる。ゲームでは「聖魔祭」で出会ったヒロインに一目惚れして、敵でありながらも影では助けていた。
この国には影で反乱分子や不穏なものを排除する暗殺組織がある。アサシンと呼ばれる彼らは、王家と四大貴族との繋がりが強い。王族貴族は例に漏れず組織に属するアサシンを雇い、護衛として身を守らせている。トーマはそのアサシン達の頭領だった。赤い髪の灰色の瞳をした色合い的にもかなり目立つイケメンが、頭領として成り立ってる。
まあ、実力があるからだろう。性格も飄々としてるのに、きっちり暗殺組織の全てを統括している。そして、なぜかリスベットの護衛もしていた。凄腕のアサシンがなんでリスベットに付いているかって言うと、親同士が仲が良かったらしく、トーマ自身もアシュレイと幼馴染みだったらしい。
その辺の話は詳しく知らない。でも、一つだけ言えることがある。トーマはリスベットを裏切るということ。魔女となったリスベットに信頼の置ける配下だと思わせておいて、恋をしたヒロインのために暗殺する。
(今の状況だと殺される見込みはないけど、可能性はゼロじゃない)
上手く自分から引き離さないといけない。そうしたいのは山々だけど、今は引っ越しの準備が最優先。送迎の馬車が来る前に用意を完璧にしておかないと、お父様とお兄様にステレオで叱責される。
「あ、お嬢。シャンプーとかどうします?」
この暢気に言ってる人のことは後回し。なるべく考えないようにしよう・・・────。
───・・・王都から出立して三時間くらい。馬車は穏やかな田園風景が広がる舗装されていない道をゆっくり進んでいた。田舎道だから少し揺れるけど、流石貴族が使う馬車の乗り心地はかなりいい。高級な素材を使った座席のクッションのおかげで一切不満はなかった。正面に座るトーマなんて居眠りしているくらい。
(本当に暢気な人)
どれほどか分からないけど、暫くは不便な田舎で世間知らずな小娘と暮らす羽目になるって言うのに。その世間知らずな小娘である私が心配に思ってしまう。
(お兄様の領地は山間部の農村とその周辺の山々って聞いていたけど、のどかだわ。ハイジだっけ?大昔にあったアニメ。それみたいな景色)
山奥というよりは高原に近い。畑と草原と点々と家屋があるだけ。あのお兄様の領地とは思えない穏やかで過ごしやすい土地に見えた。それに・・・、
(懐かしい・・・私の家もこんなところにあったなぁ)
前世の故郷を思い出してしまう。流通とか交通は不便ではあったけど、この村のように穏やかでゆったりとした時間が流れる静かな場所だった。実家の後ろにあった山で虫を取ったり、魚を釣ったり、田舎らしい思い出が蘇る。
もう二度と帰ることはできないけど、ここは故郷に雰囲気が似ていて胸が一杯になっていく。
「お嬢様、そろそろお屋敷に着きます」
馬車の御者が顔だけを向けて声をかけてくれた。返事をした私は、窓越しに進んでいく先を目を向ける。
畑を割るようにある一本道の終着点。山から伸びてくる森に飲み込まれそうな2階建ての建造物が見えた。屋敷、というにはこじんまりとしている。だけど、来る途中に見た家屋よりも重厚で、レリーフや飾り柱のあるデザインは一般住居とは言えない。赤茶色の煉瓦造りの建物は、貴族が避暑に使う別荘に見えた。
(ちょっとこの辺りの雰囲気に合わない気がする)
森が無ければ悪目立ちをしていただろう。次第に近付いたことで、見上げるように首の角度を上げる。やっぱり静かな農村には合わない。
装飾の彫られた窓枠をガン見していたら、馬車はゆっくりと速度を落として止まった。
「トーマ、起きてください。着きましたよ」
「ぁあ?・・・着いたのか。すげー寝てたわ」
寝起きとはいえくだけすぎじゃない?まあ、私は気にしないからいいけど。
馬車のドアを開けようとしたら、寝ぼけ眼のトーマが寝起きなはずなのに素早く手を動かしてドアを開けてくれた。あくびをしながら先に降りた彼が、私に手を差し出す・・・高貴な人に手を差し出して降りる支えにするってやつ。この気遣いは偶にされるけど、慣れないからか恥ずかしくなる。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ〜」
寝ぼけているから恥ずかしさが半減したわ。このゆるゆるな感じ、私も気持ちが緩んでしまいそう。
「ここまで送ってくださってありがとうございます。ご苦労様でした」
「いえ、リスベットお嬢様の送迎が私の責務ですから・・・これからはお嬢様の送迎がなくなると思うと寂しくなります」
「・・・本当に今までありがとうございます。お元気で」
長年、御者を務めてくれた人に感謝と別れを告げると、屋敷に向き直った。「荷物は俺が下ろしときますね」って緩い声に短く返事をすると、意を決して屋敷の玄関に向かった。磨かれた石で組まれたアーチ型の玄関。その重そうな木製のドアを押し開けば、広いリビングと仕切りがされていないキッチンが見えて、その正面に置かれている木製のテーブルの前に兄のアシュレイがいた。無表情で私を見ながら、素朴な椅子に優雅に座っている。
背景と家具に合わなすぎるお兄様にギョッとして早足で近付く。




