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はじめまして。
試験的に投稿してみました。pixivで完結した作品を載せています。至らぬところがありますが、ご了承いただければ。
春麗らかな午後。そんな口上はとても言えない状況に陥っていた。
魔法の存在が当たり前の世界。私がいる国は、王政国家だった。全ての決まり事は君臨する王様と、支える貴族のトップ達が決める。私の結婚も生まれたときから王様と貴族であるお父様の話し合いで決まった。
それがいいものじゃないって物心付いた時から私は知っている。
王族と貴族の子女が通う国立学園。生まれながら高貴の人々が学ぶ校舎の一室は静まり返っていた。
当事者だから居心地が悪いけど、逃げられないから踏ん張る。どうなるか、っていう不安は必死に抑えた。
魔法が身近にあることで王族や貴族、平民問わず魔法の授業っていうものが教科にある。私はその授業で失敗した。水鏡とかいう物事を見通す魔法で、教室に設置された枠に張られた水に、言うなればテレビ画面のように別の場所の映像を浮かびがらせるってもの。
そんな魔法は私には出来ないけど、やるしかないからやった。失敗する光景を見せつけるために唱えたら案の定、水は波立つと水位を上げ、津波みたいに襲いかかってきた。
担当の先生がすぐに水を制御してくれたから怪我はしなかったけど、側にいたこの国の王子は被害を受けて水浸し。この国の王子が、魔法なんて制御できない私のせいで被害を受けた。
王子は私と一緒に授業を受けるたび、被害を受けている。もう何十回も私のせいで大変な目に合っている。
反省はしてる。でも、これでいいとも思ってる。張り詰めた教室の空気と、無数の非難の目に心臓を握り潰される感覚があるけど仕方ないこと。
こうしなければ、私は生き残れないんだ。
「・・・」
水浸しの王子様は、前髪から水滴を滴らせている。目が隠れているから見えないけど、私を睨みつけてるって分かるほど視線を感じた。
この人が無言だから誰も喋らない。先生すら息を飲んで、彼のことを窺っている。
「あの、セルジュ王子」
背中に感じる視線が痛い。お前がどうにかしろって空気だから、声をかけて王子の発言を促した。
彼は、水に濡れたことで黄金のように輝く髪を手でかき上げると、少し伏せていた青空のような色の目で私を見つめていた。
「君は本当に、どうして魔法の扱いが・・・いや、もういい。今はこれ以上、君と話したくはない」
一息つく。何か言いたいことを抑えているみたいだった。その言いたいことは言ってもらいたい。
「申し訳ございません、セルジュ王子。また貴方にこのような」
「いい、何も言わないでくれリスベット。少し疲れた・・・いつも僕は被害に合っているんだ。何も聞きたくない。もしかしたら君に酷いことを言ってしまう」
眉間にシワが寄って、綺麗な顔に怒りが見えた。この人は私、リスベットに失望してる。確かに、毎日のように魔法の被害を受ければ失望するのは当たり前。
つまり、これはチャンス。
「酷いこと・・・つまり私は貴方に相応しくないということでしょうか?この国で魔法が扱えない王妃なんてあり得ない。だから、婚約破棄を考えていらっしゃるのですか?」
「え?」
驚いた王子の顔。少し先走り過ぎたと思ったけど、他がざわついてくれた。教室にいる生徒達が驚いて話を勧めていく。
「セルジュ王子とリスベット様が婚約解消?」
「当然だわ、グラン家のご令嬢にも関わらず魔法が制御できないんですもの」
「我が国の王妃には相応しくない」
「王子殿下もそう思ってるはず」
突き刺さる視線と言葉。晒し者状態で辛いけど、これでいい。これが後押しになってくれれば、私は全てから開放される。
「ごめんなさい、失礼します」
居たたまれなくて逃げた。王子への謝罪はそこそこ、その後のケアもしないで逃げるという最悪の対応を選んで教室から足早に出る。
「リスベット!」
背後から聞こえた王子の声も無視。良心の呵責で引かれてはいたけど、立ち止まったら最悪にした状況が修正されてしまう。
磨かれた大理石の廊下も、足音を立てて早足で進む。品がないとすれ違う生徒達の視線を浴びても止まらない。
ガッツポーズをしないくらいには品性があると思ってほしい。
山に囲まれた田舎の農村地域から上京して数ヶ月ほど経ったある日、バイト帰りでくたくたになっていた私は車に轢かれた。眩しい光を浴びたあとに、叩きつけるような激痛を全身に感じたことでそう思っている。凄く痛くて苦しくて、意識が落ちていく感覚があって、気が付いたら高価そうなドールハウスが目の前にあった。高価なっていうか本当に高価だったけど。
意味が分からなくて辺りを見渡したら家具も絨毯も高価などこかの部屋の中だって分かって、目に入った自分の体を見たら豪華なドレスを着ていた。しかも幼児用のドレス。自分がかなり小さな子供になっているって分からされた。
交通事故での昏睡中に見ている夢かなって思おうとしたけど、一向に覚めない。感覚もはっきりしてるし、頬を抓っても夢の中とは思えないくらい鮮明な痛みがあった。
呆然としてしまっていた。夢じゃないのならこの状態は一体何なんだろう。何が起きて、もしかして事故で死んで生まれ変わった?
そう理解させられたのは、部屋にやって来たお母様が私を「リスベット」と呼んだことと、連れて歩いていた兄の顔を見たから。
驚き過ぎて叫び声を上げてしまう。それに兄の、アシュレイって言う名前の銀髪紫眼で既に冷徹さが滲む男が「気が触れたのでは?」なんて感情なく言うものだから、お母様が厳しく叱っていた。
上京する前にハマっていたゲームがあった。「ETERNAL MAGIC」っていう恋と魔法を題材にした恋愛ゲーム。人を惹き付ける美貌と凄まじい魔法の才能を持つ身分の低いヒロインが、攻略キャラ達と国を救い、彼らとの愛を深めていくストーリー。戦闘シーンもある恋愛RPGみたいなゲームで、ラスボスとなるキャラクターもいる。
それがリスベット・グラン。この国を支える四大貴族の一つグラン家の令嬢で、攻略キャラの一人であるセルジュ・フェーヴル王子の婚約者。どの攻略キャラでもラスボスになる彼女は、ヒロインの才能に嫉妬をして危害を加えたところを王子に見つかり婚約破棄。犯罪者だとグラン家からも追い出されて、憎しみから魔女になる。ヒロインには負けるけど優れた魔法の才能を持っていた彼女は、国を滅ぼせるほどの魔法を屈指してヒロイン達に挑み───倒されて殺される。
捕らわれて処刑されるか、暗殺されるか、悲惨な拷問死。どの死に方も惨たらしかった。恋愛ゲームなのにそこに力を注ぐの?って感じてしまうほどのキツい描写。シナリオに先を読ませようとする文章力がなかったら途中で投げていたほどだった。
そんな酷い死に方をする悪役に生まれ変わった。気が狂わなかったのが不思議なほど衝撃で、このままじゃ私は死ぬって暫く塞ぎ込んでいたほど。
死にたくない。前世があまりにも呆気なく死んだからより感じたんだと思う。「ETERNAL MAGIC」のシナリオ、世界観、システム、美麗なイラスト、声優の演技に私は感激していた。そんな作品に触れたから、そんな素晴らしい作品に自分も携わってみたいって上京したのに、夢が叶う前に死んだ。それなのに、次の人生は悪役になって死ぬとか簡単に受け入れられるわけがない。
生きるんだ。生き残って、せめて穏やかな人生を過ごしたい。そして平穏を得た先で夢を見よう。
そう思ったのなら行動しないといけない。昔、友達に借りた漫画の敵キャラもそんなようなことを言っていた。もっと物騒な言葉で言ってたけどね。
魔法の才能を持った貴族の令嬢リスベットのままだと、王子の婚約者にされて、確実にヒロインと敵対関係になる。それは私個人ではどうにもできない。才能があるものを野放しにはしない。称賛されて、恐れられて、祭り上げられて王族に召し上げられる。
リスベットは数多くの魔法使いを排出した大貴族グランの令嬢だったから婚約者、つまり次代の王の母親になるように選ばれるのは必然。生まれてきたときに親同士がすぐ婚約を決めたから王子の婚約者にはされてしまっている。でも、そんな生まれにあって魔法が扱えないとなったらどうなるか。
すぐにピンときた。魔法の使えない地位が高いだけの令嬢なんて王妃にも生母にも相応しくない。その生まれ故に王家や国を乱すと考えられる。無能で口煩いだけの存在って思われるはずだ。この路線で行こうと決心した。王族・貴族達に私は魔法の才能がない娘だと思わせる。
才能なんて個人が生まれながらに持っているものだから、本来のリスベットとは違う私はどうなるかなっとは思った。だけど、魔力値?っていうのを測ったらかなり低い数値を叩き出した。検査をした城仕えの魔法使いが何度も再検査するほどで「グランの娘にしては魔力の数値が低い。齢十歳にして生まれたばかりの赤ちゃん並」とか言われた。
そこから周りの評価が転落していく。魔力値が低ければ扱うことで鍛えて数値を上げれるらしいけど、そんなこと私はしない。体調が悪いとかで魔法の基礎を学ぶ授業から逃げ続けた。私には基礎がないから応用もできない。つまり学びが中途半端だから魔法なんてまともに扱えない。
そして、貴族としての所作やマナーなんかも持ち前のドジや要領の悪さで上手くこなせない。これくらいはしっかりしないと思ったけど、兄や王子と比べられて出来が悪いと冷ややかな目を向けられる。
学問も並。運動能力も、持久力はあったけど運動神経はないからトロく見られる。この時点で、周りの人達の評価はガタガタになっていた。魔法使いでも、王妃としても、軍人としても、何をやらせたとしても無能だろうと皆思っていただろう。
特にお父様と兄のアシュレイ。比較的優しかったお母様が体の弱さから早逝すると、二人は私に対して分かりやすく冷淡になった。お母様が亡くなってしまったことで気が落ちた私に追い打ちをかける。
「この娘には何も期待ができない」
二人の思っていることが手に取るように分かった。王子との婚約破棄という願いを心の支えにしなければ耐えられなかったとも思う。
それをずっと妨げていたのが王子のセルジュだった。どんな無様を晒しても彼は私を許して慰めた。そのうち慣れるとか、知識を貯めればできるようになるとか、私を婚約者のままでいさせた。一番重要な魔法のことも能力はあるはずだって慰めて、自分が被害を受けても許してくれる。
なぜ、こんなにも私に優しくするんだろうと疑問に思うくらい。もしかしたらリスベットを好きなのかと思ったけど、セルジュ王子は結局ヒロインを選ぶ。彼女に対して一番分かりやすく友好的な攻略キャラだった。リスベットのことも、ゲームではただ親が決めた婚約者だって冷めた反応をしていたはず。
一番の障害がセルジュ王子だなんて。もう彼以外は私に対して期待はなく、人によっては軽蔑すらしていた。セルジュ王子が私を見捨てないから周りも婚約者ままでいさせた。
だけど、そんな障害もさっきの水浸しで擁護することに疲れを見せた。彼の雰囲気と私の言葉で、周りの人間は婚約破棄を囃し立てるだろう。既にクラスメイトである貴族の子女達は話題にしていた。そこから校内に広がり、親の貴族の耳に入り、王族、国王も耳にする。
流れが変わらなければ、セルジュ王子と令嬢リスベットは婚約は破棄されるはずだ。
ガッツポーズをしそうになって手を抑える。気持ちに押されて駆け出しそうな足もゆっくり歩くように意識して、無人になっている自分の教室に戻った。即座にスクールバックを持つと即座に出る。暫くはこの場所とも離れるつもりだ。
学校に来なければ、より体裁が悪くなる。より駄目で家柄だけの娘と思われる。
(もう味方になるような人もいない。あとは「聖魔祭」を乗り切れば、私は絶対に生き残れる)
聖魔祭。年に一度行われる魔法の祭典。グラン家がメインに行う催事で、豪華なお祭りみたいな感じだけど、重要な儀式があった。
国内最高の魔法使い、ウィザードを決めるイベントがある。誰かからの推薦でも、飛び入り参加でも構わない。重要なのは才能ある者を見つけること。魔法はこの国になくてはならない要素だから、最高の魔法使いウィザードは尊ばれる。
その選び方は、式典会場に設置された「マナの宝珠」っていう青くて光っている魔石の塊が、会場内にいる人間の中から一番高い魔力を持つ者を選ぶっていうもの。高密度の魔力に反応するらしく、青い光をレーザーみたいに照射して選ぶ。ゲームではリスベットが自分が選ばれると演説するほど自信満々だったけど、宝珠が選んだのは飛び入り参加したヒロインだった。そこから物語が始まるわけで、リスベットの破滅も始まる。
破滅を迎えたくないから参加はしない。皆の評価ガタ落ちだから推薦する人もいない。私とヒロインは出会うことなく、ヒロインは祭りで出会った攻略キャラ達と恋愛を始めるはずだ。
いける。このまま思った通りにことが進むはず!喜びで足も軽い。スキップしそうになって、また必死に抑えた。
「あれ?お嬢、授業はどうしたんですか?少し終わるのが早くありません?」
帰宅時間が近かったから馬車はもう迎えに来ていた。側に立っている私の護衛・トーマは驚きで目を丸くする。
「あー・・・そうですね」
この人とも実はあまり話したくはないんだけど、小さい時からずっと護衛としていたから無視はできない。
何かもっともらしいことを言ってはぐらかそう。
「具合が悪いから早退いたしました」
「絶対に嘘ですよね」
呆れたように笑いながら、馬車のドアを開いてくれる。
「親父さんに怒られますよ」
「・・・覚悟の上です」
別のことで絶対怒られる。でも、ここまで来れたんだから引かない。生き残るための第一歩、婚約破棄を実現させるんだ。