19-9 青い空に挟れた水平線はやっぱり遠くて
わたし達が乗った大型バイクが見晴らしの良いパーキングエリアに入ると、そこそこの数のクルマが駐まっていた。
結構な数の人達が、手すりの向こう側に見える大きく拓けた眼下の風景に向けて、集約端末やリスト・コムで画像を記録していた。
実はこの駐車場、魔王城とその周辺の魔族領を一望出来る穴場の絶景スポットなのである。
二輪用の駐車スペースに愛車を駐めると、彼はメットを脱いで「熱い」と言った。
「この陽気にライダースーツなんか着てるからだよ」
後ろでしがみついて居たわたしは公介くんを呆れたカンジで窘めた。
「彩花さんだって同じ格好じゃないか。初めて俺を乗せた時にもそうだったし」
「あの時は若気の至りだったんだ。少なからず下心もあったしね」
「何だよ、下心って。それにコケた時の事も考えてスーツを着込むのはライダーの嗜みって、確かに言ったよ?誰かさんが」
「ほう、何者だろう。危機管理の出来る人物だな」
「・・・・もういいよ」
「拗ねるな。サンドイッチ作ってきたから」
大きく伸びをすると肩や背骨の辺りからゴキゴキと音がした。
やはり自分で運転するのと、後ろでしがみついて居るのとでは違う。長年連れ添い、彼とは阿吽の呼吸だと自認しているつもりなのだが、微妙な認識のズレってヤツは払拭出来ないものなのだろう。
うん。仕方が無い、仕方が無い。コレはそーゆーものなのだから仕方が無い。歳のせいなんかじゃ絶対無いのだ。そうに決まって居る。
自分に言い聞かせながらリアのキャリーバッグからバスケットと魔法瓶を取り出すと、端末で夢中に風景を撮っている彼に並んだ。
「ネットで幾らでも拾い上げられるだろう。よく見るアングルの風景だ」
「自分で撮るのとは全然違うよ」
「そういうものかね?」
「そういうモノだよ。少なくともネットの画像に、隣に彩花さんが居たという思い出はくっついて居ない」
「ロマンチストだな」
「今頃気付いた?」
こうやって改めてみると、魔族領は結構な大きさだなと思う。此処で、あの孤を描く海岸線と白い灯台を二人で眺めたのがつい昨日の事のようだ。
あのツーリングの帰り道に転移に巻き込まれて向こう側に赴いて、あーだこーだとハタ迷惑な目に遭って、お土産に子供までいただいた。
経緯は決して面白く無かったが、娘の君枝を授かったのは今では掛け替えのないサプライズだと思って居る。
結局、公介くんとの間に子供は出来なかったし。
「・・・・」
相性が悪いとかそんなんじゃない、そんなんじゃないのだ。こーゆーものは正に天の采配ってヤツで、地べたを這いずり回るニンゲンさまにはどーにも出来ないコトなのだ。
あの子が大人になった暁には、此の地に根付いた最初のエルフという話にでも成るのだろうか。
向こう側とはまだ辛うじて繋がっているし、ハルクックさんが再び訊ねて来ることも在るだろう。
そうやって来訪の回数が、エルフの人たちとの交流が増えるのなら君枝は向こう側との架け橋と成るのかも知れない。
深淵の壺とかいうナノマシンを吐き出す太古のオーバーテクノロジー。
ちょっと前に復活が叶った、と大喜びの叔母さんに誘われて、公介くんと共にその現物を見せてもらったコトがある。
なんちゅうか、言い方は悪いが電柱くらいの背丈の、小洒落た男性用小便器のようなスタイルの代物だった。
やたら興奮してはしゃぐ叔母さんや真魚の傍ら、決してそんな感想は口に出来なかったけれど。
敢えて言い換えるなら、アレなアーティストが造ったアバンギャルドな細身の花瓶か、首チョンパされた太陽の塔とでもしておこうか。
この中身はほぼ空洞で、先端の開口部から多量のナノ単位の微細機械が、凄まじい勢いで放出され続けているのだという。
説明されても今ひとつピンと来なかった。しかもこの程度のサイズのブツで、向こう側ではあの世界の根幹を支えていたのだと、その事実がビックリだった。
向こう側で、魔法や人工太陽を維持するこの「世界のカナメ」が復活するには八〇年かかるのだそうな。
コチラ側の時間軸だと果たして何世紀分になることやら。
恐らく、いやきっと間違い無くそれまでコチラ側と縁が途切れるコトはあるまい。
「あの時見た海岸線が向こう側に在ると思うと不思議だな。今更だけど」
実にしみじみとした公介くんの呟きだった。
「まったくだ」
相づちを打つわたしも、遠くて近い向こう側での記憶に浸るのだ。
「魔族領の外縁が徐々に拡がっているのも何だかなぁって感じだしね」
「境界線そのものは変わっていないんだがな。ただ城下町というか、魔族の人達がコチラがわに移民という体で居住区画を拡げているというダケで」
「未だに侵略だ、実効支配だって騒いでいるヒトたちも居るよ」
「それもまた今更だよな」
件の「深淵の壺」とやらは今この瞬間にも、魔王城の中枢から精霊と云う名の微細機械を大気中に放出している真っ最中だ。
市販のアプリにも簡単な魔法魔術が使えるモノが出回り始めて居るし、その使用可能な範囲も徐々に拡がり始めて居た。
叔母さんは「携帯電話が普及し始めた頃も基地局が増える毎に、こうやって使用範囲が拡がっていったわね」などと呑気なコトを言っていた。
ならばその内、コチラ側の世界も津々浦々ナノマシンで満たされて、普通に魔法が使える様に為るのだろうか?
少し前にそのコトも聞いてみたのだが「まぁ、ほんのちょっとの我慢よ。あと二〇〇年程度」などと言う。
待った、それは全然ちょっとじゃない。コチラ側のトールマンで平均寿命の軽く二倍以上だ。世代で言えば六世代分くらいか?明らかに悠久に過ぎる。
会社の仕事でそんな期日の契約書だしたら、絶対間違いなく顧客は怒り出す。或いはウィットの効いたジョークと軽く笑って相手にもしないかも。いずれにしても常識の埒外なのは間違い無い。
全く以てコレだから長命種のヒトたちは。
この街やその界隈では既に、魔力の供給によって様々な需要とその利益を甘受している。
そして魔族の人達は徐々にその生活圏をわたし達の街に浸透させ始めている。
全て初めから合意の元にやっている事だ。なのに日本の土地だの固有財産の侵害だの、ウダウダ言うヤツラは後を絶たなかった。
「相手から甘い汁を吸っているのに、自分達のモノを譲るのはイヤだというのはフェアじゃないだろう」
「ホントその通りだと思う。とは言え、意固地なヒトは何処にでも居るから」
「あと百年もすれば馴染むんじゃないのか?魔族の人達も下手な諍いやトラブルは望まないだろうし。トールマンより余程に気も長いし。腰を落ち着けてジックリやっていくだろうよ」
「俺たちはその光景を見ること出来ないケドね」
「確かめるのは真魚や君枝たちに任せればいいさ」
「そうだね」
ちょうど空いたばかりの四人掛けベンチに腰を下ろした。蓋を開ければ、バゲットのサンドイッチがズラリと顔を覗かせた。近所で美味いと評判のバゲットなのだ。
「あの時もバゲットサンドだったね。鰓子さんが随分と張り切ってしこたま作ってくれて」
「そうだったっけ。よく憶えてるな」
「やはり歳を取ると昔の記憶が」
「失敬だな。きみと大して変わらんだろう」
「五年違うね。コレは大きいよ」
「わたしらの歳に為ればその程度は誤差の内」
続けて言い返そうとしていたら、「隣空いてますか」と声を掛けられた。初老の夫婦と思しき二人連れだった。どうぞ、と取り繕って愛想笑いをしたら「仲がよろしいのね」と微笑まれた。
「何だかわたし達の若い頃みたい。ねぇ、お父さん」
「初対面の方にそんなこと言わなくてイイ」
わたしらに軽く会釈していた旦那さんだったが、照れたようにそっぽを向いた。
「うちの人が定年を迎えて、息子夫婦たちが旅行にでも行ってくれば良いと勧めてくれたのよ」
旦那さんがクルマ好きで、界隈を名所巡りがてら泊りがけのドライブと洒落込んで居るのだと話してくれた。
乗っているのはアレだと指差す先には、真っ赤なオープンカーが停まっていた。九〇年代頃の欧州スポーツカーである。なる程、あのクルマで旅行とは旦那さんは随分と筋金が入って居るようだ。
そして何だかスゴイ微妙な気分になる。
端から見れば若いカップルに話掛ける熟年夫婦に見えるであろうが、既に自分達は八〇を越えたウルトラ熟年夫婦なのである。
恐らくこのお二方よりも一回り以上年上だろう。
まぁ自分からそんなコトを言い出しはしないけれど。
世間様にもボチボチ巻き戻しの施術者も出始めているけれど。
やはりというか何と言うか、やっぱりその数は圧倒的に少なかった。
なんせ代金が半端ない。一年分で百万、十年で一千万。家を買うか若返るかは人生最大の選択肢だとネットで騒がれていた。
少子化の対策にもなるとか息巻いているヒトも居るけれど、いやあ、ソレは果たしてどうだろう。子供を育てるというのはお金が掛かるものである。
とは言え、寿命は変わらなくともお迎えが来るその瞬間まで、絶頂期の肉体を維持できるのなら、やはり途方もないサプライズだ。そして魔族の側でも、直にこのサービスが最大の収入源、主力の商品になると目されているらしい。
ロハでやってもらって居るわたし達は、ちょっと申し訳ない気分に為るけれど。
コレでホントに良いのかなと、時折不安にも為るけれど。
わたし達が居なくなっても歩き続ける君枝は、どれ位遠くまで歩くのか。どれ程の年月を重ねて行くのだろうと、遙かな彼方を見る気持ちに為るけれど。
「それでもまぁ、こうして見晴らしの良い場所で食べるサンドイッチは悪くない」
「どうしました彩花さん」
「歳を経ると物思うコトも増えるんだよ」
お隣のご夫婦にもバゲットサンドを一つずつ分けて、代わりにおにぎりと卵焼きをもらった。昨日泊まった旅館が仕出し弁当も作っていて、昼ご飯用に買ったのだとか何とか。
「じゃあわたし達はお先に失礼するわね」
老婦人は人好きのする笑顔を向けて立ち上がると会釈して、慣れた所作でクルマに乗り込んだ。
ドライビンググローブをはめ、挨拶代わりに運転席からサムズアップした旦那さんが、妙に絵に為っていた。
格好良いな、と思った。
「あんな具合に月日を重ねられたらいいな」
「俺らも大概でしょ」
間髪入れずに入ったツッコミに、不覚にも笑ってしまった。
青い空に挟まれた水平線はやっぱり遠く、視界の端までずっと繋がって見えた。




