最終決戦
空中を飛び交う電磁波は貴重な情報を与えてくれる。今やレーダー員とキーナン博士はその分析にかかりきりになっている。核爆発による強力な電磁波は、無線にレーダー、赤外線誘導兵器まで無力化した。電波も赤外線も電磁波の一種であり、特定の波長帯への干渉が今の事態を引き起こしている。
「オーロラ・シールドはこの比ではないが、その探知は容易になった。しかしジョージ・ワシントンの照射装置は異なる・・・」
キーナンはタブレットで「アイスバーグ計画」のデータをレーダー員に示した。
「しかしこれは何でしょう?たった今傍受しましたが、そのデータと波長も周波数も全く違うようです」
キーナンは首を振った。
「特定の要素を抽出しないと、余計なものまで拾ってしまう。それは磁気嵐の一種で・・・」
キーナンは何かに気付いたように言葉を止め、レーダー員の傍受したデータを見つめた。そしておもむろにケリーに話しかけた。
「我々がカミカゼパイロットたちをここへ導くのに、どれだけ年月をかけたか覚えていますか?」
「ほんの数年ですよ。私にとっては、あっという間でした・・・長かったと言いたいのですか?」
「短期間でやり遂げた、あなたの努力は否定しません。わたしが言いたいのは、カミカゼ機が出現する出口、その空間のポイント特定に多大の時間を費やさざるを得なかった・・・」
「それは当然です。種類の異なる膨大な記録の付き合わせが必要でした」
「その通り。それは我々の確認しうる最大限のものでしたが、原潜AIの能力はそれを瞬時にやってしまうどころか、もっと大きな可能性への挑戦・・・恐らくそれが本来の目的であり、AIにはその道が見えている・・・」
ケリーはその先が聞きたかったが、キーナンは手がかりを掴んだだけだった。
「あのジョージ・ワシントンは物理学の革命を起こすかもしれません。『アイスバーグ計画』を遥かに超える何かを・・・」
キーナンには、おぼろげながらその姿が見えかけている。その歴史的偉業を前に、戦争の犠牲など取るに足らない損失だと・・・敵は思っているのだ。
「AIあるいは軍人の意思なのかが問題ではなく、何れも共通の目的に向っているのです・・・」
ケリーはキーナンの言葉にゾッとした。数年前のケリーなら、あるいはそれに熱狂し、協力したかもしれない・・・が、今は違う。
「人類の生存のために、その連中と対決しなくてはなりません。残念ながら我が国の空母を敵にまわすことになりましたが、幸いにもそのパイロットが味方に加わりました・・・問題は今後の敵の戦術です」
まず、航空隊による攻撃が行われる。レーダー及び赤外線誘導兵器は使えない・・・F/A-18は対艦ミサイルも誘導爆弾も使えない。一方の空母と原潜は対空ミサイルとファランクスが使えなくなる。
F/A-18とF-35Bはバルカン砲及びガトリング砲を装備し、直接照準による攻撃が可能だ。致命傷は与えられなくとも、上部構造物の特に重要なA・S・S及び放射線照射装置は十分破壊できる。
敵はその前にこの「切り札」を使うしかない・・・。
「敵は最終的にオーロラ・シールドに頼るしかないでしょう」
キーナンの言葉は歯切れが悪かった。
「米空母飛行隊の犠牲は避けられません。うまく脱出してくれることを願うしかない・・・彼らも覚悟の上だと思います」
飛行不能になる彼らの運命をケリーは危惧したが、同時に勝利への条件でもあった。
「あとは岡村とスピアーズが決着をつけるだけです」
しかし、キーナンの気がかりは別のところにあった・・・。
二隻の敵が同じところにとどまっていたのは何故か?オーロラ・シールドの行使を待っているのは?そして検出された磁気嵐の徴候・・・真の目的へのカウントダウンは既に始まっているのか・・・「アイスバーグ計画」の遥か先にある、途方もないものに向って・・・。
F/A-18「スーパーホーネット」9機編隊は、岡村隊とスピアーズ隊を先導しながら徐々に高度を下げた。F-35Bは両翼と後方で日米航空隊を護衛する。
松本機が「敵艦二隻発見」を岡村へ伝えた。F/A-18は既に位置を知っていたかのようにスピードを上げ、この敵艦に向っている。
とても追いつけない速さだ。
「スーパーホーネット」はぐんぐんと接近し、20ミリバルカン砲の照準に敵艦を捉えた。
しかし先に射撃を始めたのは敵艦だった。
ファランクス!
レーダー誘導ではなく、AIは敵を捕らえる「目」を持っている・・・正確な射撃が1機を直撃し、たちまち炎に包まれた。
反射的に編隊は散開し、射程を逃れる為に退避する・・・そして敵に3基のファランクスがあることを確認した。ジョージ・ワシントンに2基、原潜に1基・・・。
3基のファランクスは遠距離から集中砲火の弾幕を張っている。目標が岡村とスピアーズの航空隊であることは明らかだった・・・これが敵の戦術だったのだ。
先頭のジョンソン機が被弾した。頑丈な「コルセア」は片翼を失い、破片をまき散らしながら降下していく・・・愕然としたスピアーズは祈る思いでそれを見つめた。
しかし、パラシュートは開かなかった。
航空隊も敵弾から逃れる為に散開する。毎秒70発もの20ミリ弾は、大気を引き裂くような凄まじい放物線を描いている・・・必死で退避を試みるスピアーズは、その弾幕に挟まれ、逃れられないことに気付いた。
スピアーズがその弾幕に飛び込む直前に、3機のF-35Bが立ちふさがった・・・2機が彼の身代わりとなり、直撃弾によって引き裂かれた。
残った1機は、意を決したかのように敵艦に向った。スピアーズに最後の挨拶を交わして・・・。
F-35BとF/A-18は、あらゆる方位と高度から同時に突入した。目標は唯一の脅威であるファランクス・・・弾丸を無数にまき散らす、その位置ははっきりしている。3機で1基を破壊すればよい。刺し違える覚悟で・・・。
9機は敵弾を浴びながら、バルカン砲を撃ち続けた。次々と炎に包まれる機体と、機銃掃射を受ける2隻の大型艦・・・近接射撃どうしの応酬がピークに達した時、半数のF/A-18が失われた。
そして全てのファランクスは破壊され・・・沈黙した。
その瞬間に、敵は切り札を切った・・・オーロラ・シールドの照射は、F/A-18の全てのコントロールを麻痺させ、飛行不能に陥れる・・・。
それが米空母飛行隊の最期だった。初めから分かりきっていたことなのだ・・・操縦不能となった彼らはなすすべもなく、オホーツク海の波間に消えていった・・・。
ジョンソン機を失ったものの、航空隊には重要な仕事が残っている。「零戦」6機、「天山」2機、そして「コルセア」が1機・・・これが最後の戦力だ。
敵は大型空母と原潜の二隻だが、対空兵器は失われ、オーロラ・シールドは彼ら自身の動きを封じている。
膨大な犠牲を払い、やっとここまでたどり着いたのだ。しかし、空の戦いはまだ終わっていなかった・・・。
松本機が異変を察知し、翼を大きく振った。「敵機発見」の合図だ。オーロラ・シールドの影響下で飛べる航空機は、彼らと同じレシプロ航空機しかない。
後方上空・・・太陽を背に、5機の戦闘機が突っ込んでくる。岡村には相手の正体がすぐに分かった。一度対戦しているからだ・・・メードヌイ島沖で。
それはソビエト連邦主力戦闘機のヤク―9だった。岡村隊との空戦の生き残りだ。手ひどい損害を被った彼らは、今度こそ完璧な奇襲に成功した。最後尾を飛んでいた「天山」2機が20ミリ機銃弾を浴び、火の玉と化した・・・。
過ぎ去るソ連機の先頭を飛ぶのは、見覚えのあるあのエースパイロットだ。追いかけたいのは山々だが、零戦隊は重たい爆弾を抱え、空中戦はどうしても避けたい。
岡村は爆撃を優先した・・・この二度とないチャンスを、そして犠牲になったパイロットたち・・・その死を無駄には出来ないのだ。
それを見抜いているかのように、ソ連軍戦闘機は執拗に攻撃を仕掛けてくる。たまりかねたスピアーズは敵に立ち向かった。上昇する敵に対して追撃を試みるも、搭載した爆弾はやはり大きな負担だ・・・。
落とされたら元も子もない・・・スピアーズは爆弾を捨て、全速で敵を追って1機を撃墜する・・・4機のソ連戦闘機は零戦隊の背後に回ろうとしている。
スピアーズは救援に駆け付けようとしたが、間に合いそうにない・・・零戦1機が火を吹き、落ちていく・・・それを撃墜したエースパイロットは、腕を誇示するように岡村機の横を過ぎ去った。
3機のソ連機は岡村隊の背後にぴったりとついている・・・その後方からスピアーズ機が必死で追っている・・・その瞬間、彼は信じられない光景を目にした。ソ連機が粉々に吹き飛び、3機とも燃える残骸となって落下していった。
後を追うように現れたのは1機のF-35Bだった・・・ガトリング砲を撃ち尽くし、コントロールを失い、錐もみで降下していく・・・オーロラ・シールドを逃れた唯一の1機が再び戻ってきたのだ。スピアーズはその機をしばらく追ったが、やがて海へ消えていった・・・。
航空隊は零戦5機とコルセア1機のみとなった。ソ連軍機の残った1機・・・エースパイロットのヤク―9戦闘機は、空母ジョージ・ワシントンに向っている。まるでおびき寄せられるように、航空隊がその後を追っている。
その空母が視界に入ったとき、パイロットたちは不思議な感覚を覚えた。得体のしれない、光の霧のようなものに包まれていく・・・。
やがて視界は完全に失われた・・・。




