とある苦労人side
頭は良いのに何でこんなに要領が悪いのか。
一応、説明しておいた方が無難かもしれない。
「ヤルコポル伯爵は前政権からの大臣です。実力は折り紙付き。加えて、政財界との繋がりも薄いので現政権にとっては非常に使いやすい。その反面、王太子殿下に贔屓もされている。更にスタンリー元宰相派の人物でもあった。上層部の嫉妬の対象です。ヤルコポル伯爵が今まで政界で実務能力だけで出世できたのはスタンリー元宰相閣下の援護があったからです。多少協調性がなかろうと融通が利かなくとも問題視されてこなかった。仕事に関しては公平公正なスタンリー元宰相閣下は、当然、他者の仕事を誰かに押し付けるマネなんてしない。けど、今の上層部は違います」
顔色が悪くなるヤルコポル伯爵には悪いが続けさせて貰おう。
「もしも現政権が致命的な失敗を犯した場合、まず真っ先にやり玉に挙げられるのはヤルコポル伯爵です。全ての責任を取る形で排除される恐れもあります。政界からの辞職だけですめばいいですが、場合によっては『自殺』に見せかけて殺される可能性も大いにありますよ。最悪なのは全ての罪を擦り付けられての公開処刑です。……民衆の怒りを一つにまとめて息抜きをさせる。こんなことは四十年前までは普通にまかり通っていた事です。貴族なんて自分の保身第一ですからね」
「私は既にスタンリー元宰相閣下の元を離れている。それは……皆が知る処だ。それでも排除対象にされるというのか……」
「貴族は基本身内贔屓が多いんです。後から入って来た人間よりも元からの身内を大事にする。切る対象は『余所者』ですよ」
厳しいがそれが現実だ。
それに“ヤルコポル伯爵が新たな派閥を形成して現政権を打倒するかもしれない”という恐怖が今の上層部に根付き始めているのも排除対象にされている原因だろう。この危機意識の低い伯爵にそれが出来るかというと無理だろう。なまじ実力があるためそういう風に見られがちなだけで本人はこれっぽちも考えてない。
「もっとも、現政権が奇跡的に上手く軌道に乗れたとしてもヤルコポル伯爵は排除対象のままでしょうけどね」
「どういう事だ?」
「それだけスタンリー元宰相閣下の力が大きかったという事ですよ」
「スタンリー元宰相閣下の……?」
「はい。スタンリー元宰相閣下が政権を取って四十年。経済は発展し治安も良くなった。平和な時代と言ってもいいです。けれど政治はスタンリー元宰相閣下に独占された状態でもありました。スタンリー元宰相閣下は実力主義です。地位が低くても能力さえあれば引き上げるタイプの為政者だった。それは逆に地位は高いのに能力がない人間の排除にも繋がる行為。親の七光りや親戚縁者の伝手で地位を得ていた貴族からしたら煙たい存在ですよ。実際、スタンリー政権下で地位を追われた人間は多いです。本人は勿論の事、家の当主にしたら屈辱以外の何物でもありません」
そういった連中は大抵が過去の栄光に縋って生きる。蓄えた資産や先祖代々受け継いだ財産があるから生活に困る事はないだろうが、スタンリーの爺から与えられた屈辱を忘れる事はできない。かと言って、面と向かって文句を言う事も出来ない相手だ。なら自分の一族から実力者を育て上げて政権奪還すればいい話だが、そんな気概のある者は早々生まれる訳もない。生活に困って困窮しているなら兎も角、老害の愚痴に付き合ってやっているだけの坊ちゃん連中が「やれ」と言われただけで行動に移す訳がない。
政界を追われた老害どもは「隠居」してはいるが元気だ。
憎まれっ子世に憚る、まさにコレだろう。




