「編集者は執事にランクアップしました」
間葉王子は立ち上がった。
「ということで視聴者のみなさん、これで番組は終了だ。僕はもう番組を続けられる状態ではなくなってしまった。……もちろん、この後の動きは生配信する。テレビの方には悪いけど、名番組プレイバックでもやって時間を潰して」
そして、王子は私を手招きした。
「さあ、おいで、キト。ここからが本題だよ。君は今から王族たちに一人一人対面して、それから気の利いたあいさつをして、さらに食事会やら何やらをしないといけない。……まあ、いいチャンスだよね。国民はみんなキトの一挙手一投足に注目しているよ。一気に知名度が上がるよね」
そんなことを言われても、私はまだ実感がついてきていないのだ。私はこれまでの15年間、まぎれもない秀野紀斗奈だった。今から急に「第三王女・天原紀斗奈」になると言われても、そうだということがまるで感じられないのだ。
「あれぇ、キトさん、ずいぶん早いですね。今日の番組は1時間あるんじゃなかったんですか? 王子さんに急用でも入ったんですか?」
私と王子が連れ立ってスタジオから控室に入ると、私のマネージャー兼編集者、中野義樹がそう声をかけてきた。
どうやら中野は何も知らされていないようだ。ーー面白い、ちょっと反応を試してみよう。
「中野」
「はい」
「頭が高い! 控えよ!」
よくある悪役令嬢っぽく命令してみた。私はもう王女なのだから、これくらい許されるだろう。
すると、中野は一瞬とまどったあと、二歩下がってペコリと頭を下げた。
「なんすか、これ? あ、もしかしてこれ、よくあるディレクターを騙して楽しむドッキリってやつでしょう? 『悪役令嬢作家が編集者に命令してみた!』とかいう企画なのでしょう?」
間葉王子は頭を抱えた。
「どうしようかキト、この男、全く状況を理解していないぜ」
「ぜひカメラを回しておきたかったですね。まあ、あれを出せば一発でしょう」
王子はさっきの玉璽入り書類を取り出し、中野に見せる。
「なんだこれ……へ、ほ、ふぎゃぁぁっ!?」
中野はあまりに慌てたのか、目があちらこちらにぴょこぴょこ動いている。もう少しで白黒させるところまでいきそうだ。
「キトさん! なんてことしてくれたんですか! 俺の仕事はどうなるんですか!」
中野は反射的にこの世の終わりのような顔をしている。
「こらこら、『紀斗奈第三王女殿下』だろうが。あとマジで頭が高い」
ざっくり中野を切って捨てる王子。中野は「ひぇぇぇっ!」と繰り返して、今度は本当に土下座した。
「……まあ、日常的にはそこまでやらなくてもいいけどな。あと、たぶんお前はキトの専属の執事になるんだから失職はまずないぞ。キトも慣れない場所で不安だろうし、一人くらい旧知の人物をつけてやらないとな」
途端に中野はほっとした表情になる。それにしても、彼が私の執事になるとは。一日中こいつと一緒ということかよ。それもなかなか面白そうだーーいや、面倒かもしれない。それは私にはまだわからない。とにかく実感がないのだ。それでも、私を置いて物事は勝手に進んでいく。




